本当の勝負は札幌開通後

旅客流動の「分担率」とは、国土交通省が5年ごとに行うサンプリングに基づき、距離帯別分担率を調査・発表するもの。これを地点ごとにプロットすると、距離と分担率は比較的きれいな直線比例を示すのだが、この傾向は既存の新幹線と飛行機の競合を既に織り込んでいるため、15年来大きく変わっていない。1,000kmの東京=福岡間では航空の分担率が85%強、500kmの東京=大阪間では航空が15%強で、その間は100kmあたり10~12%ずつ勢力図が動くという具合だ。

東京=福岡間の分担率においては、航空が85%強を占めている

東京=札幌はその中でも、航空の分担率が平均的な回帰直線ライン(80%)より高い95%に達している。これは青函トンネルを越える在来線の時間コストが大きいためと考えられるので、本来の回帰データに近づくならば、北海道新幹線の札幌延伸により航空旅客の10~15%は鉄道にシフトする可能性がある。

しかしながら、これら既存データにある新幹線の競争力は東海道・山陽新幹線の「多便数利便」が前提となっており、10分おきにのぞみが走るからこその数字となっていることを忘れてはならない。他方、北海道新幹線の将来の増便余地はどうかというと、ボトルネックとなる上野=大宮間の線路容量の関係で厳しい状況だ。東海道新幹線の時間あたり運航便数限界が「通過するポイント切り替えに4分かかるため1時間に15本」にも達している状況とは、大きく異なるのだ。

また、整備新幹線区間の法的な速度制限(時速260km)や青函トンネル内のすれ違い速度制限(140km)などがあるため、運行距離を始発駅を出てから終着駅に到着するまでの時間で割った平均時速である「表定速度」を現状の最速204kmより大きく上げることも難しく、東京=札幌間の所要時間が5時間を超えてしまうことは避けがたい。これらを勘案すると、現状の条件のままでは航空からのシフトはよくて5%程度と見るのが妥当ではないだろうか。

動く余地がある道南=東北

こうしてみると、北海道新幹線がもたらす交通流動への影響は過去の新幹線開業と比べても相対的にかなり低いものとなろう。しかし、東京駅から乗ったままで目的地に着く(移動中の楽しみ方の幅が格段に広がる)鉄道愛好者も少なからずいるし、それよりも短い区間の道南=東北間の流動は、札幌=仙台線や丘珠=函館線の航空旅客の大幅減など新幹線の料金・便数頻度次第では大きく動く可能性がある。

ただ、現在設定されている新幹線料金は廃止される在来特急よりも20~30%高いとされ、割引切符も従来の在来特急より高くなるため、地域の人々が日常的に使おうとするインセンティブを喚起するのはさらなる手だてが必要だろう。

東海道・山陽新幹線とは違う事情が北海道新幹線にある

明暗が分かれるJR東日本とJR北海道

想定座席利用率が低いということもあるが、JR北海道にとっては北海道新幹線の開業により年間の赤字が50億円増加するとの見方もあり、運行便数増加のための投資や割引運賃の拡大を行いにくい環境にある。大きな投資をすることなく、新幹線効果による需要増加のメリット(東京=新青森間)を享受できるJR東日本とは、くっきり明暗が分かれよう。実際、鉄道は航空と同様、収受した通し運賃を運行距離で案分するので、東京=函館間に乗車する旅客運賃の8割以上はJR東日本のものとなる。

もともと事業運営が厳しいことを前提として、JR北海道・四国・九州各社に設定された経営安定基金の運用益が低金利で目減りし、親会社の鉄道建設・運輸施設整備支援機構に高金利で逆貸付を行っているものの、事業収支は悪化。その結果、帳尻を合わせるために安全投資が削られて大きな事故を引き起こした現実は記憶に新しい。低金利誘導による経済政策もまた国が行ってきたものであることから、北海道新幹線開業後の地域流動環境の整備については、再度の財政出動を含む抜本的な措置を再検討すべきではないか。

かつて19人乗りの小型機を使って、道内の鉄道利便の悪い都市間を結ぼうとしたコミューター事業も、早々に高運賃とコスト倒れで破綻した。HAC(北海道エアコミューター)の経営維持も、綱渡りでJAL頼みの状態である。

地方活性化、インバウンド需要の流動活性化という視点からも、不採算の生活路線への公的支援、地域を面でつなぐ「路線バス的コミューター」創設支援(空港使用料、施設家賃などを全て免除する等)など、単なる補助金行政とは違う創造的な行政施策が今後打ち出されることを期待したい。

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。スターフライヤー創業時のはなしは「航空会社のつくりかた」を参照。