ミニチュアには、実物にはない魅力がある。博物館やテーマパークなどで、精巧なジオラマに見入ったことがある人も多いのではないだろうか。それらは手が込んでいればいるほど面白く、実物に近ければ近いほど魅力を増す。今回は、そのひとつである「実車のミニチュア=カー・プラモデル」の製作についてお話をうかがった。

  • これが本当にプラモデル!? と目を疑うほど精巧を極めている作品たち

自分の車の精巧なミニチュア(=プラモデル)がほしい!

「あなたにとって、車とは?」と問われたら、何と答えるだろうか。“移動手段”や“遊びのためのツール”、もしくは“所有することが楽しいもの”という人もいるだろう。それぞれに思いは違うだろうが、一度自分の車に愛着を感じると、「この車のミニチュアが欲しい」と思う人は結構多い。

「そこまで車は好きじゃない」と思っているアナタ。通りで自分の車と同型のものを見て対抗意識を燃やしたり、CMやドラマを見て「あ、これ自分の車」と反応したりするようなら、もうすでに車の虜になりつつあると言っていい。「ミニチュア予備軍」決定である。

  • 「ハチロク」に「ロータス ヨーロッパ」、「ホンダ シティ」など懐かしの名車たちもプラモデルに

ミニチュアと言っても、「既製品のミニカーを買ってきて飾る」のではいまいち満足できないというツウな人もいる。そんな彼らが求めるのは「よりリアルなプラモデル」だ。 「ああ、プラモデルって、昔あったよね」と、昭和の遺物のように思う人もいるかもしない。確かに、趣味の対象としてはすでに下火にあると言えるだろう。“ツウな人”も、自分では作らないこともあるようだ。その場合、プロなどに依頼して「実車と全く同じプラモデル」を作ってもらうのだという。

「改造」部分もリアルに再現! その手間ひまにびっくり!!

今回お話をうかがったのは、アマチュア・フィニッシャーの虎丸さん(34)。ちなみにフィニッシャーとは、模型の塗装や仕上げなどをする人のこと。「仕上げ師」とも言うらしい。特に、その艶や質感が物を言うカー・プラモデルは、フィニッシャーの腕が重要。近年では「型を作る人」より重宝されることもあるという。

  • 今回は、虎丸さんの自宅兼作業場にお邪魔してお話を伺った

虎丸さんは、個人的に依頼を受け、製作を手がけるなどしている。模型自体は市販されているプラモデルを使用するが、モノによってはすでに生産が中止されている場合もあり、オークションなどで探して製作する。その時点で一筋縄ではいかない。

  • 自宅の一角にはプラモデルの山が

虎丸さんが以前製作した「ロータスエスプリ」のプラモデルは、「自分が乗っている車をそのまま作ってほしい」との依頼だったそう。「そのまま」とは、「改造している部分も」ということ。そのような場合は、元のプラモデルを切り貼りして作り変えていく。

  • パーツひとつひとつの質感も忠実に再現されている

このロータスエスプリの場合は、ハンドルなどを含めた運転席まわりを右に移動し、ミラーの形状や、エンジンルームまでも手を入れた。必要な部分は全部手で作る。もちろん、切り貼りの痕跡などは見えない。

  • “ウェッジシェイプの傑作”とも評されるエスプリの美しいボディラインもばっちりと表現

しかも、ただ作ればいいというものでもない。虎丸さんは「実際に車を運転させていただいて、オーナーさんの思いを受け止めて作った」と言う。表面には見えない部分まで感じ取ってから製作する、その心根がプラモデルの中には込められているのだろう。

磨け!! 根気の手作業が「光」を導く

作る上で特に大変なのは、「磨き出し」と、虎丸さんは言う。「車は光がメインだから」だそうだ。たしかに、ゆがみないシャープな輝きが、車の美しさや重厚感、高級感を表すものだろう。本物の車でも、塗装がムラムラでボコボコしていれば、どんな車であれポンコツに見えてしまう。プラモデルの場合は、ポンコツどころか幼稚にさえ見えてしまうかもしれない。

そこで、最初に重要となるのはプラモデルの表面を研磨することだ。本体に、丁寧にヤスリをかけていく。

  • 制作をスタートする前の状態はこんな感じ

実は、筆者は車好きで、プラモデルもいくつか作ったことがあるが、そんなことをしたことはない(というか、知らなかった)。「そのままでツルッときれいだし」などと思っていた。しかし、実は、プラスチックは溶かして成型しているため、表面がゆがんでいるという。それを慣らしていくために、ヤスリをかけるのだそうだ。しかも、ヤスリをかけるとプラモデルに付いているドアやフェンダーなどの溝が埋まってしまうので、先に深めに削っておく必要がある。

  • 目の粗さが異なるヤスリを使い分け、丁寧に表面を磨いていく

そして、その後の塗装には実車用のウレタンクリアなどを使うこともあるという。その場合は磨き出しがさらに大変になってくる。しかし、そんな手間があるからこそ、本物の車のような質感が生まれるのだ。

製作日数に、さらにびっくり!!

こうしてお話を伺うと、一台作るのにどれだけの作業が必要なのかが分かってくる。通常のプラモデルを製作するだけでも2週間程度が必要とのこと。少し改造したりすると、1ヶ月はかかるという。しかも、毎日作業をしたとして!! 先ほど登場したロータスエスプリの場合は、毎日の作業ではなかったが半年かかったとのこと。休みなくやっても2ヶ月以上はかかるそうだ。

  • 「プラモデル」の概念を覆されるほどの熱量が伝わってくる

しかし、その内情を理解する人は少ない。虎丸さんも一時期はフィニッシャーを本業にしようと思ったことがあるそうだが、作業量に見合った金額はとうてい一般の人が払おうと思えるものではない。価値を理解してもらえないと「高い」と言われてしまうこともある。金額に関して、虎丸さんは「特に設定をしていない」と言う。ちなみにプロの中でも有名な人が製作すると、一台数十万円することもあるそうだ。

  • 取材を通して、“リアル”を追い求めるフィニッシャーのディープな世界が垣間見えた

最近、虎丸さんは、プラモデルの製作をきっかけにヘルメットの製作を頼まれるようになったそう。乗っているオープンのスーパーカーと似た色で、「ヘルメットにお面を付けて怖くして」という依頼や、「ザクのヘルメットを作って」という変わり種も登場。望むか望まざるか、とにかく新たな展開になってきているようだ。

  • 作業場には、車以外のプラモデルもちらほら

プラモデルは極めようとすると、なかなかに深い。しかし、ものを作り上げるというのは、やはりとても楽しいものだ。極めたり改造したりまではできなくとも、筆者もこれまでに自分が乗ってきた車のプラモデルを作ってみたくなった。

筆者プロフィール:木口 マリ

執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。旅に出る度になぜかいろいろな国の友人が増え、街を歩けばお年寄りが寄ってくる体質を持つ。クルマ好きで、自身で改造などをしていたこともある。現在は、旅・街・いきもの・医療を中心として活動。自身のがん治療体験を時にマジメに、時にユーモラスに綴ったブログ「ハッピーな療養生活のススメ」も絶賛公開中。