JALの新規路線「前」を埋める

まず、市場の可能性・有望性についてはどうか。成田と欧米で日本人が好むポイント・ツー・ポイントの旅行需要が見込める直行路線は、確かにまだ多くありそうだ。西欧では南仏、南イタリア、スペイン、ポルトガルなど、そして、その独特の市街の風情を持つ東欧のチェコ、ハンガリーなどには、これからの新たな目的地として大きな可能性を指摘する人も多い。

  • JALもANAも、欧米路線の座席価格は近年高止まりしているのが現状だ

JAL本体が今後新規路線を開設するには「前」を埋めること、すなわち、ビジネス需要の確保が大前提となる。一方LCCだと、よりエコノミークラスにフォーカスして価格柔軟性を持ちながら観光需要へのテストマーケティング的な事業運営を行える。当面、ビジネス旅客の獲得は横に置いたまま、JAL本体としての新路線の可能性を探る手立てにもなり得るとも言える。

前述の自社路線とのカニバリゼーションに関しても、JAL自身はあまり危惧していないのではないか。そう考える理由は2つある。ひとつは、JALもANAも欧米路線の座席価格は近年高止まりしており、そもそも安値の旅行席を流通にあまり出していない可能性が高いこと。もうひとつは、このLCCが既存会社の旅客を奪うとすれば、メタサーチやOTAの欧州系商品ラインナップで安価な順に最初にウェブサイトに現れる中東(トルコ、UAE)のエアラインであり、これらと食い合うことはJALにとって何の問題もないと考えていると思われることだ。

また、欧州人にとっては日本政府の世界中への積極的な誘致施策もあり、旅行先としての日本の認知度が着実に上がっているのも事実である。欧州人の気持ちをつかむようなLCCブランディングと商品戦略ができれば、欧州人の訪日需要掘り起こしに一役買える可能性はあるだろう。

経営全般について見ると、新規LCCとしての事業運営面では、独自に新たに生産体制を構築しなくてはならなかった先発LCC各社に比べ、今回の新会社は最初からJAL100%子会社とし、管理の受委託により機材・整備・品証などの手間のかかる部分をJALがカバーすることで、運航開始までの負担が大きく軽減されるのも早期立ち上げには有効だ。

羽田枠を見据えた政策的な意義も!?

最後に、全く別の切り口として「2020年」の意味がどこにあるのかという点を深読みしてみたい。東京オリンピック自体は短期間のイベントであり、それまでに整備された観光インフラはその後も続くわけで、拙速をおしてここで事業を開始するには別の意味もあるのではないか。

筆者は「2020年=羽田枠」だと考えている。これまで破綻再生後にJALの経営を縛ってきた「8.10ペーパー」の期限は過ぎたものの、まだまだANAが主張する「公正な競争環境」「企業努力の評価」という観点では、年3.9万回の羽田枠配分を巡ってJALに不利な裁定が下される恐れは残っている。そういう中で、国が地方創生に向けた最優先事項のひとつとして推進するインバウンド観光客の増加・開拓に、JALとしても積極的にかつリスクを取って取り組んでいるエビデンスを示すことは政策的な意義もあると考えているのではないだろうか。

  • ピーチ・アビエーションとバニラ・エアは2018年度下期より統合に向けたプロセスを開始し、2019年度末を目途にピーチ・アビエーションを基盤に統合する

日本のLCCの現状地図を俯瞰すると、ANAがバニラ・エアをピーチ・アビエーションに吸収してスケールとネットワークに長けたLCCを構築する一方、JALは6月にも春秋航空日本の整備業務の管理の受委託を開始し、その後は日本における該社の事業・経営全体をサポートしていくことも考えられる。今後、海外市場を巡っては、LCC対ハイブリッドの戦いも起こるだろう。その中で、確実に市場に一石を投じることになるJALの長距離LCCは「ビッグチャレンジ」であることは事実だが、この2 年間をどのように滑り出し成長できるかを、多角度から見ていきたい。

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上に航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。スターフライヤー創業時のはなしは「航空会社のつくりかた」を参照。