6月5日から劇場で公開されているアニメーション映画『台風のノルダ』は、20代を中心とする新進気鋭のアニメーターたちが集結したスタジオコロリドが、初めて大規模な制作を行った劇場作品。この作品で、劇場アニメ監督デビューを果たしたのが、スタジオジブリ出身の新井陽次郎監督だ。

新井陽次郎監督 撮影:荒金大介(Sketch)

作品では、実写の映画のように"引きの画"を使った映像表現や、一度しか登場しない端役のキャラクターでも魅力的に描く繊細さに、"ジブリの哲学"のようなものを感じさせつつ、設定の斬新さやストレートなメッセージを視聴者に訴えかけるエネルギーは、アニメの新時代を予感させるものだった。そんな、今最も注目されるアニメ界の新星・新井監督に、作品にかける思いを聞いた。

―――タイトルにもなっているヒロインの名前「ノルダ」にはどのような思いが込められていますか?

エスペラント語で"北"を意味する「Nordo」を文字ったものなんですが、あまり深い意味はないですね。字にした時の雰囲気とか、口にした時の感覚で決めました。登場人物の名前では、「東」が一番最初に決まりました。名前の由来は、当時スタジオコロリドのあった中野新橋駅の近くにあるステーキ店「あづま」から。「東」と対立するキャラクターだから、西で「西条」にしました。今回の映画では、あくまで"友情"を描きたかったので、タイトルにはしているものの、ノルダはあくまで2人の関係を変化させる"きっかけ"にすぎないんです。

―――初監督作品で、今回はストーリーの脚本もオリジナルで手がけられています。

実は、脚本は書いていないんです。書いていないというより、作っていない。キャラクターデザインの石田(祐康)君、プロデューサー、フジテレビの担当者と集まって、ホワイトボードに起承転結と何が起こるかを書き出して並べ、それを絵コンテに起こしたものが脚本の役割を果たしました。ちょっと例外的なやり方です。後半になるとスケジュールが詰まってきて、例えば最後のボールのシーンは、「もうこれしかない!」と力技で決まりました。

―――劇中では、野村周平さんをはじめ、俳優の方たちが声優として参加されています。

最初は、声優さんに絵コンテを見ながら声をとらせてもらいました。本番で俳優さんに登場していただいたのですが、時間がなかったこともあり、いきなり声をあてていく難しさを感じましたね。野村さんについては、前に『江ノ島プリズム』(2013年)という作品で見たことがあるんです。偶然ですが、"島"を題材にしていて似ているなと思って借りていました。

―――"島"を舞台にするイメージは、制作する前からあったんですね。

ジブリに入った1年目ぐらいのころに、離島の学校に台風がきて、生徒たちが閉じ込められるというアイデアは考えていたんです。"離島"というのは昔から憧れがあったのですが、そのちょっと前にジブリが『崖の上のポニョ』(2008年)を作っていたのもヒントになっていたりします。正確にいうと、『ポニョ』の舞台は入り江ですけどね。

―――作品では、西条への嫉妬へも似た気持ちから、好きだった野球を投げ出してしまう主人公・東シュウイチの感情の変化が描かれています。

東の感情は、誰しも経験があるものなんじゃないでしょうか。だからこそ、万人ではないにしろ共感してもらえたらいいなと。西条は、僕自身の理想でもあるんです。こういうまっすぐな人間がいたらいいですよね。そういう意味で、東と西条は、僕の"こうありたいなという自分"と、"弱い自分"がモチーフになっています。どちらも自分の中にある感情なんですね。2人を通して、「素直に相手に伝えることで、争いやけんか、すれ違いがなくなる」ということを見る人に感じてもらえたらうれしいですね。ちなみに、「好きなことから逃げたら後悔するぞ」という西条のセリフは、ちょうど制作していた時にアニメーターをやめようとしている子がいて、そこから生まれたセリフでした。

―――実体験からの言葉だったんですね。そもそも、監督自身がアニメ作りを目指したきっかけは?

昔からアニメはよく見ていたしジブリの作品も大好きでしたけど、アニメーターの吉田健一さんの影響は大きいですね。吉田さんが手がけたアニメ『交響詩篇エウレカセブン』は、僕らの世代にとってバイブル的な作品で、その絵力(えぢから)と、画面の作り方などにとても感銘を受けたんです。吉田さんの経歴をたどっていくと、スタジオジブリに行き着きます。そこで、「やはりジブリに答えがあるのでは」という思いから入社を決めました。

―――映画は青春・SFなど、たくさんの要素が詰まった作品に仕上がっています。出来上がった作品を見ていかがでしたか?

短編向きじゃないですよね(笑)。長編がやりたいわけではなかったんですが、オープニングを見て、「僕は長編がやりたかったんだな」と気づかされました。個人としては、やりきれていなかった部分はあるので、劇場や長編にこだわらずリベンジしたいですね。次は、人を楽しませることに特化した作品を作りたいです。

新井陽次郎監督映画『台風のノルダ』は、6月5日から3週間限定で全国公開。幼いころからずっと続けていた野球をやめたことがきっかけで親友の西条とケンカした東は、赤い目をした不思議な少女・ノルダと出会う。その頃、観測史上最大級の台風が学校を襲おうとしていて――とある離島にある文化祭前日の中学校を舞台に、少女との一夜の物語が繰り広げられる。

新井陽次郎(あらいようじろう)
1989年生まれ。埼玉県出身。2008年にスタジオジブリに入社。2012年よりスタジオコロリドに所属。ジブリ作品では、『借りぐらしのアリエッティ』『コクリコ坂から』『風立ちぬ』にアニメーターとして参加。2012年『陽なたのアオシグレ』でキャラクターデザインと作画監督を。フジテレビ・ノイタミナ10thスペシャルアニメーション『ポレットのイス』でキャラクターデザインとアニメディレクターを担当した。

(C)2015 映画「台風のノルダ」製作委員会