サッカー日本代表が渦中にある中、キャプテン・長谷部誠の存在感がひときわ光る

ハビエル・アギーレ監督の八百長疑惑騒動を抱えたまま、連覇がかかるアジアカップに臨む日本代表。一筋縄ではいかない試合が真夏のオーストラリアで待ち構える中、キャプテンを務めるMF長谷部誠(フランクフルト)の存在感がピッチの内外で増している。

3人の監督の下で託されたキャプテン

岡田武史、アルベルト・ザッケローニ、そしてハビエル・アギーレ。直近の日本代表監督が、まるで申し合わせたかのように長谷部をキャプテンに指名した理由はどこにあるのか。

アギーレ監督の八百長疑惑騒動の渦中にあった昨年末。アジアカップ・オーストラリア大会へ向け、日本代表が始動した初日に長谷部が示した存在感の大きさが、答えのひとつになっているのではないだろうか。

練習に先駆けて、宿泊先のホテルで日本サッカー協会の大仁邦彌会長が騒動の経緯を説明し、続いてアギーレ監督が身の潔白を選手たちに訴えた。それらを受けて、長谷部は千葉県内での練習を終えた後に、取り囲んだ大勢のメディアに対してこう語っている。

「チームを作る上で、お互いを信頼してやっていくことが重要だと僕は感じている。その意味では、監督の言葉を直接聞けたことで、自分たちの(アギーレ監督を)信頼する力が試されているのかなと思います」。

アギーレ監督と通じ合った部分

メディアを含めた世間のベクトルは、どうしてもアギーレ監督に向けられる。しかし、連覇を目指すアジアカップのピッチで戦うのは選手たちだ。結果を残せなければ、あるいは勝ったとしても低調な内容に終始したとすれば、いやが応でも八百長疑惑騒動と結びつけられる。

ピッチ外の雑音で集中力を保(たも)てなかった――などと理由づけられるのは、プロサッカー選手として恥ずかしい。だからこそ、長谷部は「信頼する力が試される」というフレーズを用いることで、ベクトルを選手たちにも向けさせた。

デリケートな問題だけに慎重に言葉を選びながら、それでいて明瞭な口調で、長谷部はアギーレ監督が発した言葉で印象に残った部分をあげている。

「『私はサッカーに対する裏切りのようなことは絶対にしない』と言っていました。監督も本当にサッカーを愛しているというか、サッカー人ですし、僕たち選手もサッカー人というかサッカーバカなので(笑)。そこは通じ合うものがありましたね」。

アンカーの位置で光り輝く理由

もちろん、ピッチ外で「気を遣える」という理由だけでレギュラーが約束され、キャプテンを託されるわけではない。

前半戦を終えたブンデスリーガで、長谷部は全17試合に先発している。よほど充実しているのだろう。昨年夏に移籍したフランクフルトでの日々を、長谷部は笑顔で振り返っている。

「僕自身のパフォーマンスも、これまでのキャリアの中で一番いい」。

ポジションはアンカー。英語で「錨(いかり)」を意味し、最終ラインの前でチームの攻守を司(つかさど)る役割を担う。テクニックとパスセンス、ポジショニングを含めた危機察知能力を含めて、高度な「サッカー頭脳」が求められる中で際立った存在感を放っている。

そして、昨年9月に船出したアギーレジャパンも「4‐3‐3システム」の下でアンカーを配置している。森重真人(FC東京)、細貝萌(ヘルタ・ベルリン)、田口泰士(名古屋グランパス)が適性を試されてきた中で、アギーレ監督が待ち焦がれた人材が長谷部だった。

「とにかく頭を使おう」

ウルグアイ代表を迎えた昨年9月のアギーレジャパン初陣を前に、長谷部はけがで無念の戦線離脱を強いられている。10月の国際親善試合では招集されなかったが、その間にフランクフルトで絶大なる信頼を勝ち取った。

満を持して11月に復帰すると、ホンジュラス、オーストラリア両代表戦でアンカーとして先発。それまでキャプテンを務めていたFW本田圭佑(ACミラン)から、大役をも引き継いだ。

マイボールになればセンターバックの間に下がって攻撃の起点になり、相手ボールになればポジショニングに細心の注意を払いながら味方を的確に動かす。アンカーの極意を、長谷部はこう語っていた。

「とにかく頭を使おうと。あまり前へ出すぎることのないように、リスクマネジメントを常に考えました。監督からは『最終ラインの前のスペースからあまり離れないように』と言われています。どちらかというと守備的な役割を要求されるのかな、と思います」。

攻撃面で目指すさらなる進化

決して森重や細貝、田口の「サッカー頭脳」が足りないというわけではない。ドイツへわたってすでに8年目。ヴォルフスブルクではブンデスリーガ制覇に貢献し、日本代表としてワールドカップに2度出場した。積み重ねてきた濃密な経験が、長谷部の血となり肉となっている。

アジアカップへ向けた合宿は、アギーレジャパン発足後で初めて長い時間を共有できる期間でもある。指揮官の考えをさらに理解し、勝つことで八百長疑惑騒動に揺れた日本代表への求心力を再び高めるために。チームをまとめる一方で、長谷部は新たな課題を自らに課している。

「攻撃の部分で、『自分で持ち上がる』とか、『もうひとつ前でボールを受ける』『パスを出してからもう一回前に行く』といったバリエーションもいろいろと増やしていきたい」。

アギーレ監督の告発状は裁判所に受理されるのかどうか。日本と司法制度の異なるスペインが舞台ということもあり、事態がいつ新たな局面を迎えるのかは誰にもわからない。

文字通り目に見えない敵とも戦う日本代表は、大会期間中に31歳となる頼れるキャプテンのもと、1月12日のパレスチナ代表戦から2大会連続5度目のアジア制覇をかけた勝負に臨む。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。