高齢社会の課題があちこちで浮き彫りになる中、毎年10万人が介護を理由に離職している。親の介護リスクを避けるためにはどうすればいいのだろうか?

さきごろ発行された『そろそろはじめる親のこと』(自由国民社 税込1,404円)の著者でありオヤノコトネット 代表取締役 大澤尚宏氏に話を伺った。

  • オヤノコトネット 代表取締役 大澤尚宏氏

介護をする状況になってはいけない

「親の介護」について、私たちはどれだけ具体的に考えているだろう。両親のうちどちらかが倒れたら? 認知症になったら? 仕事が忙しいのにそんなことまで考えていられない。

なんとかなるだろうと楽観していたい。うっすらと不安を抱えながら先延ばしにしているのが「親が老いることへの備え」だ。

介護は働き手にすさまじい負荷をもたらす。総務省の「平成29年就業構造基本調査結果」によれば、働きながら介護をしている人は346万人にも達し、5年前の同調査と比べて55万人増加している。

姿勢に気をつけながらむせないように料理を食べさせ、入浴の介助をして身体を洗い、排泄物を処理する。状況に応じてやらなければならないことは変わるが、介護休暇が取得できるのは1年間のうち5日だけだ。毎年9万9,000人が、介護のために仕事を辞めている。

そういった介護離職者のうち、再就職できる人は43.8%(※)にすぎない。明治安田生活福祉研究所の調査によれば、年収も半減することが明らかになっている。介護とはこれほどまで自分の人生にリスクをもたらすのだ。
※総務省発表「介護施策に関する行政評価・監視 -高齢者を介護する家族介護者の負担軽減対策を中心として- <結果に基づく勧告>」

自力で介護するのではなく、「介護保険」を活用して誰かにケアしてもらえばいいのかもしれない。しかし、介護にかかる総費用は2016年度で9.7兆円にも上り、2025年には20兆円に達するという試算もある。日本の税収総額は約58兆円だ。高齢化が進む一方の社会で、保険だけに頼ることはできそうもない。

では、いったいどうすればよいのか。

「そもそも介護は最後であるべきです。できれば介護予防、つまり、親を介護状態にしないことが大事なのです」と言うのは、シニア親子のための情報・サービスを提供するオヤノコトネットの大澤氏だ。

つまり、「必要なのは、『介護しないためにはどうしたらいいのか』という視点です。親が要介護状態になる前に、元気なうちから対策していきましょう。私たちがすべきなのは、介護の準備ではなく、親が健やかに人生をまっとうできるための行動なのです」

老人ホームは、元気なうちに入るもの

「田舎の親が独り暮らしになったけれど、どうすればよいのか」。これは同社に寄せられる最も多い相談の一つだ。近所の賃貸マンションに住まわせて、仕事帰りにスーパーで買ったものを届けて、20、30分話して帰る。という人も多いようだが、大澤氏はこの対応だけではリスクがあると言う。

なぜなら、都会のマンションは閉鎖空間であり、部屋で倒れても誰も気づいてくれないからだ。つまり、日中独居状態になるからである。

「この場合、私たちは、一般的な賃貸マンションではなく、自立型の老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)などをお薦めしています。誤解が多いのですが、老人ホームやサ高住は元気なうちに入れる自立型というタイプのものがあります。

そこは介護状態ではない元気なシニアが暮らすことが前提で、サークル活動などの入居者間の交流が活発で、職員がひとりひとりの健康状態などに気にかけてくれています。つまり、介護が必要になってから入るのが老人ホームというのは間違いなのです。もちろん、在宅で元気に暮らし続けるというのも大事なことですから、同居や二世代住宅もありですね」

2017年9月に発表された、国立長寿医療研究センターの調査によれば、夫婦で同居している場合に比べ、65歳以上で独居する場合は、介護リスクが女性で1.19倍、男性で1.45倍に跳ね上がる。ひとりで暮らすことは、それだけ心身を弱らせるのだ。プライベートを保ちつつ、交流できるご近所さんを持つことは、健康的なライフスタイルには欠かせないのである。

そこでオヤノコトネットでは、「親の呼び寄せ、老後の住まい」相談サービスを行っており、老人ホームやサ高住の選び方をレクチャーしたり、見学に同行したり、場合によっては契約にも立ち会うという。

「選定ポイントはそこにいる『人』です。建物が大きいとか設備が新しいとかは関係ありません。老人ホームは人徳産業とも言われ、人間力こそがもっとも重要なのです。いい人が集まるためには、組織としてしっかりしていないといけませんから、施設長や経営者の人柄も重要です。特に昨今は事件や事故も多いので、相談に来る人が増えていますね」

健康な親子であり続けるために

大澤氏はこれまで受けてきた相談で、「78歳になるペーパードライバーの母親が原付に乗りたいと言ってきた」というものが印象的だったという。父親が庭で倒れてしまい、一命は取り留めたが、父親はもう車を運転して買い物に行くことができなくなってしまったので、仕方なく、運転経験のない母親が原付を買うと言い出した事例だ。

さすがに息子さんは「ぜったいに駄目」と言ったものの、買い物に行けないと嘆く母親を説得する代替案がなくて相談してきたのだ。

「このときは、高齢者向けの電動アシスト自転車をお薦めしました。3輪で安定しており、坂道でも楽に登れて、原付に比べればずっと安全です。こうした便利な商品・グッズはたくさんあるのですが、世に知られていないことをつくづく感じました」

知られていない高齢者向けのグッズやサービスには、「転倒予防靴下」などもある。歳をとると足が上がらなくなり、畳のヘリなどほんのわずかな段差で転ぶようになってしまう。受け身も取れないのでそのまま骨折し、寝たきりから認知症になるなど、高齢者にとって転倒は十分な対策をとる必要があるが、この靴下は、編み方を工夫しており、つま先が常に上がるようになっているという優れものだ。

また、2018年4月からは、スマホのビデオ通話機能を使ったオンライン診療の保険適用が始まった。ITデバイスを使いこなす必要はあるが、夏の酷暑や冬の極寒のなか通院する負担を軽減することができるので、高齢の親にとっては便利なサービスになるだろうと大澤氏は予測している。

介護しなければならないほどに親の健康を損ねることは、心情的につらいことはもちろん、経済的にも自分の収入が半減するほどのリスクを抱えている。そうしたリスクを回避するためには、こうした商品・サービスを早いうちから知り、使いこなしておくこと、そして、なにより親子のコミュニケーションが重要だと大澤氏は強調する。

「親の暮らし方に関与するわけですから、会話はとても重要です。しかし、いきなり介護どうしようなんて言い出したら、『自分はまだ元気だ!』とけんかになってしまうでしょう。我々の発行物は、コミュニケーションのためのツールとして使ってもらうことを意図しています。『こんな記事を読んだんだけど、どう思う?』と切り出せば、話し合うことができるようになるでしょう。大事なことは、お互い元気であり続けるために、親子でどうしたら良いかを考え、対策していくことなのです」

取材協力

大澤尚宏(オオサワタカヒロ)

『オヤノコト・マガジン』編集長。オヤノコトネット代表取締役。大学卒業後、リクルートを経て広告会社を設立し、1995年に我が国初のバリアフリー生活情報誌『WE’LL(ウィル)』を創刊。2001年同誌編集長を退き、子どものためのバリアフリー情報誌『アイムファイン』を創刊。この間、国土交通省や経済産業省、宮城国体などの委員等を歴任、東京モーターショーのプロデュースなども手掛ける。2008年、高齢化の急速な進展による社会課題解決事業として「そろそろ親のこと…」をキーワードに「オヤノコト・エキスポ」(後援:経産省、厚労省ほか)を立ち上げ、2009年にオヤノコトネット設立。