さまざまな移動手段(モビリティ)を統合し、“移動”そのものを“サービス”として捉えなおす「MaaS」(Mobility as a Service)という考え方が広まりつつある。そんな中、ホンダはMaaSにエネルギーサービスを組み合わせた「Honda eMaaS」という概念を新たに打ち出した。eMaaSでホンダは何を目指すのか。

電動モビリティを動く蓄電池に?

ホンダはこのほど、同社和光ビル(埼玉県和光市)にて「Honda Meeting 2019」というイベントを開催し、同社の技術開発の方向性について報道陣に説明した。ホンダは「すべての人に“生活の可能性が拡がる喜び”を提供する」ことを「2030年ビジョン」として掲げているが、同イベントでは「カーボンフリー社会に向けた環境技術」「事故ゼロ社会に向けた安全運転支援・自動運転技術」「eMaaS」「コネクテッド」などのテーマで、ビジョン実現に向けて取り組んでいる技術開発について情報発信を行った。「Honda eMaaS」は今回のイベントで初出となった概念だ。

  • ホンダの電気自動車「Honda e」

    和光ビルにはホンダが2020年春にも欧州で発売する電気自動車(EV)「Honda e」も展示されていた(画像提供:本田技研工業)

ホンダはクルマとバイク以外にもさまざまな商品を取り扱っている。例えば飛行機、ロボット、芝刈り機、耕運機、発電機など、挙げ始めると切りがない。それらの商品を全て合わせると、ホンダは年間3,200万人の顧客と何らかの「つながり」を持っていることになるそうだ。

これらの商品の中には、電気で動く多くの「電動モビリティ」が含まれる。発売間近のEVはもちろんのこと、エンジンとモーターの双方で走行可能なプラグインハイブリッド車(PHV)、電動バイク、小型モビリティ、AI搭載のロボット「パスボット」(Honda P.A.T.H. Bot)なども電気で動く商品だ。そういった商品は、当然ながらバッテリーを積んでいるので、“動く蓄電池”として活用することができる。

ホンダは電動モビリティとエネルギーサービスを組み合わせることで、「自由な移動」と「再生可能エネルギーの拡大」の実現を目指す。これが「Honda eMaaS」の目標だ。

  • 「Honda eMaaS」の概念図

    「Honda eMaaS」の概念図

再生可能エネルギーによる発電は、天候などの条件により発電量が左右される点に課題がある。必要な時に電力が足りないと困るし、余分に作った電力は無駄になってしまう。この課題に対応するため、電力会社は自前でバッテリーを用意し、電力のストレージとして使ったりしている。そこでホンダは、電動モビリティを“動く蓄電池”のように活用し、作りすぎた電力を蓄えておいたり、電力不足のときに電力を系統に戻したりできるような仕組みを作ろうと考えた。

具体的には車両位置情報、バッテリー充電情報、自然エネルギーの生産量に関わる気象情報などを集め、ビッグデータとして解析しながら、電動製品と電力系統の間で電力の調整を行う。この仕組みには電動モビリティのほか、充電機器、着脱式可搬バッテリーなどのホンダ製品も活用する。ホンダはこのエコシステムをオープンイノベーションの観点で構築する考え。例えば、トヨタ自動車やテスラなどのEVが「Honda eMaaS」の一部となっても全く問題ないそうだ。

  • 「Honda eMaaS」の概念図

    電動モビリティを上手に使えば、再生可能エネルギーで発電した電力を蓄えたり、系統に戻したりするための蓄電池として活用できるかもしれない

「Honda eMaaS」の一部となりうるホンダ製品で注目したいのは、「モバイルパワーパック」(MPP)だ。これは、携帯電話などを充電するモバイルバッテリーに似た製品で、電動モビリティに入れれば動力源として使える。

例えば、MPPを電動バイクに入れて走る。充電が切れそうになったら、充電ステーションに寄ってフル充電のMPPと取り替える。この使い方だと、電動モビリティでは常にネックとなる(長い)充電時間を気にしなくても済むようになる。あるいは、電動バイクで使っているMPPを取り出し、(将来は電動化しそうな)芝刈り機や耕運機などに乗せ換えて使うようなユースケースも想定できる。

  • ホンダの電動モビリティ

    ホンダのモバイルパワーパック(MPP)を積んだ4輪の電動モビリティ。世の中にたくさんのMPPが出回り、充電ステーションも増えれば、電動モビリティはかなり使い勝手のよい乗り物になるはずだ。もちろん、その環境を整えるのはコストだけを考えても大変そうだが……

もちろん、ホンダは一般的なMaaSにも取り組んでいる。それにプラスして、電動モビリティ製品を活用する独自のコンセプトを打ち出したのだ。

ただし、ホンダが再生可能エネルギーによる大規模な発電事業に乗り出すわけではないので、「Honda eMaaS」の仕組み自体が完成しても、社会のゼロエミッション化は進展しない可能性がある。電動モビリティの動力源となる電力が、化石燃料を燃やして作ったものであったならば、結局のところ、二酸化炭素を排出していることに変わりはないからだ。

このあたりが疑問だったので、Honda Meetingで本田技研工業 ライフクリエーションセンターに所属するホンダ社員に聞いてみると、「確かに、ホンダが大きな発電所を作るわけではありませんが、世界観を作っておいて、ハードウェアの準備を整えておけば、どんな状況にも対応できます」との答えが返ってきた。

  • ホンダの八郷社長とホンダ技術研究所の三部社長

    Honda Meeting 2019に出席した本田技研工業の八郷隆弘代表取締役社長(左)と本田技術研究所の三部敏宏代表取締役社長

再生可能エネルギーの活用が進むかは未知数だし、地域によっても事情は異なる。しかし、そうなった時に備えて、仕組みとハードは準備しておく。仕組みとハードが整ってさえいれば、発電量が不安定だからといって再生可能エネルギーの活用に二の足を踏んでいた電力会社も、ひょっとすると、「電力が余ったら『Honda eMaaS』に流して蓄えておけばいいか」と考えて、例えば風力発電施設の建設を決断するかもしれない。ホンダの狙い通りであれば、こんなシナリオも考えられる。

MaaSの覇権争いが激化しそうな自動車業界にありながら、ホンダは新たなコンセプトを立ち上げ、着々と準備を進めている。なぜ同社が新しいことに挑戦し続けるのかといえば、「常に新しい価値をお客さまに届けるのがホンダの使命」(ホンダ技術研究所の三部社長)と考えているからなのだろう。