先日発表されたサッカー日本代表のユニフォームは、「日本晴れ」をモチーフにした斬新なデザインが話題となったが、もう1つ、「日本晴れ」を逆さにすると「侍魂」「撫子魂」になる「サインオフ」が付くということも、大きな話題となった。

  • 「日本晴れ」をコンセプトにしたスカイコラージュが新鮮なサッカー日本代表のユニフォーム

  • 「日本晴れ」を逆さにすると「侍魂」になる野村一晟氏のアンビグラムアートが首元の内側に付けられている

この逆さにすると別の言葉が浮かび上がる「アンビグラム」を制作したのが、野村一晟(のむらいっせい)氏だ。野村氏は、アンビグラムの第一人者として、競艇の全日本王者決定戦の「挑戦⇔勝利」ポスター、NHKのドラマ「ぬけまいる」の題字など、多方面で活躍している。

  • 文字には、人の心を動かす"チカラ"がある - アンビグラム作家・野村一晟

    野村一晟氏(イベント会場のイオンモール幕張新都心・蔦屋書店にて)

今回は、野村氏が即興でアンビグラムを制作するというイベントにお邪魔して、アンビグラムを始めたきっかけや、作品を作るうえでのこだわりなどについて聞いた。

「アンビグラム」にハマったわけ

―― そもそも、アンビグラムに興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?

子どものころから絵を描くのが好きで、絵にかかわる仕事に就きたいと思い、反対する親を説得して芸術系の学部がある大学に進学したんです。自分でも芸術で食べていけるとは思っていなかったんで、親と教員免許をとるという約束をして。

誰よりもリアルな細密画を描こうとやる気いっぱいだったんですが、実際に大学に入ると、当然ですが、みんなすごくうまいんですよ(笑)。そこでちょっと自信をなくして、自分らしいなにかを探していたんです。そうしたころ、たまたま観た『天使と悪魔』という映画に、アンビグラムが出てきたんですよ。なんで文字でこんなことができるんだ? とびっくりしたんです。興奮しました。これがアンビグラムとの出会いでした。

―― 映画『天使と悪魔』はダン・ブラウン原作、トム・ハンクス主演の人気のミステリーですが、これを観てアンビグラムを作ろうとは思う人はそんなにいないんじゃないでしょうか?

いないんでしょうか? (笑)。もともとパズルも大好きだったので、謎解きみたいなところに魅かれたのかもしれません。

―― どんな文字から描き始めたんですか?

まず、映画の中には秘密結社の名前である「Illuminati」(イルミナティ)という文字のほかに「air」(空気)、「fire」(火)など5つのアンビグラムが登場するんですが、それを順に真似て描いてみました。そうしたらなんとなく、アンビグラムのルールがわかってきたたんですよ。

  • 『天使と悪魔』に出てきたアンビグラムが、自分でもやってみようと思ったきっかけだという

それで、試しに自分の名前(ローマ字)でやってみたら、これまた「issei」ってアンビグラムにしやすい名前なんですね。問題は2つめの「s」と「e」なんですが、これがあっさりできてしまった。これで次第にハマっていきまして、親や友だちの名前で作っていったら、みんなが驚いて喜んでくれた。それで、極めてみようかなと思ったんです。

文字の"かたち"のおもしろさから、言葉の意味の深淵へ

―― とはいえ、漢字やひらがなといった日本語で作るのは、アルファベットに比べてすごく難しいんじゃないでしょうか?

実は、子どもころから漢字も好きだったんです。漢和辞典を開いては、文字のかたちのおもしろさに夢中になりました。漢字検定とかも受けていましたし。そこから、日本語の意味とかにも興味をもつようになりました。

中国の古い思想に「陰陽」がありますが、ものごとには二面性があって、そういう思想の国で生まれた漢字は、アンビグラムに向いているじゃないかとも感じているんです。

それに日本人は、ものごとをストレートに表現することが苦手ですよね(笑)。言葉を回転することで伝えられるアンビグラムは、日本人の気質にも合うんじゃないかな。

―― 作品にする文字は、どのように選ぶのでしょうか?

慣用句や対義語、類義語、世間で話題になっている言葉などから考えます。言葉の裏に込められた別の意味を表せるんじゃないかと思いながら選んでいます。たとえば、「ただいま」と「おかえり」とかね。ニュースを見ていても、このニュースの裏には別のなにかが隠れてるんじゃないかとか、報道されていないところにも注意を払うようにしています。何かが起きるときは、2つ以上のことが動いていると思うので。

  • 帰って来た人が「ただいま」に、出迎えた人が「おかえり」になるアンビグラム

読書が趣味なんですが、哲学書には人間が歴史的にどんな悩みをもって、どうやって解決してきたかなどが書かれているので、それを作品に落とし込んだりとかもします。美術館の作品や映画などからもヒントを得ることが多いですね。

―― ボートレースのポスターや「平成⇔令和」が大きな話題になりました。

ボートレースは、勝負事なので、挑んだ先に成功がまっているような、闘う人を応援するような言葉にしてほしいという依頼でした。挑戦に関連する言葉と成功を表す言葉を40くらい上げて、組み合わせを考えていきました。2、3日は悩みましたね。「挑戦」と「勝利」、「戦場」と「最強」ができ上がったときは、あまりの違和感のなさに自分でも感動しました。ボートレースファンのみならず、受験生や試合を控えているチームなど、なにかに挑戦している人の心にも響いたみたいでうれしかったです。

元号のアンビグラムは、「令和」に決まってから1時間くらいで仕上げて、SNSで公開しました。新しい元号が話題になっているときだったので、たくさんの人が拡散してくれました。

  • 『平成⇔令和』作品は、年賀状のデザイン素材としても使われている(コラム参照)

アンビグラムを作るには

―― アンビグラムの作業過程を教えてください。

通常は、パソコンで作業します。文字を並べてみて、文字を構成する線を見るんです。「この文字の縦線はこっちの文字のここに使えるな」とか、「この線をつなげたら、こっちの文字のこの線になるな」とか。1つひとつパズルを解くように考えていくんです。

そして、2つの文字で共通する線は太くして強調する。片方の文字にしか関係しない線は細くして目立たないようにします。これはモーフィングという作業なんですけど、お互いの中間のかたちを探っていくんです。

―― パソコンでは、どんなツールを使っていますか?

「Inkscape」というツールですね。ベクター形式の画像を扱える無料の無料ツールです。マウスをゆっくり動かすと線が太くなり、はやく動かすと細くなるので、線の微調整が楽にできます。

―― イベントでは、筆ペンでフリーハンドで描いていますよね。

イベントでも、当初はパソコンで制作していたんですよ。ありがたいことにイベントを重ねるごとにお客さんが増えて、場合によっては1時間とか2時間待ちになることも出てきました。待ち時間を減らして、もっと多くの方に体験していただくために、スピードアップの方法を考えてたどり着いたのが、パソコン作業で一番時間がかかっている微調整をなくすことでした。

それで、手描きでやってみたら、思いのほか早くできたんです。パソコンだったら5~7分かかっていた一人分の作業が、3~4分で仕上げられるようになりました。また、パソコンの画面に向かうのではなくて、手描きなら目の前のお客さんと向かい合って作業できるのもメリットですね。

  • 目の前のお客さんと話をしながらフリーハンドですらすらと筆を動かしていく。下敷きの目印を目安にして紙上に文字をバランスよく配置する

即興でアンビグラムを作る楽しさ

―― イベントではどんな文字を描くのですか?

お子さんとかイベントにいらしたお客さんの名前を描きます。限られた時間なので、ひらがなにしています。回転したときの言葉はいろいろで、こちらから提案することもありますし、兄弟姉妹やお父さん、お母さんの名前を依頼されることもあります。趣味とか好きなタレントの名前とかを聞いて描くこともあります。

―― 野村さんがその場で提案するのですか?

そうです。依頼された名前を見れば、回転したらどんな言葉にできるか、すぐにいくつか候補が浮かびます。たとえば、「げんき」とか「えがお」や、「すてき」などですね。生まれたばかりのお子さんのお名前をひっくり返すと「てんし」になるとわかったときなどは親御さんにすごく喜ばれます。

―― アンビグラムにできない名前や言葉はありますか?

文字数や画数が違いすぎるとできませんね。字数が同じでもできないこともあります。あるカップルの場合は、女性は2文字の名前で、男性は5文字で、文字数も画数もかけ離れていたので、愛称をお聞きし、調整して作りました。

  • キアヌ・リーブスの大ファンなので、ぜひ、自分の名前「きみこ」を「キアヌリーブス」で、と無茶振りしてみた。ひらがなだけど「きあぬ」になってる!

―― 即興でアンビグラムを作るイベントのおもしろさは、どんなところでしょう?

こうしたイベントでは、はじめて出会った見知らぬ人に、何が得意で、どんな人が好きで、なにに夢中なのかなどをアンビグラムを介して聞くことができます。関わるのはたった5分とか、長くて10分の短い時間なんですけど、その人が大事にしているものなどに触れられることで、たくさんの発見があります。

また、できあがった作品をひっくり返したときに、みなさん驚いたり笑ったりして喜んでくれます。その笑顔を見られるのはうれしいですね。アンビグラムは、ぼくにとってコミュニケーションの手段でもあるのです。

フリーハンドはまだまだ発展途中なので、技術を追求していく楽しみもあります。もっと味のある文字にもしたいので、飽きているヒマはありません。

―― 今後の抱負を聞かせてください。

アンビグラムの楽しさをもっと世に広めたいですね。多くの人にアンビグラム作りに挑戦してもらいたいです。アンビグラムは、普段、口ではなかなか言えない別のメッセージをこめることができると思います。ポスターなどのデザインに役立てることもできる。もっといろいろな可能性を発掘したいですね。

アンビグラムは、正直いってマイナーです。でも、続けてきたことで、たくさんの笑顔に出会えました。ちょっとだけ、世の中に影響を与えることもできました。「マイナーなことでも興味のあることを深めていけば、自信につながるよ」ってことも、アンビグラムを通して伝えていければいいですね。

  • はい、チーズ! でき上がった作品と一緒に撮った記念写真。野村氏も笑顔がこぼれる

「野村一晟アンビグラムの世界」アンビグラム即興制作ワークショップ開催

お客さまの名前を逆さにすると好きな言葉になる作品を、その場で手書きで作ります! また、年賀状などで使えるシヤチハタコラボスタンプも販売します(『平成⇔令和』作品のほか、ワークショップで即興制作した作品をその場でスタンプにすることも可能です。即興制作は事前予約制です(1件から予約可能で、1件5〜6分程度)。

詳細は、東急ハンズ池袋店の特設サイトをご確認ください。



日時:2019/11/30(土)11:00~19:00/2019/12/1(日)10:00~18:00
場所:東急ハンズ池袋店

アンビグラム年賀状を収録した年賀状素材集発売中!

「平成⇔令和」を始めとしたアンビグラム作品を年賀状にデザインした素材を含んだ年賀状素材集書籍が発売中です。『平成⇔令和』のほかにも、『おめでとう←→ねずみどし』『2020←→ワクワク』『子年←→幸せ』という2020年ならではのアンビグラム作品を使った年賀状を収録しています。

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