J1最終節で奇跡の大逆転を成就させ、クラブ創設21年目にして悲願の初タイトルを手にして涙した昨シーズンの川崎フロンターレ。一転して追われる立場となった今シーズンは、FW大久保嘉人(前FC東京)やMF齋藤学(前横浜F・マリノス)らを積極的に補強。J1連覇を含めて、次なるタイトル獲得を貪欲に目指している現在位置を、フロンターレひと筋で16年目を迎えている大黒柱、37歳のMF中村憲剛の言葉から紐解いた。

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中村憲剛

■昨シーズンと同じ軌跡のなかで異なる手応え

敵地での開幕戦を完封で制し、等々力陸上競技場でのホーム開幕戦を1‐1で引き分ける。2試合を終えて勝ち点4を手にするのも、ホームでの第1号ゴールをキャプテンのFW小林悠が決めるのも、リードを守り切れずに追いつかれるのも、すべてが昨シーズンと重複している。

しかし、手応えがまったく異なる。湘南ベルマーレとの「神奈川ダービー」をドローで終えた、2日の明治安田生命J1リーグ第2節後の取材エリア。フロンターレひと筋で16年目を迎えたバンディエラ、MF中村憲剛は「下を向くことはない」と前を向いた。

「前半からボールを動かせていたからね。みんなが侵入するところも悪くなかったし、シュートも打てている。内容的にも悪くなかったし、もっとよくなるという気はしています」

意外に思われるかもしれないが、最終節での歴史に残る大逆転でJ1を制し、クラブ創設21年目にして悲願の初タイトルを獲得した昨シーズンのほうが、ちょっとした袋小路に入り込んでいた。

独特のポゼッションサッカーを標榜した、約5年間にわたって指揮を執った風間八宏監督(現名古屋グランパス監督)が退任。ヘッドコーチから昇格した鬼木達新監督のもとで新たに船出した昨年のいまごろは、中村の言葉を借りればこうなる。

「キャンプから攻撃はそのままで守備、守備という話をしているうちに、攻撃が若干だけど疎かになった。けが人だらけでメンバーもそろわなくて、しっちゃかめっちゃかになった時期だった」

攻撃面は前任者のスタイルを継続・進化させる。そこへ球際における激しさや攻守の切り替えの速さを融合させる青写真は、内容が伴わない状況が続いてもブレなかった鬼木監督のもとで5月過ぎから具現化。最終的には中村をして、「攻守両面で隙がなくなった」と言わしめるチームへ変貌を遂げた。

■公式3連敗スタートでもブレなかった自信

迎えたオフシーズン。J1最多の71得点を叩き出し、同じく3番目に少なく、なおかつクラブ歴代で最少となる32失点と耐えた戦力のほぼ全員が残留したフロンターレは積極的に補強した。

まずは2013シーズンから前人未踏の3年連続得点王を獲得した、FW大久保嘉人を2年ぶりに復帰させた。FC東京の一員として古巣を見た昨シーズン。フロンターレのスタイルが「やっぱり好きなんだな、と思いました」とJ1歴代最多の179ゴールをマークしている点取り屋は笑う。

「どこからでも点が取れそうだなと。自分も(2016シーズンまで)いましたけど、そのときはやっぱり本人にはわかりませんからね」

そして、Jリーグ屈指のドリブラーである齋藤学がホームタウンを接する横浜F・マリノスから加入した。昨シーズンは「10番」を背負い、キャプテンも務めた元日本代表MFの移籍は少なからず衝撃を与えたが、齋藤本人は成長を貪欲に追い求めた末の決断だったと振り返る。

「最終的に周りがどうこうというより、自分にとって一番厳しい道を選ぼうと思いました。これだけ強く、ポジション争いが激しいチームで自分がチャンスをつかむ、挑戦するという意味でここだと」

さらにスケールアップした姿を期待された王者は、しかし、J1の開幕前に公式戦で黒星を喫し続ける。天皇杯覇者・セレッソ大阪とのFUJI XEROX SUPER CUP2018を2‐3で落とすと、初制覇を狙うACLのグループリーグでも連敗。それでも中村は泰然自若としていた。

「結果に対する皆さん(メディア)の取り上げ方が違うかなと、すごく感じています。ただ、あまりそこに引っ張られないようにしないといけないし、より高い質を求めていくことに変わりはないので。追われる立場かどうかはわからないけど、対策を練られるのは今年から始まったわけではないので」

■融合しつつある新戦力が王者に与える刺激

これを有言実行と呼ぶのだろう。昨シーズンの最少失点チーム、ジュビロ磐田のホームに乗り込んだ2月25日のJ1開幕戦。堅守に風穴を開ける先制弾を開始24分に頭で叩き込み、3‐0の快勝に導いたのは中村だった。

しかも、開幕戦で1トップに抜てきされたのは、愛知学院大学から加入して2年目の知念慶。端正なマスクで人気急上昇中の沖縄県生まれのストライカーは、キャンプ中の対外試合やACLの蔚山現代FC戦でゴールを奪い続け、小林や大久保を押しのけるかたちでベルマーレ戦でも先発した。

大学日本一に輝いた昨年末のインカレでMVPを獲得したルーキー、守田英正も主戦場のボランチだけでなくサイドバックも務められるポリバレント性を発揮。フロンターレに新たな力を加えている若手たちに、中村も目を細める。

「ACLも戦うなかで、いろいろな選手が出なければいけないところで、意思の疎通とかイメージの共有は徐々にできているし、あうんの呼吸といったものをもっと構築していかなきゃいけない」

もちろん大久保や、昨シーズンに得点王とMVPを獲得した小林も黙っていない。セレッソ戦では2人がゴールで共演。ベルマーレ戦では小林は前述したように先制ゴールを一閃。相手GKの真正面を突いたものの、途中出場した大久保も完璧なタイミングでヘディング弾を見舞った。

「(小林)悠は放っておいても点を取ると思っていたけど、実際にアイツが決めることでチームとしてもエンジンがかかっていく。(大久保)嘉人に関しても、ゴール前に入っていく動きは天性のものがあるからね。方向性は間違っていないので、(結果に)一喜一憂していられません」

メルボルン・ビクトリー(オーストラリア)をホームに迎えた、7日のACLグループリーグ第3戦では後半終了間際に与えたPKで勝利を逃した。それでも、進むべき道がブレて見えることはない。

右ひざに全治8カ月の大けがを負っている齋藤も、ワールドカップ・ロシア大会前の復帰を目指して懸命なリハビリを積んでいる。J1連覇を含めて、さらにタイトル数を増やしていくために。次なる戦いが待てないとばかりに、中村は無邪気な笑顔を浮かべながら前を見すえた。

■筆者プロフィール
藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。