NTT東日本は、NTTグループ内で最下位まで落ち込んだエンゲージメントスコアをトップクラスまで改善した。その背景には、経営と現場を近づける組織改革やキャリア制度の見直し、そして対話の質を高めるためのAI活用があった。NTT東日本 執行役員 総務人事部長 CHROの井原智直氏に、その狙いと今後の人的資本経営について聞いた。
井原氏は、7月14~15日にリーディングマークが名古屋市で開催した「ミキワメAI プレミアムサミット」に登壇。「『働きやすさ』と『働きがい』の両立から、3万人の組織変革へ」をテーマに、NTT東日本のカルチャー変革と次世代マネジメントについて講演した。その後、本誌の個別取材に応じた。
「NTT東日本に恩返ししよう」から始まった井原氏の取り組み
1996年、まだ東西に別れる前のNTTに入社した井原氏。名古屋の大学を卒業したため、そのまま就職していたらいまごろはNTT西日本にいた可能性もあったという。だが、入社した次の年、日本では長野オリンピックが開催され、長野県出身の井原氏は地元に戻り、そこで営業の仕事に就く。結果として、これがNTT東日本につながるきっかけとなった。
その後、井原氏は営業の仕事を10年ほど経験し、さらにさまざまな業務を経験。初めて人事の仕事についたのは入社後15年以上が経過し、マネージャーに昇進してからだという。そこから人事の仕事をしつつ、NTT東日本 群馬支店長に就任。そして2025年、現職である総務人事部長 CHROに抜擢された。
「人事のキャリアは10年くらいですかね。CHROになるとき、僕はこの会社に恩返ししようと思ったんですよ。30年くらい働かせていただいて、いろいろな経験、出会いを得ました。CHROは、社員のエンゲージメント、働きやすさ、やりがいに一番貢献できるポジションだと思うので、大チャンスです」(井原氏)
井原氏は「これから経営の勝ち負けを決めるのは、人」と語る。その人という資産をどのように価値の高いものにしていくのか、つまり人的資本経営こそCHROの仕事だと熱意を込める。
NTTグループ内最下位に転落したエンゲージメントスコア
NTT東日本の現在のミッションは二つあるという。ひとつは「サステナブルな業績向上」。もうひとつはパーパスでもある「地域循環型社会の実現」だ。
「社員の皆さんのエンゲージメント、つまり働きがいや成長実感を上げることは業績に直結します。最近よく言われているように、CEOとCHROはリンクしており、セットで考える必要があります。人という重要な資源・資産を使って、会社の最大目的である業績やパーパスに貢献していくことこそ、人事という観点からのミッションです」(井原氏)
NTT東日本が人的資本経営や人材戦略の強化に取り組む背景には、大きな理由がある。3年前、同社のエンゲージメントスコアは53%から49%に落ち込み、NTTグループの中でも最下位になってしまったことだ。
近年のNTT東日本の収入を支えていたのは光通信サービスであり、営業利益は右肩上がりで3000億円近くまで上昇した。しかし光通信の普及は飽和状態に達し、最後の数年間は不動産売却など一時的な収益要因の影響が大きくなっていた。この状況を鑑み、2019年から2021年にかけて同社は営業利益を2986億円から2130億円へと大幅に削減する経営判断を行う。
だが、この変革過程では社員に一定の負荷や不安が生じ、社員の将来の見通しを不透明にしてしまった。その結果がエンゲージメントスコアの低下だ。これを重く見たNTT東日本は、カルチャー変革の必要性を認識。HRへの取り組みを加速することになる。
『現場』と『経営』を近づける3つのアプローチ
NTT東日本が行ったのは、大企業にありがちな“現場と経営が遠い”という課題へのアプローチだ。具体的な施策は大きく3つある。
1つ目は、経営と現場の距離を縮めるためにメッセージを発信したこと。3万人の大きな企業では、経営トップの話が現場社員の日常として実感を持ちにくい。そこで経営幹部によるラウンドテーブル放映や、タウンホールミーティングを各職場で実施。社長・副社長が中心となり、各社員の仕事と経営方針がどうリンクするのかを丁寧に説明した。
2つ目は「稼ぐ力の復活プロジェクト(社内略称:K-Pro)」を開始したこと。30代の若手課長などをリーダーとし、自分たちで営業利益などの具体的な数字目標を積み上げていく施策を実施。週ごとに副社長と進捗報告を行う高速PDCAの仕組みを作った。
3つ目は、「スクラム活動」だ。数字に直結するモノもしないものもあるが、現場社員がやりたいことを、やりたい仲間で挑戦する取り組み。このスクラム活動は3000を超えるチームにまで発展しており、同社社長である澁谷直樹氏の口癖から「ええやん祭り」として四半期に一度開催されているそうだ。
これらの施策によって、とくに顕著な伸びを見せた項目が「価値観の共有」や「経営戦略の浸透」だという。井原氏は「NTTグループの中でも一番進んでいるカルチャー変革」と自負する。
「実際、49%まで下がったエンゲージメントスコアはいま65%まで上がっているんですよね。これはNTTグループの中でもトップクラスで、『なにをやったの?』と言われるくらいです」(井原氏)
採用形態に縛られないキャリア制度へ
井原氏は、NTT東日本グループ内におけるキャリア形成の仕組みについても改革を進めた。
「エンゲージメントスコアを分析すると、地域会社や子会社で採用された方のスコアが特に低いことがわかりました。本体とは人事制度や処遇が異なり、『将来のキャリアイメージが描きにくい』という声が、若手から見られました」(井原氏)
そこでNTT東日本は2025年秋ごろからキャリア制度を見直し、年齢や採用形態にかかわらず、専門性や実績に応じてキャリアの“ラダー(はしご)”を登れる道筋を示した。希望すれば地域会社採用から本体採用のラダーへ移ることもでき、マネジメント職だけでなく、スペシャリストとしてのキャリアも選択できる。
制度や処遇についても情報を開示した。
「処遇に関する“都市伝説的な話”は根強いんですよね。ですから、透明性高く情報を開示しました。私が直接説明すると、『人事部長がここまで説明するのは初めてだ』『画期的だ』という声を多くいただきました」(井原氏)
このキャリア変更には昨年、約800人がエントリーし、その約半数が実際にラダーを移ったという。
さらに、社内の仕事や必要なスキル、組織、人材を俯瞰できる「お仕事MAP」も作成した。残業時間や女性比率、リモートワーク率なども公開し、約2万PVを集めたという。
「3万人もいる会社では、どこにどんな仕事があり、どのようなスキルが身につくのかがわかりにくい。そこで、全職種のマップを作りました」(井原氏)
AIで1on1の質は変わるのか
現在、井原氏は“対話の質向上”に着目し、さらなる取り組みを始めている。カルチャー変革は浸透したが、今後も5年、10年と続くよう、このカルチャーを定着させなけなければならない。
井原氏は「社員一人ひとりに最も影響を与えるのは直属の上長との関係性だ」と話す。
NTT東日本の調査によると、1 on 1 ミーティングを月1回以上行っている社員とそうでない社員のエンゲージメントスコアは、ダブルスコアの差があるという。だが一方で、1on1を実施することが逆にエンゲージメントを下げてしまうという社員もいる。そこで井原氏は、この現象をもっと科学的に分析し、対話の質を改善したいと考えた。
そのため、NTT東日本は「ミキワメAI」を全社導入した。性格診断や定期的に取得する社員の状態、目標への進捗などのデータを基に、AIが上長と部下の双方へ対話のヒントやアドバイスを提示し、1on1の質の向上を支援する。
「価値観や性格が異なる上長と部下では、どのように対話すればよいかわからないことがあります。AIが性格や現在の状態、目標への進捗を踏まえて助言することで、コミュニケーションエラーを減らし、1on1の質を高めたいと考えています」(井原氏)
また、NTT東日本では上長から部下への一方通行ではなく、部下から上長へのフィードバックも取り入れ、双方が気づきを得られる仕組みづくりを進めている。
「部下にとっても『1on1が的を射ていない』『自分を理解してもらえていない』と感じることが減るはずです。もちろん、1on1のデータは評価には一切利用しません」(井原氏)
AIを活用した人的資本経営、その先に描く「日本一欲張りな会社」
CHROとして人的資本経営を進めてきた井原氏。すでに「ミキワメAI」を活用した取り組みを進めているが、今後どのような展望を持っているのだろうか。
「業績とエンゲージメントには強い正の相関があります。だからこそ、エンゲージメントをさらに高めていきたいと思っています」(井原氏)
井原氏はエンゲージメントを高めるためのパラメータのひとつとして、“社員の成長実感”を挙げる。すでに終身雇用の時代ではない現在、他社がより良い成長を実感できる会社だと判断されたら転職されてしまうし、逆に自社が魅力的だと思われれば人が集まる。
もうひとつが“上長と部下との関係性”だ。「しっかり自分を見てくれる」「評価してくれる」「安心して話せる」という信頼関係が心理的安全性を保ち、人的資本の価値を高めていく。「成長実感と働きやすさは絶対に欠かせません」と同氏は説く。
現在はHRテックにもチャレンジしており、AIの力を使ったHRの高度化も模索しているという。将来的には「ミキワメAI」のようなAIエージェントが、社員一人ひとりに対して目標設定、キャリア検討、次のキャリアパスの提案などを総合的にサジェスションすることを想定しているそうだ。さらに人事側も配置検討などはAIを活用し、人間はもっと体温のあること―なぜその配置にしたのか、昇格しなかった理由は何かをハートフルに伝えること―をしたいと語る。
最後に、井原氏にNTT東日本が目指す会社像について聞いた。
「将来像はいま社長と話をしていて、現在のキーワードは『日本一欲張りな会社』です。NTT東日本を、あらゆることが実現できる会社にしたいと考えています。最先端技術を学んでコンサルタントするだけでなく、当社は地域というフィールドを持っているので、社会実装ができます。また、効率化しながらプライベートを犠牲にすることなく成長実感が持てる、育児・介護・出産を契機にキャリアを諦めることなく、いくつになっても自分に合ったキャリアや働き方が選べる会社を目指しています。最終的には、日本のどの企業よりもNTT東日本で働きたいと思われる、働くことだけでなく人生すべてがハッピーになる会社にしたいと考えています」(井原氏)






