『ももクロ非常識ビジネス学 - アイドル界の常識を覆した47の哲学』(税込1,500円)が12月22日に発売された。

著者の小島和宏氏は「ももクロの『非常識』なビジネス展開には、いつも驚かされていた」という。今回はマイナビニュース読者のために、同書のエッセンスを紹介してもらった。

  • 『ももクロ非常識ビジネス学 - アイドル界の常識を覆した47の哲学』

ももクロの成功は他のアイドルでは無理?

おかげさまでリリースした『ももクロ非常識ビジネス学』は発売以来、大きな反響をいただいている。特に普段はあまりアイドルを見ない、というか「アイドルにまったく興味がない」という方たちには、このテーマ自体がかなり新鮮だったようだ。

ちなみにマイナビニュースからの原稿依頼には、こんな一文が含まれていた。「なぜ、ももクロだけが成功して、他のアイドルでは無理なのか? その理由が分かれば、例えば『初対面なのに名刺交換しない営業』も存在できるかもしれない」。

この文面を読んでハッとなった。筆者はももクロのプロデューサーである川上アキラと名刺交換をしていないから、である。そう、ももクロ界隈ではとっくの昔に「初対面なのに名刺交換しない営業」が成立していたのだ!

これは筆者だけの話ではなく、その流れで仕事がはじまっていく様子を何度も見ている。肩書きなんかは関係ない。どれだけ、ももクロの本質を理解して、熱量の高い仕事ができるかが重要視される。

極端な話、連絡先がわからなくても、コンサート会場に行けば必ずいるんだから、そこで打ち合わせをすればいい、というレベルなのである。

今の世の中では逆にハードルの高いやり方ではあるが、これについてこられる人だけが、ももクロの周辺で仕事をし続けている。ある種、「匠」の集合体だ。

筆者は一歩外側に出て傍観しているようなものなので、とてもその域には達していないが、もはや「阿吽の呼吸」でももクロが紡ぎ出すエンターテインメントをあらゆる側面から匠がサポートしているのがわかる。

ももクロだけが成功した理由

「なぜ、ももクロだけが成功して、他のアイドルでは無理なのか?」だが、これはあくまでももクロ流の「非常識ビジネス」に関しての話であり、それぞれのアイドルが、それぞれのやり方を模索し、ビジネスとしてはももクロよりも大きな成功を収めているグループだってある。

おそらく、ももクロが他のアイドルグループのやり方を真似することは可能だ。しかし、その逆は難しい。

特に巨大なグループはビジネスも幅広くなってしまっているので、いまさら非常識なやり方に舵を切るのは不可能。一度、回りだしてしまった巨大な歯車を止めてしまったら、各方面で不都合が発生してしまうからだ。

ももクロが「非常識」と呼ばれるやり方(あくまでもアイドル業界における非常識、である)が出来ているのは、これだけ有名になっても、大ブレイクする前とあまり変わらない小規模なチームで運営しているから。

そのあたりは『ももクロ非常識ビジネス学』の中で詳しく掘り下げているが、スタッフは少数精鋭で回している。人数を増やせば、個々の負担も減るし、仕事の効率もアップする。ただ、それによって熱量が薄まり、精度が下がってしまうのなら意味がない。

オートマティックに商品を作っているわけではなく、あくまでも「人」の魅力を売るのがアイドル運営の仕事。だからこそ臨機応変に動けなくては、さまざまな局面に対応しきれない。

これは名刺交換の話にもつながってくるが、ももクロのプロデューサーは川上アキラだが、それは単なる肩書きであって、実質的には現場マネージャーとしてデビューから10年間、最前線で動いてきた。

肩書きに縛られない働き方

先日、ちょっとした用事があったので、地方公演の会場で川上アキラを捕まえようとしたが、会場のどこを探しても彼の姿が見当たらない。今日は来ていないのかな、と思っていたら、なんと会場の外で観客の行列を整理していた。

肩書きに縛られて、オフィスのデスクに座るようになっていたら、ももクロの「非常識ビジネス」は破綻していただろう。プロデューサーが背広姿ではなく、プロレスTシャツに鉢巻き姿で現場に出て汗をかく。これがももクロの「本質」であり、一般企業でもやれそうでやれない「非常識」ぶりなのだ。

もちろん、こういったやり方が成立するのは、メンバーの理解あってのこと、である。2016年に初のドームツアーを敢行したとき「このツアー中はメンバー1人に、専属マネージャーを1人つけよう」ということになった。

ドームとなると、会場内の移動だけでも結構、大変になる。よりよいパフォーマンスを提供するためにも、これは必要なケアである。

ただ、ちょうど人手が足りない時期で「他の部署から誰が借りてこようか」と大人たちが話しあっていると、最年長の高城れにがサラリとこう言った。

「私なんかのために、そんなに気を遣わないでよ。大丈夫、私、自分のことは自分でやるし、荷物だって自分で運ぶから、私にはマネージャーさんをつけなくてもいいよ。どうしてもって言うなら、マネージャーをやりたいと思っている人の練習台に私がなるから」

こんなことを言えるタレント、なかなかいない。私なんか、といっても、このご時世、ドームツアーができるアーティストは数えるほどしか存在しないわけで「どれだけいい子なんだ!」と感動したことを覚えている。

こうやって「非常識ビジネス」を理解した上で、アイドルである前に人として「できている」メンバーが揃ったからこそ、ももクロはブレイクした。

極めて常識的な考え方ができるアイドルが中心にいるからこそ「非常識」が成立するのである。

著者プロフィール : 小島和宏(こじま かずひろ)

1968年、茨城県生まれ。ライター、編集者。89年、二松學舍大学在学中に「週刊プロレス」の記者となる。8年間の記者生活ののち、スカイパーフェクTV!を経て、現在に至る。2010年ごろからアイドルに関する執筆活動を本格化させ、2012年からはももいろクローバーZの「公式記者」として取材にあたっている。著書に、『ぼくの週プロ青春記』『活字アイドル論』『3.11とアイドル』『中年がアイドルオタクでなぜ悪い! 』『ももクロ×プロレス』『Negiccoヒストリー Road to BUDOKAN 2003-2011』など多数。