暗黙の「関空・中部縛り」

話をカタール航空の関空線運休に戻す。このような市場環境の中での運休は、カタール航空が言う通り「商業上の理由」だろう。中東各社は本来まず東京に乗り入れたかった。しかし、成田空港の発着枠の制約、日本側エアラインの中東乗り入れ予定がないなどの背景があり、国交省は各国にひとつの条件を課した。「成田空港に乗り入れるなら、同便数を関空か中部空港に運航すべし」という"関空・中部縛り"である。そこでカタール航空はまず、関空に就航した。

成田と関空/中部空港の間には暗黙のルールがあった(写真は関空)

中東エアラインは当初、これに大変苦しめられた。日本での外航のマーケティングはまだまだ旅行代理店に依存するところが大きく、自社ウェブサイトで簡単に席がさばけるというものではない。まして売る商品は中東だけではなく、ヨーロッパ、アフリカまでのネットワーク全体に散らばる都市であり、これら地点ごとに細かく予算が振られて達成を求められる。日本国内で一度に2つの都市で代理店、法人相手に営業を展開するのは大変だ。

エミレーツ航空にしても当初は成田空港と中部空港に就航し、中部線ではビジネスクラス客には新幹線代をサービスするようなことまで行ったが結果が出ず、関空にシフトしてしまった。この"関空・中部縛り"は航空協定本文には出てこないが、「ROD(Record of Discussion)」すなわち議事録として記録され発効している。

残る中東2社はどう動くか

カタール航空は当初、成田空港を21時台に出発し、関空を経由してドーハに向かう便で就航していた。「2地点を運航する」ことと「ハブ到着時間を適正に保つ」ことの一石二鳥を狙った。経由便では東京での競争力が弱く、その後に成田線を分離して関空と別々に運航、さらには羽田線を開設するという首都圏重視の戦略に転換した。しかし、一挙に供給量が3倍になったわけだから、関空線を持て余していたのは事実だろう。

今回のカタール航空の関空運休は、この二国間の"関空・中部縛りが外れた"と見ることができ、当局の大きな姿勢の変化だと言えよう。これにより、エミレーツ航空の関空線、エティハド航空の中部線も運休が可能となった。しかし、両社がすぐにカタール航空に同調するかは予断を許さない。

エミレーツ航空は関西=中東以遠マーケットでの競争が減り、カタール航空の顧客の取り込みが見込まれる。エティハド航空においても、中部線は中部=北京=アブダビの経由便であり、非常にタイトな状況にある北京首都空港のスロットを取得できているという政治的な事情もあるからだ。これを自ら放棄すると、今後の中国混雑空港での発着枠争奪戦に不利に働く可能性もある。

エティハド航空において、経由便の関係で中部空港に就航するメリットは大きい

残る「成田縛り」の行方

今後の流れとしては、世界の空が広く自由化に向かう中でこの種の"縛り"は存在意義を失っていくことになるだろう。現在、各社に最も影響が大きい縛りは"成田縛り"である。羽田空港からの国際線を就航する場合、「成田空港からの乗り換えは認めず、両方の路線を運航すべし」というものだ。

これは各社が雪崩を打って成田空港から羽田空港にシフトするのを防ぐのが目的だが、米国各社にしてみれば日本をハブとして活用しようとすると、まだ羽田空港は使いづらい。発着枠が限られ十分なネットワークを構築できないからだ。デルタ航空が当局に20枠を要求したのもこのロジックによる。

しかし、欧州路線は米国と違って日本をハブにするというロケーションになく、日本側の利便のよい羽田空港を使いやすい状況にある。このため、ANAはロンドン線を成田空港に就航していたヴァージンアトランティック航空とのコードシェアで、「両方で運航」として実質羽田空港にシフトさせたし(その後、ヴァージンが日本線を撤退したので、現在は羽田空港しか運航していない)、パリ線もさりげなく羽田空港に移している。

成田空港と羽田空港の関係もまた、各航空会社の戦略の論点となっている(写真は成田空港)

当局とすれば成田空港の存在基盤が揺らぐことは、空港運営としても、また、今後2020年に向けて発着枠を増加させねばならない羽田空港の飛行経路見直し交渉(千葉県民の理解が不可欠)においても好ましくないと思っているはずである。現状、パリ同時多発テロの影響で需要が減っている欧州側エアラインからの成田・羽田空港のダブル運航緩和要求にどのように対処していくのか、慎重なかじ取りが求められるだろう。首都圏空港問題はまさにこれから、佳境を迎えると言える。

筆者プロフィール: 武藤康史

航空ビジネスアドバイザー。大手エアラインから独立してスターフライヤーを創業。30年以上におよぶ航空会社経験をもとに、業界の異端児とも呼ばれる独自の経営感覚で国内外のアビエーション関係のビジネス創造を手がける。「航空業界をより経営目線で知り、理解してもらう」ことを目指し、航空ビジネスのコメンテーターとしても活躍している。スターフライヤー創業時のはなしは「航空会社のつくりかた」を参照。