【連載】

航空会社のつくりかた

1 6人の男たちがライト兄弟の精神を受け継いで起業

 
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編集部から「スターフライヤー創業のエピソードを"履歴書"風に書けないか」との相談をいただき、どれだけ正確に思い出せるかやや自信がないものの何らかの参考になればと思い、これに取り組むことにした。

関係者等には一部実名でご登場いただくが、全て当時の立場・肩書き等を使用していることをご了解いただきたいと思う(現職を調べて記載するのはとても無理だ)。またスターフライヤーおよび、この創業期をともにさせていただき特段お世話になった方々、すなわち、堀高明代表取締役社長(スターフライヤー)、片山憲一氏(北九州市局長、現在は北九州エアターミナル代表取締役社長)、松井龍哉代表取締役社長(フラワー・ロボティクス)にも事前にご相談し、連載開始についてご快諾をいただいたことにも厚くお礼申し上げる。

新聞すっぱ抜きから始まった北九州での生活

2003年12月、堀氏とともに新しい航空会社設立に動いていた筆者のもとに、堀氏から一本の電話があった。「明日の朝刊1面で西日本新聞がスターフライヤー設立を記事にするので、明日の午後に記者会見する。すぐ北九州に来てくれ」。慌てて翌朝、福岡に飛んだ。

2003年12月、この新小倉ビル内で「株式会社スターフライヤー」の立ち上げが宣言された

小倉駅で待っていてくれた北九州市役所の方に連れられ、のちに本社が入る新小倉ビルにある経済記者クラブに滑り込んだ時には既に会見は始まっていた。ちょうど堀氏が事業理念などを説明しているところだったが、実のところ、その中身より異様とも言える会場の熱気のすごさの方が印象に残っている。北九州市が市政運営の柱のひとつに据えた新北九州空港の開港を何とか経済復興につなげたいとする、地元の期待が会場内の気温を押し上げていた。

ここで正式に新航空会社「株式会社スターフライヤー」の立ち上げを社会に宣言し、長く苦しい資金集めがスタートしたのである。

6人の井戸端集会から始まった新会社設立

「どこにもない新しいコンセプトの航空会社を作らないか」と堀氏に声をかけられたのが2002年春だった。堀氏とは昔、JAS(日本エアシステム)・ANAで空港権益を巡って角突き合わせたこともあった仲だったが、お互いに大手航空会社を出て別業界にいたこともあって時々会っていた。加えて、共通の知人で筆者の高校の同級生だった国交省部長が、堀氏に「新しい航空会社をやるなら武藤を一緒に誘ったらどうだ」と言ってくれたようだ。

こうして東京・八丁堀の家賃10万円の安オフィスを借り、事業がスタートした。2002年秋、JASの知人が経営する鉄板焼き屋に集まったのは、堀氏のJAS・JALの知己4人。この6人がそれぞれの仕事をこなしながら、朝晩、休日を使ってエアライン立ち上げの準備をしていたのだが、堀氏との間でまず議論したのはビジネスモデルだった。

「ジェットブルーのような会社にしよう」というのが2人すぐに一致したことだった。広めの座席ピッチ(間隔)とリアルタイムのシートTVで独自の差別化を図った米国の新興航空会社は、低価格・高サービスを武器に急成長していた。

他方、日本の航空業界では2002~2004年にかけて新規エアラインが次々と実質破綻し、「新規航空会社は日本では成功しない」とささやかれていた。何としても大手寡占に風穴を開けたいとの強い思いがあったし、ジェットブルーはひとつの手本になるのではと感じていた。

神戸での挫折

しかし、当初のもくろみは大きく外れる。

今後、新規会社への羽田の発着枠配分は大手への配慮や各社バランスが先行し、新たな参入者には厳しいものがあると考えられた。そのため、「これからできる新空港を狙うしかない。空港維持のため新空港には厚めの配分があるはずだし、大手との競争でもスタートは互角だ」と読んだ。

これからできる新空港で時期的に間に合い、かつ、我々が参入して需要があるのは神戸と北九州しかない。まずはまっさらの神戸に狙いを付け、わずか15ページの事業構想書を手に神戸市役所へのアプローチを始めた。

2002年末、スターフライヤー設立の前には「神戸航空株式会社」という今からでは想像もつかないほどベタな名前にしていたのも、神戸への思い入れがあることを感じてもらいたいとの率直な意図だったが、神戸市の反応はさめていた。会議での「神戸空港に興味を持っていただくのは非常にありがたい」との助役の言葉が空虚に響く。事務方の対応も同様だ。

その理由はすぐに分かった。神戸空港は管制上の制約と関空との関係から、「1日30便(往復)」の制限があるのだが、市としては空港ネットワークを拡充するにはまず大手2社に多く飛んでもらうことを第一に考えていた。つまり、新規会社に枠を割くと大手の枠がなくなり、他社誘致に支障を来す。余計なことはしてくれるな、との思いが本音だったわけだ。

これ以上神戸に固執すると2006年の開業に間に合わないと判断し、2003年夏、既にJALが旧空港に就航している北九州での事業開始を目指す方向に舵(かじ)を切った。

ライト兄弟に立ち返って北九州へ

北九州市長に企画書を持ち込んだのが2003年5月のことだったが、まさか神戸航空のままではだめだろうということで、社名をどうするかの議論になった。

各自が好き勝手なことを言っていたが、夜中も飛び続けるエアラインなのだから「スター」を入れようとなり、堀氏が「ライト兄弟の進取の精神を受け継いだ会社にする」としてその飛行機フライヤー号の名前を付け、社名をスターフライヤーに変更した。なお、最初の社名であった神戸航空の創立記念日も、フライヤー号初飛行の日に合わせて12月17日であった。

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。
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インデックス

連載目次
第11回 スターフライヤーが営業黒字化になるまで
第10回 関空線での悪戦苦闘 - ANAとの適度な距離感
第9回 就航1年目、「幻の構想」と関空進出で吉本興業とのコラボ
第8回 スターフライヤー就航日、そしてWBCからの贈り物
第7回 「他にない」制服や機内サービスが形になるまで
第6回 新興航空会社に立ちふさがる国土交通省許認可の壁
第5回 JAL・ANAと戦えるブランディングを! "母なる彗星"の裏にエアバスの苦悩あり
第4回 スターフライヤー創業の影に日産カルロス・ゴーン社長あり
第3回 エアバスかボーイングか! A320導入の裏で実施した"業界の非常識"
第2回 初期資金は60億円……新興エアラインへの強烈な逆風
第1回 6人の男たちがライト兄弟の精神を受け継いで起業

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