一番大切な資質は「聞く力」

飛行機の遅延・欠航情報を見ていると理解が早いと思うが、パイロットにとってもディスパッチャーにとっても、気象状況は大きく業務に係ってくる。実際、庭野さんに今まで一番大変だった経験をうかがったところ、そのきっかけは予想を超える悪天候だったという。

  • 取材日は快晴で、OCC内ではときおり笑い声も聞こえてくるような穏やかな様子だったが、悪天候時はこの空間が一変する

    取材日は快晴で、OCC内ではときおり笑い声も聞こえてくるような穏やかな様子だったが、悪天候時はこの空間が一変する

「およそ3年前、羽田空港に予想をはるかに超える悪天候となり、なかなか回復しませんでした。燃料も多めに搭載していたのですが、交通量の多い羽田空港特有の渋滞が激しく空港周辺の上空でホールド(旋回してそこの位置で待機)となり、燃料が少なくなってきたのでこれ以上待てないという状況で、成田空港にダイバート(当初の目的地以外の空港などに着陸すること)させることになりました。ただ、それぞれの空港で受け入れられる便数には限りがあるので、中部空港や関西空港などにも12機もの飛行機がダイバートすることになりました。無線で声がかれるほどパイロットと通信するなど、非常に多忙な状態であったことが印象に残っています」(庭野さん)。

その際、飛行機が着陸したから業務終了というわけではなく、乗客を他の交通手段に案内するのか、または燃料を積んでもう一度飛ばすのか等、空港や旅客担当者と調整しながらサポートを行ったそうだ。ちなみに、天気でいうと一番厄介なのは、台風等よりも予測が難しいという意味で霧だと庭野さんは話す。

刻々とで変化する状況の中で業務をするという意味では、ディスパッチャーとしての技術や経験はもちろんのこと、どんな状況でも冷静に判断する「動じない精神の強さ」も求められるところだろう。実際、庭野さんが業務をする中でディスパッチャーに一番求められる資質は何かをたずねたところ、「聞く力」という回答だった。

「日々の運航の中で様々なことが起こりますが、全く同じ状況が再び起こることはまずありません。マニュアル通りの対応はできないということです。規則に従うことはもちろん絶対に必要ですが、今どうするべきなのか、判断するためには情報を『集める=聞く』、ことが大切だと思うからです」(庭野さん)。

  • 冷静に状況を判断するためにも、あらゆる情報を集める必要がある。その意味で、「聞く力」はディスパッチャーに欠かせない資質だ

    冷静に状況を判断するためにも、あらゆる情報を集める必要がある。その意味で、「聞く力」はディスパッチャーに欠かせない資質だ

前述したように、JALのOCCで運航管理業務を行っているスタッフは約80人おり、その中で女性は庭野さんを含めて5人と少数にあたる。庭野さん自身の感覚としては、特にディスパッチャーは体力が求められる仕事ではないため男女差を業務の中で感じることはないそうだが、「いろいろな意見を聞いてまとめるという力はもしかしたら女性の方が長けているのではないか」と感じることがあるという。

フライトプランに関して、パイロットと常に意見が一致するわけではない。その時は社内規定で、より安全性が保障される方を選ぶことが定められているが、一致する意見を見つけることが大切になる。ディスパッチャーの職場はOCCであり、直接パイロットと接することはない。最近はフェイスタイムを用いてフライトプランの受け渡しをすることもあるようだが、顔が見えない相手と円滑に業務を進めるための訓練も社内で行っているという。

ちなみに、フライトプランはペーパーレスになっており、パイロットはフライト前にディスプレイで確認し、その後もパイロット全員に支給されているタブレット端末を通じて常時、フライトプランを確認できるようになっている。

どんな時でも全国の天気が気になってしまう!

ディスパッチャーとしてのやりがいはどんなところかをたずねたところ、「目的地の空港の天気が悪くなりそうな時、どれだけ燃料を搭載すれば上空で待機できるだろうか、万が一着陸できない場合はどうしようか等、いろいろ考えながらフライトプランを作成します。パイロットと直接話もします。そして運航を開始した航空機が無事に目的地に到着した時に一番やりがいを感じます」と庭野さんは話す。もちろん、「今日みたいに本当に天気がいい時は坦々と業務をこなすわけですけど、だからといってやりがいがないわけではないですよ」と笑顔で応えてくれた。

最後に、庭野さんがディスパッチャーのクセでついやってしまう"職業病"についてうかがったところ、「毎回、天気予報の時間になるとテレビをつけてしまうこと。とにかく天気が気になります」ということだった。天気予報を見る時、多くの人は自分が住んでいる地域の天気予報ぐらいしかチェックしないだろうが、庭野さんは自分が住んでいる地域よりも、全国の天気予報をついチェックしてしまうという。また仕事柄、「天気がいい日は仕事の日と休みの日、どちらがいいのだろう」と考えてしまうこともあるようだ。

  • 先に全国の天気予報がある場合、それをチェックしたら後はよし、ということもあるようだ

    先に全国の天気予報がある場合、それをチェックしたら後はよし、ということもあるようだ

「地上のパイロット」と呼ばれることがあるぐらいなので、パイロットになってみたいと思うこともあるのではないだろうか。庭野さんにたずねたところ、「子どもの頃は宇宙船を操縦する宇宙飛行士になりたいと思っていました」と話す。実際にディスパッチャーからパイロットに転身した人や、プライベートジェットで運航免許を取る人もいるようだ。

庭野さん自身、「飛行機の運航を自分の手でつくりだせるところはやっぱり魅力的ですよね」と話す。パイロットよりもさらに、一般からは見えないところで仕事をしているのがディスパッチャーだが、そんな人々の力で今日も飛行機が飛んでいると考えてみると、ちょっと今までとは見方が変わってくるのではないだろうか。