JALは5月14日、LCCの新会社を設立し、中長距離路線に参入すると発表した。成田空港を拠点とし、2020年夏ダイヤから欧米を含む中長距離の国際線を開設する計画だが、これまでジェットスタージャパンへの部分参画にとどまっていたJALのLCC事業が、今回いきなり欧米への長距離LCCを打ち出したことに対して、業界では唐突感・意外感を持って受け止められているようだ。ではこの長距離LCC、成算のほどはどうなのか、いくつかポイントを整理してみたい。

  • 当初2機のボーイング787-8型機を使用して、成田空港の機能強化が予定される2020年のサマースケジュールでの就航を目指して諸準備を開始する

エアアジアが成功した理由

LCC事業である限り、運航距離の長短に関わらず、必要とされる成功要因があるのだが、筆者としては「潜在需要を含む十分な地点間需要があること」「ユニットコスト、ユニットレベニューの管理(=収益性の構築)ができること」をまず考えたい。

これまでのLCCの成功事例を見ると、エアアジアが初めてアジアでLCCを就航させた時には就航3年後には年間300万人を運ぶことができたが、一方で国営マレーシア航空の旅客数はほとんど減少せず、「安いなら乗って見る」という新規需要を生み出したからこその成功であった。航空市場が未成熟だったこと=マレーシア国民に「航空利用者予備軍」が多くあったことも事実だが、航空の成熟市場である日本においても同様に、ピーチ・アビエーションが若者需要を創出したのもまた然りだ。その意味で、長い間かけて成熟してきた航空市場にLCCが新規参入しても、既存のパイの食い合いをしているのでは成功は望めず、最終的には体力勝負にならざるを得ない。

  • エアアジア・グループは5月15日、運航を開始して16年で累計搭乗者数5億人を達成したことを発表した

ホワイトスポットはあるものの……

今回、JALが狙う欧米路線は時差と飛行時間を考えると、1回の旅行に最低でも1週間以上を必要とするため、日本人にすれば「安いならちょっと行って見るか」という形での新規需要開拓が難しい市場といえる。

一方、近年の日本の航空需要の伸びを支えるインバウンド旅客はどうかというと、これまで海外旅行という行動そのものや日本という国に馴染みの薄かった人々が手軽に来日するようになったアジア人需要に比べると、欧米人の日本旅行はある意味で成熟市場でもあり、今後の大きな伸びを期待するのは難しいと思われる。現実に2017年の国別日本入国者数を見ると、アジア圏が年率20%超の伸びを見せている一方で、欧米の伸びは7~11%と半分以下である。

加えて、ここには「カニバリゼーション(自社需要の共食い)」の問題がある。JALが目論むLCCの就航地はANAも中期計画でひとつのターゲットとしている「ホワイトスポット(日本のエアラインの未就航地点)」だ。しかし、当初から需要が見込めそうなアメリカ国内や南ヨーロッパの観光地は決して旅行の未開拓地点ではなく、すでにJAL自身もしくはアライアンスパートナーが就航する主要都市からの外航乗り継ぎという形態で商品化されているものも多い。自社への当たりを避けつつ適切な運賃設定を行いながらLCC事業を組み上げる作業は、非常な苦労を伴うものと考えざるを得ない。

また、コスト管理の面でも長距離路線にはいくつかの困難を伴う。その最大の要素は、機材と乗員の稼働だ。LCCがユニットコストを下げる典型的な方策としては、折り返し時間の短縮・深夜時間の運航によって機材稼働を上げることと、1機あたり座席数を増やすこと、そして、乗員の乗務効率を上げることが3本柱となる。長距離路線の運航だけの場合、これらが非常に難しくなる。1路線をデイリー運航させるのに2機必要(連動する乗員数も同様)になるからだ。

1機で毎日運航・片道10時間の路線が理想

例をとって見ると分かりやすい。 飛行時間が平均12時間の欧州路線(冬時間)とした場合、飛行機は11時(GMT0200)に成田を出発し、現地14時(GMT1400)に到着、2時間のステイタイムで現地を4時(GMT1600)に立つと成田には翌日13時(GMT0400)に着くことになる。旅客降機が完了し次便の準備を開始するのが14時になるが、この日の11時発の便は2機目の機材で運航してしまっているため、当該機材は翌日の10時(出発準備開始)まで20時間も寝ることになる。

  • 短距離LCCはジェットスタージャパンが展開するナローボディ(単通路)機での展開を継続し、中長距離LCCではワイドボディ(双通路)機で航続距離約1万3,000kmを有する787-8で展開することで、新たな選択肢を提供していく

この場合の1機あたりの稼働時間は1日12時間、年間で4,000時間以上稼働するので、それなりの水準とも言えなくもない。しかし、路線距離が長くなると運賃単価が落ちるのは航空の宿命であり、1路線を維持するのにB787×2機を費やすのは収益性の面で大変厳しいものとなる。機材効率だけを考えると、1機で毎日運航が可能な片道10時間程度の路線が理想的で、フィンエアーの成田=ヘルシンキ線がまさにこれに当たる。しかし、JAL新LCCとして運航できる10時間路線はなかなか見つけるのが難しいのも現実だ。

そうなると単位あたり費用を改善するには、15時~翌日7時までの16時間でもう1路線をこなす(=片道6時間程度の中距離路線)ことが必要になる。しかし、アジア方面の中距離路線はJAL自身の路線を含め大変競争が激しいところであるし、欧州路線と商品の性格が異なるアジア路線を並行して運航しながらLCCの新ブランドを(特に欧米の人々に対して)形成し、維持する難しさも出てこよう。

加えて米国路線においては、双発機の洋上ルールであるETOPSをクリアする時間・費用も必要になる。また、JALも乗員確保には苦労しているというのが現状だ。既存のLCCモデルより格段にハードルの高いJALの長距離LCC計画に対し、業界も含め世間から「収益化が可能なのか?」「なぜ今なのか?」という疑問や収益化を訝しむ声が出るのは、ある意味自然なことと言える。

しかし、JALも前述のような問題は十分承知の上で、満を辞して長距離LCCに参入する判断をしたはずだ。今回の事業が「ブルーオーシャン」にあるという認識もあるのだろう。 そこで今度は、JALの視点から事業可能性を分析してみたい。