泉沢~釜谷間を走行中、突然海側に小型の帆船が現れる。ここは、あの勝海舟が乗船したことでも有名な「咸臨丸」終焉の地・サラキ岬。咸臨丸は明治になってからも輸送船として活躍したが、明治4年に小樽に向かう途中でサラキ岬沖で座礁し、沈没。この史実を後世に残すため、近年になってここに咸臨丸の模型が置かれた。咸臨丸が造船されたオランダにちなんで風車も設置され、毎年5月上旬にはチューリップまつりも開催される。
貨車を転用した待合室のある釜谷駅を過ぎると、視界がパッと開け、右側に湾曲した函館湾の海岸線と、その先にある函館山が織りなす景色が車窓から見えるようになる。この線路があそこまで続いていると思うと、より旅の期待感が高まりそうだ。
かわいらしい外観の渡島当別駅を過ぎると、「いさりび鉄道」の名にふさわしく、眼下に漁港が見えてくる。函館山もどんどん近くなり、函館に近づいているのを実感する。
しばらく海岸沿いの景色が断続的に続くので、ここで「ながまれ号」の車内の様子を紹介しよう。車内は基本的に原型のままだが、ツアー列車として運行する際に使用するテーブルを固定するための金具が取り付けられている。
中吊りとして掲出されているのは、地域住民や企業・団体の応援メッセージのポスター。地域住民らによる手書きの応援メッセージを記したシールも各所に貼られてあった。
ここで、「道の駅 みそぎの郷きこない」で購入した「はこだて和牛弁当」を広げよう。はこだて和牛とは、木古内町で生産されている褐毛和牛(赤牛)のこと。2015年には、全日本あか毛和牛協会が主催する品評会で日本一に輝いたという逸品だ。「はこだて和牛弁当」には味付けの異なる2種類の部位が使われており、赤身がおいしい赤牛ならではのさっぱりとした肉のうまみが存分に楽しめる。
ちなみに、「はこだて和牛弁当」を購入する際、隣に昔懐かしい"あのお茶"が並んでいるのを見つけて即買い求めた。「はこだて和牛弁当」を食べながら"あのお茶"をいただけるとは、なんというぜいたく……と思い描いていたのだが、残念ながらレジで「お湯を入れますか?」とは聞かれなかった。うーん、これは持ち帰り用だったのか……。
そうこうしているうちに、列車は先ほど遠くから見えていたセメント工場の真裏を通過し、市街地へ。1日37本の列車のうち、半数以上の19本が折返しとなる上磯駅、北斗市役所の真裏にある清川口駅などを経て、いさりび鉄道線の終着駅・五稜郭駅へ。渡島当別駅の次の茂辺地駅を過ぎてからは、海岸沿いから少し離れた陸側を走行するため、景色はそれほど開けないが、その分「街に近づいてきた」という気持ちが高まる。
新幹線で北海道旅行、いさ鉄への乗車もおすすめ
五稜郭駅から函館駅まではJR北海道の区間。道南いさりび鉄道はすべての列車で函館~五稜郭間への乗入れを行っている。函館駅に近づくと、「函館運輸所」と書かれた大きな建物が目に入る。続いて、北海道新幹線開業までは「スーパー白鳥」として活躍した789系がずらりと留置線に停車しているのが見えてきた。789系は札幌圏に転用されることになっており、青函トンネルを超えることは二度とない。ちなみに、道南いさりび鉄道の本社は函館~五稜郭間の線路沿いにあり、走行中の列車からも確認できる。
木古内駅を発車してから61分後、函館駅に到着。あわただしくもなく飽きもしない、ほど良い長さといえそうだ。景色を眺めながら弁当を食べたり、おやつを食べながら同行者とおしゃべりしたりするのにもちょうどいい。北海道新幹線から乗り換えて乗車したと想定すれば、乗車してすぐは津軽海峡と函館山の爽快な景色を楽しむことができ、そこから市街地に入って徐々に函館に近づいていくのが実感できる。青函トンネルを出たと思ったら、景色もほとんど見えないうちに新函館北斗駅に着いてしまう新幹線と比べると、旅の期待感を高めていくという点では、道南いさりび鉄道に軍配を挙げたい。
旅の楽しみのバリエーションを増やす意味でも、新幹線で函館を訪れようと計画する際は、可能なら往路でいさ鉄の利用を検討してみてはいかがだろうか。エンジンをうならせながらガタンガタンと走る列車に揺られているうちに、日常のあわただしさから解き放たれ、北海道らしいゆったりとした時の流れに自然と身を任せたくなるに違いない。