ボルボ・カー・ジャパンは、今秋の発売を予定するセダン「S60」を「スニーク・プレビュー」(sneak preview、事前内覧)と称してメディアに公開した。

ボルボ・カー・ジャパンが2019年秋に発売する予定のセダン「S60」

走りへの情熱と親しみやすさが同居するデザイン

展示車両は米国仕様の左ハンドルで、「T8 ポールスターエンジニアード」と呼ばれる最上級車種である。黒の車体色が全体を精悍に見せ、室内も走行性能の高さを示すようなグレー基調の色遣いで、ポールスターであることを表す黄色のシートベルトが走りへの情熱を伝える。

北極星をモチーフとするポールスターのロゴが入っていた展示車(テールランプのところ)。1996年にモータースポーツチームとして設立されたポールスターはボルボの傘下に入り、現在は同社のハイパフォーマンスモデルを手掛けるブランドとなっている
シックなグレー基調の室内に黄色のシートベルトが映える

少しクルマから離れて眺めると、タイヤに組み込まれたホイールの内側に見えるブレーキキャリパーが金色に塗装されている。広報の説明によれば、「ボルボがキャリパーを塗装するのは今回が初めて」とのことだ。

ボルボがキャリパーを塗装するのは今回が初めてとのこと

内外装とも、北欧生まれであるボルボを印象づけてきた、心を和ませるような明るい色づかいとは趣が異なる。とはいえ、例えばドイツ車のスポーティセダンなどと比べると、“いかにも”といった感じというか、高性能であるが故の威圧感はなく、ごく普通に運転を楽しみたい人に対し、当たり前に使えそうと感じさせる親しみやすさをたたえた造形でもある。

「S60」の価格は現時点で不明。サイズの詳細も非公表とのことだが、全長、全幅、全高は同社のステーションワゴン「V60」と大体同じくらいになるらしい

“セダン離れ”の影響は?

近年のボルボ人気を支えているのは、「XC90」や「XC60」、そして、人気沸騰中の「XC40」といったSUVだ。ちなみに、XC40は今なお、注文から納車までに約9カ月を要する人気ぶりである。しかし、ボルボといえば、ステーションワゴン(エステート)の印象が強い人は多いだろう。1970年代のボルボ「240」の時代から親しまれてきた車種だ。

ステーションワゴンの歴史を振り返ると、幅広い人気を得た車種として、1989年に発売となったスバル「レガシィ ツーリングワゴン」が思い浮かぶ。このほかにもステーションワゴンは存在していたが、それらはワゴンとしての実用性を重視する一部の消費者に選ばれる存在であった。国内のステーションワゴンの発端は、商用バンを基にした例もあり、ステーションワゴンを「バン」と呼ぶ人も当時は根強くいた。

輸入車では、メルセデス・ベンツ「Cクラス」やBMW「3シリーズ」、あるいはアウディ「A4」などがステーションワゴンを販売し、こちらも人気を集めてきた。

メルセデス・ベンツ「Cクラス」最新型のステーションワゴン

1つの流行としてステーションワゴンが増える一方で、4ドアセダンの人気は下がっている。それは日本のみならず、世界的な傾向でもある。とはいえ、欧米市場における4ドアセダンの売れ行きは、日本に比べ堅調なのが実態だ。

ステーションワゴンの印象が強いボルボではあるが、今も旧車愛好家の間で人気のある1950年代のボルボ「アマゾン」といえば、4ドアセダンの姿を思い浮かべる人が多いだろう。エステートの人気を高めた「240」の時代にも、安全性の高いクルマとしてセダンを選ぶ消費者があった。その後のボルボは、ステーションワゴンの車名に「V」(ヴァ―サティリティ=多様性の意味)、セダンの車名に「S」を付け、車格を示す数字の前にアルファベットを置く命名を行っている。セダンも永年、作り続けてきたのである。

そんなボルボが今年、4ドアセダンの魅力を改めて発信する1台として日本に導入するのが「S60」だ。

「S60」の「S」はセダンの「S」だ

4ドアセダンの魅力を再考

ここで、4ドアセダンの魅力とは何かを考えてみたい。まず、大人4人が快適に移動できることに加え、高さのある荷物は別としても、荷室容量が十分に確保されているので、かなりの荷物が積み込める。スポーティなクーペやスポーツカーは乗車人数に限りがあったり、後席が窮屈だったりするし、荷物がほとんど積めない車種もある。4ドアセダンなら実用性が高い上、運転した際の操縦安定性も優れた水準にある。そうした総合力が、4ドアセダンの好まれる理由の1つである。

一方、ステーションワゴンは荷室の天井が高いままなので、後輪側の重心が高くなる。クルマの走行安定性は後輪が担っているので、重心が高ければ不安定要素を抱えることになる。ましてやSUVともなれば、車体全体の重心が高くなり、操縦安定性の確保と乗り心地の両立が難しくなる。

しかし、4ドアセダンは荷室が低いので、後輪による走行安定性を確保しやすく、前輪が操舵された際の俊敏な動きと、安心を与える安定性の両立が叶えられる。つまり、4ドアセダンは安心かつ運転の楽しいクルマに仕立てることができるのだ。

サーキットを走行したり、山間の屈曲路を楽しんだりするほど運転に執着しないが、日常の運転や高速道路を使った遠出などで、快くクルマを走らせたいと思う人にとって、4ドアセダンは最高の選択肢となるのである。

十分な荷室容量を確保できる上、クルマを走らせる喜びも感じられるのが4ドアセダンの魅力だ

では、SUVやステーションワゴンに人気の集まる日本市場において、4ドアセダンの売れ行きはどうなのだろうか。

日本車では昨年、トヨタ自動車「クラウン」がフルモデルチェンジした。日本自動車販売協会連合会によれば、2018年の乗用車ブランド通称名別順位で、クラウンは年間5万台以上を販売し、19位という成績をおさめている。ベスト10入りこそしていないが、クラウンより上位の車種は、5ナンバー車か5ナンバーに近い小型の3ナンバー車ばかりで、ほかにセダンの名はない。特異なのは、15位に3ナンバーミニバンの「アルファード」がいる程度だ。50位以内に入ったセダンとしては、このほかに「カムリ」「プレミオ」の名がある。「シビック」の中にもセダンは含まれるだろう。

こう見ると、確かに販売台数で上位にランクインする4ドアセダンの数は少ない。一方で、クラウンの強さが目立っている。

では、輸入車の状況はどうだろうか。2018年に最も販売台数の多かったメルセデス・ベンツのうち、最量販車種だったのは「Cクラス」で、その内訳を見るとセダンとステーションワゴンの比率は大体2:1である。またBMWも、最量販車種である「3シリーズ」におけるセダンとステーションワゴンの内訳は7:3であるとのことだ。どちらも、販売の60~70%ほどは4ドアセダンということになる。Cクラスも3シリーズも、S60の競合車種と目されるクルマだ。

新車販売の全体的な傾向としては“4ドアセダン離れ”とでもいうべき動向が見られるが、その中身を見ていくと、今なお4ドアセダンを愛用し続ける消費者が少なからずいることが分かってくる。そうした中、ボルボはS60を市場投入し、改めて4ドアセダンの販売に力を入れようとしている。

近年はSUVの魅力で人気を高めているボルボ。セダンでも多くの顧客に訴求できるか

まだ試乗することは叶わないが、S60米国仕様の内覧会では、クラウンでもなくドイツ車でもない、独自の存在感や魅力が伝わってきた。また、今回の「T8 ポールスターエンジニアード」に見られるように、プラグインハイブリッド車(PHEV)が車種構成に含まれることも分かった。CクラスとクラウンにPHEVの設定はなく、3シリーズにPHEVがあったのは前型までだ。

4ドアセダンが好きで、環境と走行性能を含めた電動化時代を意識する人にとって、さらには巷にあふれるドイツ車とは違った趣を求める人にとって、S60は注目すべき4ドアセダンの1台となるに違いない。

(御堀直嗣)