スーパー公務員・山田さんの経歴
山田さん:熱海生まれ、熱海育ちの公務員ですよ。
――お仕事は最初から市役所で?
山田さん:……ではないですね。最初はまったく別の仕事をしていました。高校生くらいまでは酪農家になりたいという夢があり、実際に農業高校に通っていたのですが、実家の事情で戻ることになりまして、そこで一度夢破れたんですね。その後はいくつかの会社を転々としました。大型トラックの運転手だったり、商社の営業マンだったりしました。
今とぜんぜん違うじゃない! というか、仕事の変わり度合いが大きすぎ!
山田さん:一番向いていたのは営業でしたね。お客様が喜ぶモノを売って利益をあげるというのが楽しくて仕方なかったんです。ただ、30代半ばになって、会社や個人の利益ではなく、公の利益(熱海市の利益)に興味を持ちました。つまり、熱海市民すべてがお客様という立場で仕事をしたくなったのです。それで熱海市役所に転職しました。
――営業マンと市役所職員というとまったく違うイメージがありますが、なるほど、お客様が違うだけという考え方もあるのですね。
山田さん:私が奮起したのには理由があります。当時、熱海のイメージは決して良いものではありませんでした。熱海って聞くと、どんなイメージがありますか?
――うーん、やはり温泉地……でしょうか。しかも、昭和な時代の。
山田さん:そうですよね。熱海のお客様は関東、特に首都圏の方が多いのですが、近くには箱根というライバルがあります。正直、少し前までイメージは箱根の方が上だったと思います。スタイリッシュな箱根に対して熱海は少し歓楽街みたいなイメージをお持ちの方が多いのでは。
――なぜそうしたイメージに?
山田さん:高度経済成長期に熱海は人気の一大保養地だったんです。大企業が何百人という単位で保養に訪れ、熱海は人であふれかえっていました。そうした当時の状況が熱海のイメージを作り上げたのです。
――なるほど。でもなぜ熱海のイメージはそこから低下していったのですか?
山田さん:一つには、人がくることをいいことに「サービスの質の低下を招いた」からです。何しろ飲み屋の入り口に「安心して飲める店」というステッカーが貼られていましたからね。ということは、安心して飲めない店があるの?って思えてしまう。
「安心して飲めない店」(笑)どんだけ修羅の国だったの!?
山田さん:もちろん、今はそんなことはないし、それだけがイメージダウンの理由ではありません。ただ、そうした要因が積み重なって、熱海のイメージが振るわなかったことは事実です。今の熱海は当時とは状況が違うし、すばらしい温泉地になっています。古いイメージで判断されるのは悲しい。そこで今の熱海を知ってもらうために始めたのが「熱海ハリウッド化計画」なのです。
――よくわかりました。それで、実はここからが本題なのですが、山田さんはそんな熱海ハリウッド化計画のためにお一人でテレビ局や制作会社の対応をされていますよね。それも24時間365日をうたっておられます。たしかに制作する立場からすれば、ありがたい話ですが、山田さんの体調は大丈夫なのでしょうか。「やりがい搾取なのでは」という声もインターネットでは見られますが……。
山田さん:そういう声もあるようですね。正直、24時間365日というわかりやすいフレーズだけが一人歩きしてしまった面はあると思います。新聞記事に取り上げられた後、批判の声もいただきました。ですから、今日はその誤解を解きたいと思います。
なんか、予想と違う展開。誤解とはなんだろう。
24時間365日の働き方とは
山田さん:まず、私が休んでいないような印象があるかもしれませんが、意外と休みをとっています。公休日のロケに立ち会ったなら、それは時間外勤務ですから、きっちりとその代休を取ります。代休はほとんど消化しているし、有給休暇もどんどん使っています。市役所は時間単位で休みがとれるので、気軽にがっつり休んでいますよ(笑)。
おお、なんだか山田さんから強者のオーラを感じる! ちょっと反論してみます。
――とはいえ、その休みの間も急な連絡が入ったりするのでは? 24時間365日対応ですと出ないわけにはいかないと思いますが……。
山田さん:それはそうなのですが、皆さん勘違いされているのは、24時間365日対応だからといって、本当に寝る間もなく連絡が入るわけじゃないんですよ。
言われてみると、そうだな。わたしも締め切り前に徹夜したことは何度かありますが、何日もやれないし、相手も徹夜作業を求めませんよね。
山田さん:キャッチフレーズが一人歩きしてしまったというのはそういうことです。ただ、そういう誤解もあったので、24時間365日対応というフレーズは今は使わないようにしています。もちろん、制作会社さんからの問い合わせについては、それまでどおりいつでも対応していますよ。それは変わらずです。
――どうして山田さんはそこまでされるのですか?
山田さん:それがお客様に喜んでいただけることだからです。制作会社さんもお客様ですが、その先にいる本来のお客様は熱海市民の皆さんです。熱海を盛り上げることが市民のためになりますから。
――山田さんは根っからの営業マンなのですね。とはいえお一人というのは大変なのでは。
山田さん:先ほど言った通り、他の人よりむしろ休んでいるのでまったく問題ないのですが、どうもそう思われがちみたいで(笑)。今年から塩見がチームに入り、今は二人でやっています。もちろん、「いつでも対応」なのは私だけですよ。彼は私のパートナーですが、基本的に通常通りの勤務形態です。私の働き方は私がしたいからしていることですから、他の人に強制することは絶対にしません。
――こうした働き方は山田さんならではということですね。でも、山田さんが異動されると後任の方は困りませんか?
山田さん:後継者はどうされるんですか、とよく聞かれます。でも後継者なんて話は一切考えていません。そもそも、他の街に勝つには他(人、まち)が真似できないことをやることに意義があると考えています。つまり、私だけの独自性です。また、私がこの役割を終える頃には、もう熱海のハリウッド化(ブランドイメージ)が成功し、景気や時代の変化に左右されない”真の温泉リゾート”になっていると信じています。そうなれば、今のような仕事のやり方は不要となり、あとは熱海のまち全体で、「お客様が喜ぶこと、お客様のためになることを追及」していけるかが鍵になるでしょう。私が常に意識している"近江商人"の理念です。
たしかに。目的は熱海の知名度を上げることなので、それが達成できたら、あとは熱海の良さを維持すればいいだけですね。
「24時間365日対応」の言葉が一人歩きしてしまったものの、実は他の誰よりも休んでいて元気いっぱいだった山田さん。むしろフリーランスのわたしの方がよほどブラックな働き方を(好きでやっているとはいえ)しているような……。
働き方改革を逆提案された
でもどうしても仕事の量が多くて時間がなくなってしまうんですよね。ああ、どうしたら山田さんのように休めるのか! 山田さん、ライフワークバランスのポイントを教えてください!
山田さん:私が実践しているのは、なるべく私欲を捨てて質素な生活を心がけることです。たとえば「無駄な飲み会に行かないこと」とかですね。なんとなくで飲み会に参加すると時間とお金を浪費するだけです。でもフリーランスの方だと仕事につながるかもしれないから、全部参加しないのは難しいですよね。
――まあ、そうなんですよね。
山田さん:それならこうしてはどうでしょう。飲み会には参加してもいいですが、「二次会には行かない」と決めておくんです。
たしかに酔っ払った状態で始まる二次会で、新しい仕事が決まったことはほとんどない気がします。次の日には忘れていたりするし……まさに「無駄な飲み会」ですね。何かの本でも、働き方改革の基本的な考え方はムリ、ムダを無くすと書いてあったし!
働き方を改革するつもりで行ってみたら、逆に自分の働き方を見直すことになってしまった今回の取材でした。





