青春ドラマを彩ってきた端正な顔立ちのイケメン俳優にとって、いかにして守備範囲を広げ、演技派俳優にシフトしていくかというのはいつの時代も大きな課題だ。俳優・吉沢悠にとってもしかりで、40歳となる今、新境地を開拓すべくいろんな役にトライし続けている。そんな彼が3年ぶりに出演する舞台が、白井晃×長塚圭史のタッグによる『華氏451度』(9月28日~10月14日)だ。

  • 吉沢悠

    舞台『華氏451度』の主演を務める吉沢悠

レイ・ブラッドベリのディストピア小説を舞台化した本作で、彼が演じるのは、主人公のガイ・モンターグ役。徹底した思想管理体制にある近未来では、本の所持が禁止されていて、彼の仕事は、本が発見された場合に出動し、本を焼却するという管理機関「ファイアマン」だ。ところがある日、彼は1人の女性・クラリス(美波)と出会ったことで、反体制側に回って戦うことになる。

吉沢は、役へのアプローチを徹底的に行うという真摯な役者だが、20代で一度、芸能活動を休止し、改名して再び活動を開始したという経歴も興味深い。40歳となる今年、彼はどういう方向へ進もうとしているのか? 単独インタビューに答えてもらった。

30代の焦りと40代を迎える心境

――3年ぶりの舞台となりますが、舞台の魅力はどういう点でしょうか?

舞台はライブだから、一歩間違えば大変なことになります。台詞が飛んだらどうしよう、とか。そういう点が僕は面白いと思いますね。また、白井さんとお話した時も思ったのですが、場面転換をすること自体が、楽しみなのかなと。映像みたいに編集できないから、同じ人間がすぐあとに、違う精神状態を演じないといけない。役者の技量が問われますが、そこも舞台ならではのことかなと。

また、本番はもとより、稽古場の楽しみも関わってくるのではないかと。本番に向けての過程が見られるので、そこに感動します。白井さんは「生みの苦しみ」ともおっしゃられていましたし、自分も同じような苦しみもありますが、そういう点も含めて舞台が好きなのかもしれないです。

――8月30日で40歳になる節目の年ですが、年齢は意識していますか?

最近は意識しなくなってきました。周りから「男は40から」とか言われますが、僕自身は30代中盤の頃の方が、40代に対して焦りや期待感がありました。今は、いざ自分が40代に突入するにあたり、期待よりも逆に楽しさの方が上回っています。

――30代の焦りとはどういうものでしたか?

30代前半というか、ついこの間まで「なんとかしなきゃ」という焦りや迷いがずっとありました。たとえるなら、走っている電車のなかで無駄に走っているみたいな。走っても仕方ないのに「早く目的地につかないと」と必死な感じでした。基本的には怒られるのが嫌だし、失敗をしたくないタイプなんです。でも、今は「そうなったらそうなったでしょうがない」と少しずつ思えてきた次第です。

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活動休止&改名で俳優としてリセット

――これまでの俳優人生を振り返った時、2005年の活動休止や改名したことは、大きな転機でしたか?

いろんな思いがあり、一度立ち止まりましたが、そこから改めて「俳優をやりたい」とリセットできたことで、自分が想像したものとは違う現実になったような気がします。もちろんあの時、リセットしたこと自体は、自分では後悔してないし、いい時間だったなとは思っています。ただ、その後、30代になって、リセットした分、歩みが遅くなっているのかなと思い始めて。自分自身が手にしたかった現実になっていないのかなと思った時期がありました。

――そのあと、自身のキャリアをどう進めていったのですか?

環境の変化が自分自身、よくわかっていなかったのかもしれない。この10年でチャンネルもインターネットのサイトも増え、フィールドが広がりました。俳優でいえば、舞台の人が映像に出演し、映像の人が舞台に出演したり、また、お笑いの人も映像に出演したり、俳優もバラエティに出演したりと、演者たちもいろんなフィールドへ行けるようになりました。

ただ、僕自身は性質的にオタクや職人とか、そっち寄りの人間なので、フレキシブルな時代でやっていくとしたら、アップデートをしていかないと生き残っていけないと思っています。

――吉沢さんは、30代でどうアップデートしていくかを考えていたということでしょうか?

そうですね。アップデートの仕方がわからず、ただあがいていた感じです。世の中のニーズに合わせるというのは聞こえがよくないけど、自分自身が表現者としてどう成立させるべきなのかがわからなかったのかもしれない。僕は結婚していて家庭を持っているので、仕事として俳優をやっているという一面もあります。クレバーに考えざるを得ない瞬間もありますが、それが根底に来ると結果として残っていけないんだろうなと。

上澄みとしてそういう計算があったとしても、根底には表現者や俳優として、曲げられないものを持っていたい。そうすれば、今後もこの仕事を続けていける可能性はあるのかなと。だから、一つ一つ出会う作品にはちゃんと向き合い、決して流しちゃいけないとも思っています。

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幅広い役への挑戦と40代の抱負

――近年、いろんな難しい役にもトライされていますが、そのへんは意識されて作品を選んでいますか?

オファーしていただく作品も変化してきましたし、会社の方針も変わったんです。費用対効果の大きい作品だけではなく「こういう作品もやっていいんだ!」という作品が少しずつ増えてきました。実は僕自身が一瞬混乱していて「なぜ、この作品をやっていいんですか?」と聞くと「30代でそういう役をやっておかないと、40代でいろんなことかできなくなるし、俳優として固まってしまう。30代は、やれるタイミングでいろいろな役をやったほうがいい」ということでした。

――実際に今、手応えは感じてらっしゃいますか?

30代で結果が残せたかどうかはわからないけど、そういう積み重ねがいろいろとありました。僕自身もその作品と縁があるのなら、怖がって背を向けてしまうのはどうなんだろうと思っていたので、今までやってきて良かったなとは思いました。

事務所からは「マネージャーも俳優も、結局はオートクチュールだから、それぞれが違わないとおかしい。ドレスを作る時、袖や襟の形、色をどうするのかは、人によって違うのが当たり前だよね」ということで。

当人としては、常に不安だったりはします。今までやってきた作品に対して「俺はすごいことをやっている」とは思ったことがないから、逆に「もっと積み上げていかないと」という思いが強すぎて。でも、仕事は運と縁とタイミングだからと。

今後も少し怖いけど、一歩踏み込めば手の届くところにあるものには挑戦し続けていきたい。そうすれば、俳優として、僕が考えられないところへ行けるのではないかと。そういう40代を過ごしていきたいです。

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■プロフィール
吉沢悠(よしざわ・ひさし)
1978年8月30日生まれ、東京都出身。映画、ドラマ、舞台など幅広く活躍中。2002 年『ラヴ・レターズ』で初舞台を踏み、以降数多くの舞台に出演。主な舞台出演作は、『オーデュボンの祈り』(11)、『宝塚BOYS』(13)、『TAKE FIVE』(15)など。また、主演映画『ライフ・オン・ザ・ロングボード2nd Wave』が2019年公開予定。
■著者プロフィール
山崎伸子
フリーライター、時々編集者、毎日呑兵衛。エリア情報誌、映画雑誌、映画サイトの編集者を経てフリーに。映画やドラマのインタビューやコラムを中心に執筆。好きな映画と座右の銘は『ライフ・イズ・ビューティフル』、好きな俳優はブラッド・ピット。好きな監督は、クリストファー・ノーラン、ウディ・アレン、岩井俊二、宮崎駿、黒沢清、中村義洋。ドラマは朝ドラと大河をマスト視聴