神戸には六甲おろしが吹く。その強風が育んだのが、神戸が誇る名酒たちだ。関東では横浜市と同様に港で栄え、今や流行の最先端都市となった神戸だが、この地域には「灘五郷」を抱える日本酒の街でもある。日本酒好きなら常識であろうが、神戸には著名酒蔵が多く、日本酒縛りでも観光を楽しめる街なのだ。

  • 神戸の日本酒を育む六甲山系を望む

神戸の酒を造る4つの秘訣

灘五郷とは、神戸市をはじめとした灘地方にある酒蔵の集まった地域のこと。西宮市の今津郷、西宮郷、神戸市東灘区の魚崎郷、御影郷、神戸市灘区の西郷の5カ所を指しており、3カ所が神戸市に集まっている。例えば沢の鶴、神戸酒心館(福寿)、白鶴、菊正宗、櫻正宗、浜福鶴と、有名どころが集まっているエリアだ。

神戸をはじめ灘地方が日本酒の産地となったのは理由がある、というのは、神戸で日本酒に携わる人々が声をそろえて話すことだ。曰く、六甲おろし、宮水、山田錦、そして神戸の海だという。

山田錦は酒造りに適した酒造好適米で、1936年に兵庫県で誕生した。味などもさることながら、米の一粒一粒が大きいことが特徴としてあげられる。日本酒造りでは米を磨くこと(精米)が必要で、その精米歩合は40%に達することもある。玄米に対して60%も磨くわけで、普通の食用米では小さくなりすぎて心白(中心部)が壊れてしまうこともある。山田錦は粒が大きいため、そこまで磨いても壊れないことが、日本酒造りにおいて重要なポイントのひとつだ。

  • 山田錦の玄米(上)と50%精米

この山田錦は、神戸市の北、六甲山系を越えた三木市や加東市が一大産地となっている。この山田錦の誕生は、神戸の日本酒の品質をより一層高める結果となった。

とはいえ、山田錦が誕生したのは1936年。昭和11年のことだ。灘の日本酒は江戸時代には江戸で「下り酒」と呼ばれて愛飲されており、すでに有名だった。この当時の酒造りを支えていたのが、六甲山系から流れ出る「宮水」。花崗岩を通して濾過された地下水は、神戸の海水と混じり合って中硬度となり、酒造りに適した水となって湧き出ているという。

この宮水の発見が江戸時代後期と言われているが、あくまで「酒造りに適した水が判明した」のがその時代で、それ以前から宮水自体は酒造りに使われており、その酒の品質が高かったのが発見に繋がったらしい。

そして六甲山系から吹き下ろす六甲おろしは、酒造りに大事な気温をコントロールする役割を果たした。そのため、灘の酒蔵は「重ね蔵」と呼ばれる構造になっており、北側に仕込み兼貯蔵庫、南側に前蔵を配置。これを密接させる構造によって、冬は北側からの六甲おろしで低温になり、夏は南からの直射日光を避けるような設計だという。

最後のポイントが神戸の港の存在だ。樽廻船問屋が江戸に向かって灘の酒を輸送する体制が整い、灘の酒が江戸で広まった。他にも水車や丹波杜氏の存在も忘れてはならないだろうが、こうしたさまざまな要素が絡み合って生まれたのが灘・神戸の日本酒なのだ。

ノーベル賞公式行事で供された日本酒が楽しめる「酒心館」

そんな灘五郷の日本酒だが、現地の大手蔵元は酒蔵に資料館を設けるなどして日本酒に親しみを持ってもらおうと努力をしている。今回、そうした蔵元のうち、神戸酒心館と菊正宗酒造を訪問した。

神戸酒心館は、日本酒の「福寿」を製造する酒蔵。福寿と言えば、ノーベル賞授賞式後の晩餐会において提供された日本酒としても話題となった。晩餐会のソムリエが、日本人受賞者のために選んだというのが「福寿 純米吟醸酒」で、2008年の小林誠、益川敏英下村脩、各氏が受賞した際に出された日本酒だ。

  • 神戸酒心館

  • これは過去、実際に酒造りに使われていた大樽

神戸酒心館は、敷地内にレストラン「蔵の料亭さかばやし」を併設している。まずはここで食事を取るのもいい。名物は「酒そば」(1,110円)。そばに福寿を振りかけて食べるという一品で、適量を振りかけてそばつゆにつけてすすると、そばの香りとともに弾けるように福寿の匂いが口の中に広がる。

  • 酒心館にある料亭さかばやし

  • 趣のある店内

  • 日本酒と料理を存分に楽しめる

アルコールはそのままなので子供や運転手では食べられないが、酒とそばの調和した味わいと香りは一度食べる価値がある。

  • 日本酒縛りで神戸を楽しむ
  • そばに日本酒をかけることで、そばと酒の香りを合わせて楽しむ酒そば

他にも平日10食限定の「水明膳」(2,920円)は、自家製のすくい豆腐や旬の魚の焼き物など3つのお重に彩りもよい料理が詰まった一品。自家製豆腐を楽しみたいなら「みかげ」(2,690円)がオススメ。そばを楽しめる「そば膳」(1,950円)、「明石のまえもん」と呼ばれる明石浦産の魚介4種を盛り付けた「お造り膳」(2,160円)を含めた3種類が昼の料理として用意されている。

  • オシャレなお重も見栄えのする「水明膳」

  • 京風おばんざい3種や旬の魚のお造り、本日の焼き物などがついた「みかげ」。奥にある自家製豆腐は藻塩でいただく

  • そば膳(上)もお造り膳も十分満足できる一品

もちろん日本酒も充実。「壱の酒」「弐の酒」といったように、食前から食後までに飲むのに適した酒が用意されているのが嬉しい。「きき酒セット」(純米1,380円、生酒1,480円)もあるので、状況に応じて選びたい。

  • 壱の酒から順に、料理に合わせた日本酒を選んでいくと実に楽しい

ノーベル賞の公式行事で振る舞われた福寿 純米吟醸(ボトル3,090円)も是非飲んで欲しい。グラス(小)であれば340円と手頃だ。

  • 左はノーベル経済学賞を受賞したアルヴィン・ロス氏のサインが入ったボトル。右はノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏が酒心館を訪問した際にサインしたもの

ゆっくりと食事と日本酒を楽しんだら、飲んだばかりの日本酒がどのようにできあがるかを見学するのも良さそう。逆に、先に見学をして、工程を知ってから飲めば、より味わいが深まること請け合い。

  • 甑(こしき)は、1時間かけて米を蒸気で蒸すというもの。6月は最後の醪(もろみ)の仕込みが終わると横に倒す甑倒しの時期

  • 蒸し米に麹菌を植え付けて麹を作る麹室

  • 仕込み・発酵室で酒が寝かされている

酒心館では、酒造りのビデオや発酵エリアなどを見学できる酒蔵見学サービスを実施している。ビデオは日本語を含めて4カ国語(日英中韓)、リーフレットは16言語を用意。見学コースは3種類あり、2日前までの予約が必要なBコースは40~60分の所要時間と、たっぷり時間をかけて見学できる。最後にはきき酒も用意されているのが嬉しい。しかも、全て無料。

ちなみに、さらに盛りだくさんな有料の見学コースも準備しているそうで、今後提供していきたいそうだ。

■ 蔵の料亭さかばやし
営業時間:昼11時30分~14時30分(14時ラストオーダー)、夜17時30分~22時(21時ラストオーダー)
休業日:年末年始
住所:〒658-0044 兵庫県神戸市東灘区御影塚町1-8-17