開催中のワールドカップ・ロシア大会で2大会ぶり3度目のグループリーグ突破を果たし、後半終了間際の失点で涙を飲んだものの、決勝トーナメント1回戦で強豪ベルギー代表と歴史に残る死闘を演じた日本代表が5日に帰国した。MF本田圭佑(パチューカ)に続いて、3大会連続でキャプテンを託されてきたMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)も代表引退を表明。西野ジャパンの解散とともにひとつの時代も終わりを迎えたなかで、開幕前に飛び交っていた悲観論を熱狂の渦へ変え、日本中を巻き込んでいった流れを作るために、ピッチの内外で常に中心にいた稀代のチームリーダーが胸中に秘めてきた覚悟と決意を追った。

盟友・吉田麻也を男泣きさせた電撃的な代表引退表明

長谷部誠

帰国会見に出席した長谷部誠

ひとつの時代が終わりを告げた。2006年1月に日本代表でデビューし、2008年5月からはボランチに定着。そして、3度舞台に立ったワールドカップですべてキャプテンを務めてきた長谷部誠が、愛してやまない日本代表に笑顔で別れを告げた。

ワールドカップの歴史に残る死闘の末に優勝候補ベルギー代表に逆転負けを喫し、ロシアの地を去ることが決まった現地時間7月2日の深夜。宿泊していたロストフ・ナ・ドヌ市内のホテルで、西野朗監督の部屋を訪ねた長谷部は胸中に秘めてきた決意を明かした。

「心のうちでは『えっ』と思いましたし、『まだだろう』という感じもありました」

代表から引退しますと告げられた瞬間に抱いた、偽らざる思いを指揮官はこう明かした。同時にキャプテンとしてピッチの内外でチームをまとめてきた、フィールドプレーヤーでは最年長となる34歳の長谷部の心中を慮った。「私には計り知れないところがある」と。

続いて苦楽をともにしてきた仲間たちに打ち明けた。翌3日にベースキャンプ地のカザンへ戻り、取材に対応した選手たちのなかで、長谷部の頼れる背中を見ながら7年半にわたって最終ラインを統率してきた、センターバックの吉田麻也(サウサンプトン)は人目をはばからずに男泣きした。

そして、最後にファンやサポーターへ、更新された自身のインスタグラムを介して代表引退を伝えた。実に30万件近い「いいね!」が寄せられた、661文字からなる決意表明の一部には長谷部の律儀さと、日本代表への変わらぬ思いを象徴するこんなくだりも含まれていた。

「日本代表という場所はクラブとは違い、いつ誰が選ばれるかわからないところであるので、いち選手からこのように発信する事は自分本位である事は承知しています」

現役選手である以上は、誰でも最高峰に位置する代表を目指したい。ただ、自身にとって3度目の大舞台となるロシア大会へ、長谷部は不退転の決意と覚悟をもって臨みたかった。いままで以上に強い心を脈打たせるために、開幕前の段階で代表引退を決めていた。

「これまでも目の前の1試合、1試合が最後のつもりで戦ってきましたし、それはこの大会も変わりませんでした。ただ、大会前に自分の心の中で(代表引退を)決めていた部分があったこともあり、ひとつひとつのプレーにより思いを込めながらプレーしていましたし、その分だけ、いまは終わったなという感傷的な気持ちがあります」

  • 長谷部誠

5人の歴代代表監督から託されてきたキャプテンの大役

責任感と使命感が長谷部を突き動かしていた。岡田武史、イタリア人のアルベルト・ザッケローニ、メキシコ人のハビエル・アギーレ、そして旧ユーゴスラビア出身のヴァイッド・ハリルホジッチ。国籍も言語も文化も風習もすべて異なる歴代の日本代表監督から、キャプテンを任されてきた。

常に誠実で、チームを第一に考えて粉骨砕身できる代役の効かない存在。誰もが長谷部の人間性に畏敬の念を抱きながら、超がつくほどの真面目ぶりを目の当たりにすると、ついつい茶化したくなる。

代表活動中に細かい点にこだわる立ち居振る舞いを見せた選手が、不動のキャプテンの存在感を語源とする「長谷部か!」という言葉で、周囲から突っ込みを入れられるようになって久しい。

いつしか「マコ様」とも呼ばれるようになった長谷部は特にハリルジャパンにおいて、歯に衣着せぬ直言を忌憚なくぶつけてくる厳格な指揮官と、チームメイトたちの間に入る形で腐心してきた。アジア予選を戦っていたときには、こんな言葉を残したこともある。

「ハリルホジッチ監督は物事を本当にストレートにしゃべるので、選手それぞれの感じ方によってはすごく勘違いされることもある。だからこそ、若い選手たちに対して、たとえば『考え方が違う人とつき合っていくことによって、自分自身が変われることもあるんだよ』という話はしています」

迎えた今年4月。選手たちとのコミュニケーションや信頼関係がやや薄らいできた、という曖昧かつ不可解な理由でハリルホジッチ監督が電撃的に解任された。慌ただしく就任した西野監督からもキャプテンを託された長谷部は、日本サッカー界の未来へ、大いなる危機感を募らせていた。

「監督が代わったという部分で、キャプテンを任された人間として強く責任を感じている。今回のワールドカップの結果次第で、日本サッカー界の未来は大きく左右されてくると思っているので」

ロシア大会出場を決めてから低空飛行を続けていた日本代表には、悲観的な視線が向けられていた。指揮官交代で図らずも注目を集めたが、それでも開幕前には「3連敗でグループリーグ敗退」という声が飛び交った。批判されるならまだいい。負のスパイラルの先に待つ事態を、長谷部は危惧していた。

「大会前の段階で僕たちはあまり期待されていなかったけど、代表に対して無関心となることが、個人的には一番怖いことだと思ってきました」

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笑顔とともに次世代へ託される魂のバトン

迎えたロシア大会。4年前に1‐4の大敗を喫した因縁のコロンビア代表を2‐1で撃破し、難敵セネガル代表に2度奪われたリードを執念で追いついた。ゴールを目指さないパス回しに終始し、あえて黒星を受け入れたポーランド代表戦のラスト10分間は世界中から非難された。

波乱万丈に富んだ戦いの軌跡は老若男女を問わずに魅了し、試合終了間際に発動されたカウンターでベルギーに屈した瞬間には未明の日本列島が涙した。出発時にはわずか150人に見送られた西野ジャパンを、5日の帰国時には1,000人近くの大声援が出迎えた。

「合宿や食事中などでみんなが口をそろえていたのは、期待されていない状況や雰囲気を絶対に覆してやろうということ。そういう思いが強かったからこそ、皆さまの期待を取り戻すこともできたと思う」

本田圭佑やDF長友佑都(ガラタサライ)、1歳年上のGK川島永嗣(FCメス)ら、グループCの最下位で敗退した前回ブラジル大会で喫した悔しさを糧に、捲土重来を期してきたベテラン勢の思いを結集。チームに還元しながら、逆境を力に変えるベクトルを強く、太く育んできた。

「いまは99%の満足感と1%の後悔がある。その1%はこれからのサッカー人生、その後の人生につなげていきたい」

凱旋した成田空港から市内のホテルへ移動し、日本サッカー協会の田嶋幸三会長、退任することが決まった西野監督とともに記者会見に臨んだ長谷部は清々しい笑顔を浮かべながらも、仲間たちから別れを惜しまれた件を聞かれるとちょっぴり感傷的にもなった。

「普段は僕のことを、恐らくうっとうしく思っているはずなんですよね。僕は若い選手にいろいろと言うので。だからこそ涙してくれる選手や、嬉しい言葉をかけてくれる選手たちがいたというのは、僕にとっては言葉では表せない喜びです。本当に素晴らしい仲間たちを持ったとあらためて思っています」

記者会見を終えた瞬間に日本代表として、キャプテンとして担ってきたすべての仕事も終わる。少しでも代表との絆を紡いでいたかったのか。ひな壇のうえで、そして記者会見場から退出するときに、長谷部は深々と頭を下げた。

「これからは僕も日本代表チームのサポーターです。一緒に日本代表チームに夢を見て行きましょう」

大役を務めあげた胸中に抱いていた長谷部の熱き思いは、件のインスタグラムの最後に綴った一文に凝縮されている。偉大なるキャプテンが先駆者たちから託され、8年間も握りしめてきた魂のバトンは、4年後のカタール大会で快進撃の続編を担う次世代へと受け継がれる。

  • 長谷部誠
■筆者プロフィール
藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。