湘南モノレールという路線があるのをご存じだろうか。JR東海道線、横須賀線、根岸線などが乗り入れる大船駅と、江の島観光の玄関口である湘南江の島駅との間、6.6kmを結ぶ、珍しい「懸垂式(ぶら下がり式)」モノレールだ。

空を駆け抜けるように走り、ジェットコースターみたいと言われる湘南モノレール

カーブや高低差の多い路線を最大75kmという高速で駆け抜けるため、「まるでジェットコースターみたい」とも言われる湘南モノレール沿線の散歩へ、同社の尾渡英生社長に話をうかがいながら、出かけてみた。

ICカードは2018年導入

大船駅のモノレール乗り場は、大船のシンボル・大船観音とは反対側、駅東口の2階コンコースにある。モノレール乗車時に少しとまどうかもしれないのが、「Suica(スイカ)」や「PASMO(パスモ)」などの交通系ICカードが使えないことだ。尾渡社長によれば、ICカードに関しては、「なんとか来年導入できるよう鋭意努力中」だという。

その日のうちなら何度でも乗り降り可能な「1日フリーきっぷ」(600円)を購入

さて、券売機でその日のうちなら何度でも乗り降り可能な「1日フリーきっぷ」(600円)を購入し、車両に乗り込もう。湘南モノレールは、現在、7編成(1編成3両)の車両を保有しており、ボディーに引かれたラインカラーによって、それぞれ、"ブルーライン"、"レッドライン"、"ブラックライン"のように呼ばれている。

このうち、2016年5月にデビューした"ピンクライン"は、「ピンクリボン号」と名付けられ、ボディーに「ピンクリボン」がデザインされているなど、ほかの車両とちょっと違った印象だ。

2016年5月のピンクラインのデビューで、7編成全てが新型の5000系車両に入れ替わった。旧型車と比べアルミボディの剛性が高く、消費電力が20%削減されるなど、性能が向上した

このピンクリボンは、世界的な乳がん撲滅運動である「ピンクリボン活動」の象徴であり、2016年、投入する車両がピンクで計画されていたことから、ピンクリボン活動を応援しようと車内に乳がん検診のポスターなどを張り、「ピンクリボン号」として運行することになったのだという。

尾渡社長は、「湘南モノレール沿線には白百合学園もあり、多くの女学生が乗車している。ピンクリボン号に乗ったことを記憶にとどめ、将来、乳がん検診を受診してくれれば、という願いもある」と話す。

貴重な里山の自然が残る鎌倉中央公園

大船駅を出発したモノレールは、バスターミナルと大船の商店街を見下ろしながら、すぐに左にカーブし、次に大きく右にカーブする。いきなり、ジェットコースターのような乗り心地を体感できるのだ。

湘南モノレールは、一般の都心部を走る鉄道や高速道路と異なり、遮音壁がないため、高い位置からの車窓風景が存分に楽しめるのも特徴だ。街を行き交う人々や道路を走る車の様子を、まるで鳥になったような気分で眺めるうちに、ほどなく最初の駅である富士見町駅、続いて、その次の駅である湘南町屋駅に到着する。

鎌倉中央公園は、およそ23.7ha(23万7,000平方メートル)にもおよぶ広大な風致公園だ

湘南町屋駅で降りてみることにしよう。この駅から徒歩15分ほどのところには、尾渡社長が、モノレール沿線でイチオシのスポットだという「鎌倉中央公園」がある。駅改札を出て、道路を渡り、左手の坂道を上った先には閑静な住宅地が広がっており、その一角に公園入口がある。

鎌倉中央公園は、上池、下池という2つの池や、湿生花園、庭園植物園、疎林広場、さらに、近隣の小学生が田植え、稲刈りの体験を行う田んぼなどを含む、およそ23.7ha(23万7000平方メートル)にもおよぶ広大な風致公園だ。手つかずの状態に近い豊かな自然林の中で、ちょっとしたトレッキングも楽しめる散策路が整備されており、園内を一周するには、ゆうに1時間はかかる。

鎌倉中央公園には、今では大変貴重になった日本の里山がしっかりと保存されている

尾渡社長は、「鎌倉中央公園という名前からは想像がつかないが、今では大変貴重になった日本の里山がしっかりと保存されている。都心から電車で40分の大船駅でモノレールに乗り換えて数分のこの場所に、まるで信州の山間部にでも来たような景観が残されているのは、すごいことだと思う」と話す。

車両基地見学会でモノレールの仕組みを知る

再びモノレールに乗って、次の湘南深沢駅に移動しよう。駅の少し先で本線と分岐して、右手へカーブして行くレールが見えるが、この分岐線の先にあるのが、モノレールの車両基地だ。

この車両基地は普段は立ち入ることはできないが、年に数回、見学できる機会がある。それが、夏季(7月・8月)に「はとバス」が開催する、横浜と鎌倉の名所等を巡るツアーに組み込まれた見学会と、鎌倉市のふるさと納税の返礼品として、毎月開催される見学会だ。

先日、はとバスツアーの見学会の様子を取材してきたので、その様子を紹介しよう。見学会では、実際のモノレールの車両の運転室見学と、整備工場での車両構造についての説明が行われる。

車両基地見学会での「運転士体験」

運転室見学は、一家族ずつ、普段は立ち入ることのできない運転室に入り、運転士にレクチャーを受けながらレバーの操作等を行い、「運転士体験」ができる。また、整備工場では、2階で車両の下部、3階で屋根部分、そして、4階では、普段はモノレールのレールにあたる「軌道桁(ケタ)」内に収まっているため目にすることのないゴムタイヤやモーターなど、"台車"部分を見ることができる。

普段は見られないゴムタイヤやモーター、小さなパンタグラフなどを見学でき、しきりにカメラのシャッターを切る参加者

実は、このゴムタイヤはモノレールにとって、とても重要なのだ。湘南モノレールの最大傾斜角は、箱根登山鉄道より、ほんの数パーセント緩やかな程度であり、かなり急な角度を上り下りする。しかし、箱状の密閉空間になっている軌道桁の中をグリップのきくゴムタイヤで走行しているため、風雨雪など気候の影響を受けにくく、路面がスリップしないのだという。

つまり、懸垂式モノレールだからこそ、高低差がある路線でも、安全かつ高速な運行が可能なのだ。

深沢は五頭龍伝説の地

ところで、このモノレール車両基地のある深沢の地には、以下のような伝説がある。

"その昔、深沢の底なし沼に5つの頭を持つ悪龍「五頭龍(ごずりゅう)」が住んでいて、山崩れや洪水を起こして田畑を荒らし、村の子供を食らうなど、様々な災いをもたらし、民を苦しめていた。

ある時、五頭龍は江の島の天女に一目惚れし、結婚を申し込むが、それまでの行いをとがめられ、断られた龍は、天女と結婚するために改心した。その後、天女と結ばれた龍は、日照が続けば雨を降らせ、実りの秋には台風を跳ね返し、津波が来れば体当たりで防ぐなど必死に働き、やがて、力尽きて山になった"

龍口明神社は、鎌倉で最も古い歴史を持つ神社であり、西暦538年もしくは552年の創建と伝わる。祭神は玉依姫命と五頭龍大神だ

この物語に出てくる江の島の天女とは、江の島島内の江島神社にまつられている弁天さまだが、夫である五頭龍をまつる神社もある。それが、湘南深沢の次の駅、西鎌倉駅からほど近い住宅地の中にある龍口明神社だ。

もともとはモノレールの終点である湘南江の島駅近くの龍口寺の隣にまつられていたが、その場所は藤沢市内にある鎌倉市の飛び地であり、氏子からの場所を遷したいという要望もあって、昭和53(1978)年に現在地に遷座された。

龍口明神社の現在の社殿がある場所は、鎌倉市"腰越(こしごえ)"という地名だが、一説には、五頭龍が村に出てきては子どもを食らったため、村人たちが泣く泣く住み慣れた土地を離れたことから、"子死越"と呼ばれるようになったという。

津の長者の悲しい話が伝わる広町緑地の「稚児桜」。広町緑地は、市民の力で保存された貴重な里山空間だ

ちなみに、龍口明神社からも近い、「広町緑地」の森の奥には、「稚児桜」と名付けられた桜の大木がある。その名前の由来は、五頭龍が飲み込んだ津村(現在の鎌倉市津)の長者の、16人の子どもたちを供養する塚になぞらえたと言われている。

さて、西鎌倉駅に続いて片瀬山駅・目白山下駅に到着する。旅の〆には、老舗店のていねいなグルメたちなんていかがだろうか。続いてはそんな片瀬山やグルメを紹介しよう。