TSUTAYAとカルチュア・エンタテインメントが、プロ・アマ問わず映像クリエイターと作品企画を発掘するプログラム「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM」。受賞者には5千万円~の総製作費が用意され、4回目を迎える今年も4月5日から募集がスタートした。

このタイミングに合わせ、昨年の受賞者4名をインタビュー。ラストは、『超高速!参勤交代』(14)で第38回日本アカデミー賞・最優秀脚本賞を受賞したことでも知られる土橋章宏氏だ。今回、審査員特別賞が授与された『水上のフライト(仮)』は、走り高跳びでオリンピックを目指していた遥の挫折と再起を描く。ある日、不慮の事故で下半身不随となり絶望するが、恩師に「障がいはハンデじゃない。個性だ」と励まされ、学童保育のカヌー教室をきっかけに選手としてパラリンピックを目指す。

土橋氏の運命を変えたのは、実在のカヌー選手・瀬立モニカさんとの出会いだった。「成熟した社会」の理想を描き、「パラリンピック」を題材にした真意とは。

  • 土橋章宏

    ■プロフィール 土橋章宏 1969年生まれ。大阪府出身。2000年に日立製作所を退社後、WEB制作会社を立ち上げながら、脚本・小説を手掛ける。2009年に、『スマイリング』で函館港イルミナシオン映画祭第13回シナリオ大賞グランプリ受賞、『海煙』で第13回伊豆文学賞優秀作品賞受賞。2011年『緋色のアーティクル』で第3回TBS連ドラ・シナリオ大賞入選。同年、『超高速!参勤交代』で第37回城戸賞を受賞、映画『超高速!参勤交代』(14)・『超高速!参勤交代 リターンズ』(16)で脚本を担当し、第38回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した。

瀬立モニカ選手との運命的な出会い

――特別賞受賞、おめでとうございます。

正直、「助かった!」というか(笑)。特別賞が急に設けられたと聞いて、内容が分からなかったので「おめでとうございます」と言われてもどうリアクションを取っていいのか、多少戸惑いました。支援して頂けるということでしたので、今は「ヤッター!」という感じです(笑)。

――今回応募されたのは、実在のカヌー選手である瀬立モニカさんへの取材をもとにした作品。どのような企画意図だったのでしょうか。

これまで脚本を書いてきたのですが、ここ数年で映画を撮りたいと思うようになって。練習を兼ねて自主映画を撮っている中で、このコンテストを知りました。「出してみたい」と何となく思っていた頃、モニカさんと出会いました。話を聞いてみるとすごくドラマチックな人生を送っていらっしゃって、これはぜひ撮ってみたいと。

――瀬立さんとは、どのようなきっかけで出会われたんですか?

釣りが趣味なんですが、近所の川で釣っていると目の前をモニカさんが通ったんです。

――それこそドラマチックな出会いですね(笑)。

そうなんです。最初は正直、「釣りの邪魔だなぁ」とか思っちゃったんですが(笑)。カヌー協会に問い合わせてみたら、リオパラリンピックにも出場経験のあるすごい方だということがすぐに分かって、「こっちが邪魔になっていた!」と反省しました。知り合いが江東区の議員さんと親しくて、その議員さんがカヌー協会につなげてくださいました。人の縁ですね(笑)。

羽根田卓也さんがリオパラリンピックのスラロームで銅メダルを獲ってから注目を集めている競技でもありますが、モニカさんも東京パラリンピックできっと大活躍されると確信しています。僕が出会った時はカヌーをはじめたばかりの頃だったそうですが、アジア大会でも金メダルを獲得してどんどん進化されています。すごくチャーミングで、明るくて元気いっぱい。とても前向きな女性です。

あとは……自分もカヌーに乗ることができればもっと自分の行きたい釣りポイントにも行けるんじゃないかという妄想もあって(笑)。練習して、今では乗れるようになりました。

――パラリンピックをあらためて見直すきっかけにもなりそうですね。

パラリンピックは、チャリティー番組のように「お涙頂戴」的なものかと思っていたんですが、もちろんそれは全く見当違いで。世界には億を稼ぐプレイヤーもいますし、ヨーロッパでは大人気らしいんですよね。日本と海外とでは、パラリンピックに対するイメージがちょっと異なっているんじゃないかなと思います。

――瀬立さんも同じように感じていらっしゃるのでしょうか。

そうだと思います。日本は少し頼りづらい雰囲気があるとおっしゃっていました。ヨーロッパはそのあたりがほとんどないらしいのですが、日本人はどうしても声をかけてきてくれる人が少ないと。きっとシャイな国民性もあるのかもしれません。その原因を聞いてみると、小学校からの教育現場に問題があるのではないかと。ヨーロッパでは多様性を認める教育が進んでいるので、みんな当たり前のように手を差し伸べる。なるほどと思いました。そういう僕が感じたカルチャーショックを、映画で味わってもらえたらいいなと思います。本来であれば、障がいよりも「人格」が前に出て来るべきなんですよね。

――最近は、日本でも「多様性」という言葉を頻繁に耳にするようになりましたね。

そうですね。その時流に乗って、今回の作品も受け入れてもらえればと。バリアフリー化は高齢者やベビーカーを使う人にとっても大きなメリットがあります。そういう社会的な貢献の一端にもなりますし、やりがいのある作品だと感じています。

――ブログには、本作に込めた思いが、「パラリンピックを見ることにより『人々はそれぞれ違う』『見た目が違ってもそれぞれ普通に人格がある』ということを知り、慣れることにより、車椅子にもベビーカーにも赤ちゃんの泣き声にも腹を立てず、むしろ助けたりできるような成熟した社会になればよいなと思います。この映画をきっかけに東京や日本、やがて世界が住みやすい楽しい町になればいいなぁと」とつづられていました。

「人と自分が違う」ということをまずは気づいて、その違いを受け入れた上で付き合っていく。障がい者だって、人間であれば見た目が違うのは当たり前なんですから、当たり前のように通じ合えるはずなんです。モニカさんと焼肉食べに行ったりしても、あまり障がいの話にはなりません。

パラリンピックに出場する選手は、オリンピックの選手と同じようにかなりハードなトレーニングを重ねています。オリンピックとは異なる競技もあるので、「新しいスポーツ」として多くの人に受け入れられるようになればと思います。東京パラリンピックの機会に、みんなで一緒に応援して盛り上がりましょう!

――先ほど一緒に食事をされた話もありましたが、引き続き瀬立さんに取材をされているんですか?

最初は取材がきっかけだったんですが、徐々に友達みたいな関係性になっています。

次の新しいことは何だろう?

土橋章宏

――今回の取材で実感しました。土橋さんは「人と人のつながり」をとても大切にされていますね。

そうですか(笑)。心掛けているのは、「気まずくなるようなことはしない」ぐらいでしょうか。脚本家という仕事は、みんなの中間地というか。監督、プロデューサー、役者の間に立って、その落とし所を探るのも大切な仕事です。そういった意味では、懐の深さは養われているとは思います(笑)。自分の考えを通せないから楽しくないこともあるんですが、無理難題に対して意表をついた返しをして、相手を驚かせる楽しさもあります。

――もとはサラリーマンだったそうですね。

日立に勤めていました。バブルが完全に弾けてしまって、当時の研究が打ち切りになりました。僕は研究がやりたかったので、このままいてもしょうがないのかなと思って辞めることに。30歳ぐらいの頃だったと思います。

――同じ業種に転職する選択肢はなかったんですか?

新しいことに挑戦するのが好きなんです。その頃、インターネットの黎明期だったのでWEB制作会社を立ち上げたらわりとうまく行って。次第に大手が参入し始めて、中小企業の需要が減って来た頃に「次の新しいことは何だろう……」と考えて、思いついたのが小説でした。

――作家ですか!?

ええ(笑)。昔から本を読むのが好きだったんです。WEB制作会社に勤めながら、小説の学校に通っていました。完全に趣味だったんですが、それが仕事へとつながりました。ただ、小説を書くのはすごく難しくて、勉強してもどうにもならないことがあると分かったんですよね。

――脚本家になるきっかけが、その壁だったんですね。

脚本は、「三幕方式」や「起承転結」のようにだいたいパターンが決まっていますが、小説は「心で書け」と言われても何をどうやって書けばいいのか分かりませんでした。僕は理系なので、ロジックのある脚本の方が合っていたんだと思います。でも、セリフ周りについては、小説を経験しておいて良かったと思います。

――映画の完成を楽しみにしています。受賞したみなさんにうかがっているのですが、仕事上で影響を受けた映画はありますか?

やっぱり、『ローマの休日』ですかね。高校の英語の授業で、字幕なしの聞き取り用として使われたことがありました。あれは楽しかったですね。設定の良さもありますが、オードリー・ヘップバーンの茶目っ気も魅力的でした。高校の時だからウブで何も知らない中、世の中の成り立ちを教えてくれたような作品です。これが人に伝わりやすい「物語の基礎構造」ということも、この時知りました。

あとは大学生の時にレンタルビデオ屋で2年ぐらい働いていたので、店長から「これを見ろ!」と勧められた作品を見ていました。ジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』とか。そういう渋めの作品が店長の好みで。お客さんの中には、すごい強面の方で『ドラえもん』が大好きの方とかいましたね。外見からは想像つかないような作品を人は好むことがあるんだと。ここでも多様性を知りました。