安倍首相の消費増税再延期の決断を受けて、国債格下げの可能性が注目された。消費増税の延期によって財政再建が遅れれば、国債の償還能力が低下する怖れがあるからだ。

本稿執筆時点(6月9日)で、具体的な格下げアクションをとった格付け会社はない。ただ、欧米の三大格付け会社のうち2社は、「財政健全化に向けた政治的コミットメントへの信頼が損なわれる」あるいは「財政再建目標を達成するための政府の能力と意思に対する疑念をさらに強めるもの」として懸念を表明した。

やや意外だったのは、日本の格付け会社1社が、格付け自体は維持したものの、「財政再建の先行き不透明感が高まった」との判断から、格付けの方向性をネガティブに変更したことだ。そして、「財政健全化に向け、信頼性及び実効性の高い施策が提示・実効されない限り、格下げは避けられない」とかなり厳しい警鐘を鳴らした。

以下では、国債の格付けについて改めて考えてみたい。「国債の格付け」という言い方をしたが、ここでは国の(債券)発行体としての格付けのことで、主権国家という意味の用語を用いて「ソブリン格付け」とも呼ばれる。

ソブリン格付けの定義は格付け会社によって多少異なるものの、概ね「国家の負う債務の履行能力および返済意思を等級で示したもの(日本格付研究所)」だ。デフォルト(債務不履行)の確率に基づく分類と誤解されがちだが、残念ながら定量的かつ客観的な手法によって半ば自動的に決定される性質のものではない。

米大手格付け会社の1社は、「経済力」「制度の頑健性」「政府の財政力」「イベントリスクに対する感応性」という定性的・定量的要因に基づいて評価を行っている。いずれにせよ、主観的な判断の入り込む余地があるということだろう。

日本のソブリン格付けは、欧米の格付け会社によると、最上級から5ないし6段階下だ。近隣国と比較しても、韓国、中国、台湾などより低い。一方、日本の格付け会社によると、最上級ないしそれより1段階下で、近隣国より高い。このあたりも主観的判断の差を反映しているのかもしれない。

格付け会社の判断が絶対でないことは、米国で最上級を付けられた住宅ローン担保証券が相次いで償還不能となり、リーマンショックにつながったことからも明らかだ。それでも、多くの機関投資家が格付けを投資判断の一助としている以上、無視することもできない。

6月上旬、欧米の格付け会社のうちの2社が南アフリカ共和国の格付け維持を発表し、これを受けて同国の国債の価格が大幅に上昇した(利回りは大幅に低下)。格下げがあれば同国の格付けは「投機的」、いわゆる「ジャンク」となり、世界の投資家が同国の国債を売却する怖れがあったためだ。

日本の格付けは、欧米の格付け会社によるものでも、ジャンクより5-6段階上だ。したがって、1~2段階の引き下げであれば、大きな影響はないのかもしれない。また、国内投資家がほとんどの国債市場で、欧米の格付け会社の判断はさほど重視されないということかもしれない。実際、これまでの格下げアクションに対して、国債が売り込まれるような事態は起こっていない。

もっとも、近未来に、格付け会社のアクションに対して日本国債の投資家が一喜一憂する時が来ないとは限らない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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