都市型生活の再確認

僕は安倍政権になって以降、金融政策で本当に社会は変わるのかをテーマに、繁華街を金曜夜に見て歩くフィールドワークを始めたんです。まあ、単に飲み歩いてるだけじゃないかっていうツッコミも可能ですけど(笑)。

東京のおもしろい街は、東側に移動している、又は中心部に移動しているように思います。ここ数年、最も発展している町は人形町辺りじゃないですか。あと、中心という意味では、新橋と日比谷の間のコリドー街、東京駅のすぐ前の丸ビルなんかは、金曜の夜は深夜の1時、2時でも混雑しています。

これも個人的な実感ですが、かつてであれば東急線沿線の中目黒や自由が丘に住んでいたような、メディア企業などに勤める独身女性が、もっと都心や東側に住み始めているように思います。

ーー職場の近くに住んでいて、飲む場所も近くてという……

戦後の日本って、急速な人口増に備えてベッドタウンやニュータウンの開発を行ったんです。そこに住宅ローンという仕組みで、会社員たちにそれを買わせる制度を用意した。あと、今後給料が上がっていくインフレもセットだった。持ち家願望って、あの時代の政策、経済状況に沿ったものだったわけですよね。デフレ、給料も上がらない時代に、持ち家願望は当然なくなるわけです。現在の、都心回帰、一極集中は、理にかなったというか、現在の経済状況やライフスタイルに沿ったものとして生まれている。

それにさっき話したような、都市には都市生活者のコミュニティも生まれている。女性の「おひとりさま」って、都市にとっては重要な存在なんだと思います。かつての東京は、会社帰りのサラリーマン用の居酒屋、ファミリー向けのレストラン、カップル向けの喫茶店といった具合に、対象単位が複数だったんです。でも、いまどきのバルやスターバックスコーヒーのような場所は、女性の1人のための場所としてカウンターが用意されている。都心部の外食店舗に取材すると、いまどきはいかに女性1人客に来てもらえるかを意識しているかがわかります。女性が1人で過ごせる場所って、治安がよくておしゃれでといった具合に、一定の条件を備えていないといけない。つまり、その街に女性1人客がいるかどうかが、その街にとっての指標にもなると思います。

ーー都市は人が多くて苦手という意識の人もいますよね。

子どもは自然のある郊外でという声って、相変わらず多いんですけど、データを見ると誤解であるケースって多いんです。小さい子どもの事故や事件の件数は、当然都心の方が多いですけど、人口比にすると都心の方が安全であったり、人口当たりの公園面積も、実は周辺の自治体よりも都心の方が多いケースが多いです。でも、地方や郊外への統計に基づかない信仰のようなものを子どもを育てる親が持っていることが多い。

そもそも日本って、半世紀前までは都市人口より農村人口が多い国だったので、都市生活への誤解"都市嫌悪"がまだまだ残ってるんですよ。その最たるものが、都市生活は自然破壊に結びつくというものです。でも明らかに、エコを考えるのであれば、都市に住むべきです。田舎暮らしとか農園のある暮らしが、実は最も反エコです。例えば、ニューヨークは、全米で2番目に1人当たりのエネルギー消費量が低い街だってことを、都市経済学者のエドワード・グレイザーが指摘しています。考えてみれば、当たり前なんです。都市では1人当たりの住む部屋も狭いし、自動車に乗らないで公共交通機関を利用する。人が集積して住むことは、何よりもエコロジーです。都市の根本思想はエコなんですよ。

ーーそのとき、ファミリー層はどうなるんでしょうか? 部屋数などを考えると都心では家賃が高くなりますよね。

東京の都心部は、地価もまだ上がっているし、なかなか出費の多いファミリー層には難しいですよね。でも、都市化した方がエコだし、1人当たりの行政コストが安いということであれば、例えば、都心に住もうという人に補助金を出すといったような、インセンティブを設けるのもありだと思います。現状では、都市化がエコで、低コストという認知が低いので、反発も多いでしょうけど、"都市嫌悪"を払拭さえできれば可能でしょう。かつての持ち家政策の逆をやるだけですから。

ーー今後、都市生活というものへの意識の変化は進むのでしょうか?

住むところの重要性は、これからさらに強くなっていくと思います。『年収は住むところで決まる』(プレジデント社/2014年)という本は、都市間格差が広がりつつある話が書かれています。アメリカでは、生まれ育った場所で生きる人と、そこを出て他の街に移住した人では、明らかに成功する確率が違ってきているんです。それは、高学歴層のホワイトカラーが成功して、地元に根付いたブルーカラーが失敗するという話じゃないんですね。この本には、衰退都市のエリートエンジニアよりも、発展都市のウェイトレスの方が儲かる状況が、アメリカでは起こっているということが書かれている。移住できるかどうかだけが、成功と失敗を決めるんだっていう話です。

ノマドで有名になった安藤美冬さんがテレビに出たときに「クリエイターなのに足立区に住むのは残念」と発言して大炎上したじゃないですか。僕はこの本を読んだら安藤さんの方が正しいんだって思ったんです。足立区には申し訳ないですけど。その人の職業とどこに住むかの問題は、僕のような物書き、メディアの仕事をしている人間には、他の職種の人たちよりもシビアに突きつけられている気がします。いま何が流行っているのか、どういう情報が求められているのか、どんな人がおもしろいのかなどの同業者との情報交換って、SNSで行われるよりもリアルの場での情報の方が濃密。しかも、都市というのは異種混交の場所でもあるんです。飲み会なんかでも、1人業界の違う人の意見が混じると、そこに途端にアイデアが生まれたりする。そういうことが起こる場所、街を見つけると、うかつに引越なんてできないですね。

ーー最後に今現在、東京という都市で、速水さんが一番注目されていることを教えてください。

今、取材しているのは、ウォーターフロントです。例えば、隅田川沿い、あとは日本橋、芝浦アイランド、天王洲アイルなんかですね。今遊びに行くと面白い場所が蔵前。スカイツリーと隅田川が一緒に眺められる川沿いのバーにオーガニックのレストラン、さらには成田、羽田両空港に1本で行ける立地から、外国人も多かったりして、注目されている街ですね。ウォーターフロントというと、バブル期に失敗した湾岸地域の再開発のイメージですが、それこそ、繁華街で飲むよりも住宅地の近くで遊ぶみたいな昨今のライフスタイルに合わせた形での再開発があちこちで始まっているように思います。ウォーターフロント再開発みたいな流れは注目ですね。今回は成功するんじゃないかなと見ています。