今、日本中から熱い視線を注がれている飲食店が愛知県犬山市にある。行ったことがある人の感想は「いや、何ていうかとにかくスゴいんだって!」「ヤバいっすよ、マジヤバい!」と、聞けば聞くほどさっぱり分からない。何とか伝わってくるのは、他に例のない形容しがたい店らしい、ということくらいだ。
その店の名は「パブレスト 百万ドル」。店名からして田舎的ゴージャス臭が漂うこの店が注目を集めているのは、飲食店としてというよりもB級スポットとして、なのだ。
B級スポットシーンの超新星
理由は店の外観から一目瞭然。外壁から装飾品まで、すべてド派手でサイケデリックなペイントとポエトリーなメッセージに覆われている。原色がまぶしすぎるグラフィックは意外やクオリティーが高く、現代アートの巨匠・横尾忠則を髣髴(ほうふつ)させる。入り口上の「アロハ青い城」の文字はどう見ても店名のようだが、実はマスターが以前通いつめたパブの名前。じ、自由すぎる……。
"意味不明のインパクトにB級スポット界に久々の超大型新星が登場!"とマニアが色めきたち、ネットを中心にたちまち話題沸騰となったのはほんの1年ほど前のこと。その後、テレビでも取り上げられ、あれよあれよという間に(一部の好事家の間では)スターダムに駆け上ったのだった。
てんこ盛りのメニューにカラオケ歌い放題
まずはお客としてがっつりその魅力を味わい、後日あらためて取材者としてマスターにたっぷりインタビューさせてもらうことにした。
店内は靴を脱いで上がり、カーペットの上に透明の天板のテーブル、赤いベロア地のソファが並び、カラオケスナックの趣。とはいえ外観と同様、カラフルすぎるアート作品が壁中に。フェルメールやムンクの名画の模写や有名人の肖像もあり、これまた素人レベルを超えてかなり達者。しかも、外壁同様にペンキで描いてるというからスゴい。
物好きな友人+家人総勢10数名で訪れ、会費3,000円で飲み放題とかなりリーズナブルにお願いしてあったのだが、いきなりテーブルに乗り切らないほどの料理が山盛り! サンドイッチ、揚げ物、スパゲティ、サラダ、フルーツなど、どれもこれもボリュームがスゴい。これでドリンク飲み放題・カラオケ歌い放題なのだから、いかにコストパフォーマンスが高いかがお分かりいただけるだろう。
翌朝も同じメンバーでモーニングに。500円でドリンクに山盛りのサラダ、サンドイッチ、フルーツ、チョコレートパフェ付き! サラダにはお約束の3色団子がついてくる。さらにカラオケ1曲サービス!! なぜだか子供は無料で、にもかかわらず大人の同じメニューに、おまけにおもちゃまでついてくる。
くつろげすぎる空間、採算度外視としか思えないほど次から次へ出てくる料理、そしてにこにこと笑顔をたやさないマスターとママさん、加えてスタッフかと思ったら実はお客だった常連のおばちゃん。お店に食事をしに来た、というより"気のいい親戚のオジさんの家に遊びに来た"ような気分になってくる。
突然のアート開眼の裏にはマスターの悲恋が
この百万ドル、注目を集めるようになったのはごく最近だが、昭和42年(1967)にオープンし、UCCから感謝状も贈られているれっきとした老舗喫茶店。40年以上たってから突如ブレイクした裏には一体何があったのか?
マスター・大沢武史さんは昭和16年生まれの72歳(見えない!)。百万ドルをオープンしたのは25歳の時だった。
「その当時は普通の喫茶店だったんだよ。絵なんて勉強したこともないし、店を始めてからは一切描いてなかった。突然描き始めたのは6年前だったかな。屋根がはげとったから自分でペンキで塗ってみたら、何だか無性に絵を描きたくなったんだわ」。
突如火がついたアーティスト魂。だが、眠れる創作意欲を呼び覚ますきっかけになったのは長く切ない苦悩の日々だった。
「女にフラれたんだわ。相手は純子。出会いは純子が18歳、俺が40歳の時だった。店にアルバイトで入ってきたのがきっかけだった」。
事実婚ながら2人目の妻となった純子さんとの生活は充実したものだった。店は大繁盛し、生活は羽振りがよく、マスターが56歳の時には男の子も生まれた。だが、出会いから22年目、突然蜜月に終止符が打たれた。純子さんと愛息は忽然(こつぜん)と姿を消してしまったのだ。以来、自暴自棄になったマスターはパチンコ、フィリピンパブ通いで散財の日々。荒れた生活は5年も続いた。店舗の修繕を自分でやったのも、有り金を使い果たしてしまったからだった。
「ペンキを塗るブラシを持ったのがきっかけで、無性に息子の絵を描いてみたくなったんだわ。それがうまく描けたもんでよ、子供の頃に絵が得意だったのを思い出した。毎日朝から晩まで描き続けても全然飽きんのだわ。絵を描いてなかったら死んどったかもしれん。俺は絵に救われたんだよ」。
謎のメッセージも採算度外視のメニューもすべて愛の証
外壁に記された「聖女 純子」の文字は純子さんへの感謝の気持ち、店内に飾られた何枚もの"ゆうきくん"像は生き別れになった愛息への思慕が込められている。唐突に記された「AKB48」や「きゃりーぱゆぱみ」(原文ママ)の名前も、もちろんマスターが「好きだもんでよ」という愛情をストレートに表現したものなのだ。
やたらボリュームのあるメニューもお客への愛の表れ。「採算? 1回計算したら合わんかったもんでそれから計算せんようになった。年金使い切ってでもお客さんにサービスして喜んでもらいたいんだわ」というから泣かせる。
「ここから愛を発信しとるんだわ」というマスター。超ド派手なB級スポットは、ひとりの喫茶店主の愛の発信基地だったのだ。
「聖女 純子」は失踪した純子さんへの感謝の思いを込めたもの |
駐車場前の壁には宝塚スターの絵が。舞台は一度も観たことがないそうだが「本を見て"俺と一緒だがや"と思ってよ。絵を描いて一体になっとるんだわ」とのことの |
ちなみに、2013年訪問時にはなかった外壁の「全国のみなさんありがとう」の文字。これは、筆者が主催している桃太郎神社の修復活動に全国からボランティアが集まり、そのメンバーの打ち上げで来訪したことに感激して記してくれたもの。筆者にもマスターの愛は発信されていたようだ。
●infomation
パブレスト 百万ドル
愛知県犬山市犬山瑞泉寺31-1
※記事中の情報・価格は2014年10月取材時のもの。価格は税込
筆者プロフィール : 大竹敏之(おおたけとしゆき)
名古屋在住のフリーライター。雑誌、新聞、Webなど幅広い媒体で名古屋情報を発信。Webガイドサイト「オールアバウト」では名古屋ガイドを務める。名古屋メシ関連の著作を数多く出版。『名古屋の喫茶店』『名古屋の居酒屋』『名古屋メン』『続・名古屋の喫茶店』(リベラル社)は自腹リサーチをコンセプトにしてご当地ロングセラーに。10月上旬にはご当地グルメコミックエッセイ『まんぷく名古屋』(KADOKAWA、森下えみこ著)に案内人として登場。