「分人」をつくればいい

まみ「当に自分の求めてる服とか姿って何なのか、はっきり言える? 私はこの服が似合うようになりたいとか、こういう服が自分には合ってるとか」

アヤ「わかんない」

まみ「ないよね。わたしもわかんないんですよ。本当の自分とか自分らしい服って何なんだろうって考えてたんですけど。

平野啓一郎さんの『私とは何か――「個人」から「分人」へ』っていう本があって。"分人主義"っていうのをわかりやすく書いてるの。

分人って何かっていうと、友達と接してるときの自分と、親と接してるときの自分って違うし、同じ友達でも、地元の同級生と会うときと、最近知り合った友達と会うときの自分って全然違うじゃないですか。話すことも違うし、態度も違うし、場合によっては着るものも違う。その中で『本当の自分とは何か』って考え始めるからおかしくなるんだって言ってて。全部本当だし、全部自分なんだ、と捉えて、全部"多面体の自分"として存在していると受け入れてみるといいんじゃないかっていう提案なんです。

たとえば自分が嫌で死にたいってなったときは、その死にたい自分っていうのはどの自分かを考える。たとえば仕事をしている時間がつらくて死にたくなるんだとしたら、その分人である時間を減らせばいい」

アヤ「ややこしいけど納得してる」

まみ「自撮りしてる自分が好きだったら、その時間を増やした方がいい……のかな」

アヤ「ガチで増やすぞ」

まみ「分人って、基本的に対人関係での話だからね」

アヤ「そうかもしれない。見てくれてる人がいるからだと思うんですけど……」

まみ「そう。『自分はこうだ』というのから抜け出せないから、スカートがはけないとか、おしゃれができないとか、GUに行けないとかいうのがあるんだと思うんですよ。一回その『自分はこうだ』と思い込んでいる自分から逃れられると、するっといけたりするんでしょうね」

アヤ「思ってる自分じゃない自分を発見、みたいな」

まみ「自分で意識して、『なんで自分はこれをできないんだろう』『誰に対して恥ずかしいと思ってるんだろう』『何に対してやっちゃいけないと思ってるんだろう』って考えてみると、意外と大したことじゃなかった、って気づけるんじゃないかな。

私は、『これが自分のスタイルです』っていうのが決まってる人のほうがかっこいい気がしてて、自分がバラバラなタイプの服を着てるのが恥ずかしいことだと思ってたけど、そのときに応じて好きな自分になっていいんですよね。すごい派手にしたいときはそうすればいいし、地味にしたい時はすればいいし。統一性がなくても、それはそれぞれの分人だからいいのかなって」

アヤ「服の系統とかでもいえそうですね」

まみ「お金はかかりますけどね。それぞれ揃えるのは金額的に大変だから、着回しコーデができるように自分のスタイルを決めましょう、っていうのが今の時代の空気なんじゃないかな。お金も、置いておくスペースもないじゃん。そういう背景もあって、一つの軸を決めて買ったほうが賢く服をやりくりできますよ、っていう提案が受け入れられてるんじゃないかな。本当は、いろんなものが好きだったら毎日違う自分になってもいいんじゃない?」

アヤ「そこまで行くの大変そうだな」

まみ「そこまで自由になる道のりは険しそう」

アヤ「険しそう」

まみ「理想の服ってありますか?」

アヤ「自撮りに映える服……」

「分人」同士が戦う

アヤ「分人かあ」

まみ「アヤちゃんの分人は?」

アヤ「わかんない」

まみ「この本は人間関係についての本なんですけど、したいファッションができないっていうのは、自分自身の問題というよりは対人関係の問題かなと思うんですよ。人に対して恥ずかしいとか怖いっていうのが大きいのかもって。

私はツーブロックで刈り上げてもらうとき、けっこうこわかったの」

アヤ「こわいでしょうね」

まみ「えっ、こわい?」

アヤ「勇気が要るなあって」

まみ「ツーブロックって、別に変じゃないじゃん、大したことないじゃんって思う自分もいるのに、男性とちょっといい雰囲気になったとして、こうやって髪の毛をかき上げたら高校球児みたいなのが見えるって考えると、男ウケっていうものを捨てる覚悟をしなきゃいけないのかも……って、すごい不安になって」

アヤ「出家みたいな」

まみ「荒野に自分が一人で立ってる姿が浮かんだんですよね。ツーブロックにしたかったんですけど、私が自分を貫くと、誰もいないところに一人で立ってるしかなくなるんじゃないかって。髪切るだけのことが、こんなにこわいものなのかって思ったんですよ」

アヤ「似合ってますよ」

まみ「ありがとうございます。

髪の毛なんか生えてくるし、頑張ってのばしてたって彼氏できなかったんだから関係ねえじゃんって思うんですけど、こんなにこわいのかって自分でもびっくりして。普段どれだけ自分が"男ウケ"ってこと意識してるのかってことを実感しましたね」

アヤ「そういうこわさでいったら今日表参道歩くのもすごいこわかった」

まみ「ファッションメインストリートですからね。もう路面店しかない。ルミネとかは複合ビルだから、なんとなくついでに寄りました、みたいな感じで服見れるけど、路面店ってドアを開けてそのブランドの服しかないところに入って行くんだよ」

アヤ「ああこわい」

まみ「いい店たくさんあるんですけど、一回一回の心の重圧が大きすぎて……」

アヤ「めちゃめちゃ汗かきそうだよね」

まみ「分割で、とか言えないムードがある」

アヤ「今日会場まで来られなかったらどうしようって思って、フェイスブックに『参道の覇者』とかいって自撮りをアップしまくって自分を鼓舞しながらここへきました」

まみ「分人同士が自分の中で対峙するときってない? 私はあって、おしゃれな人に見られたい分人と、モテたい分人は別なの」

アヤ「いっしょのようで全然違いますね」

まみ「その二人が戦ってるときある。

分人が別の分人を抑圧してて、これをやらなきゃいけない、あれができないってことが生まれることがあるよね」

アヤ「極端になっちゃったりとか」

まみ「そう、ほんとは何でも着てみて、失敗したらその分人消せばいいだけなんだよね。私、あの頃の黄色い変なベロアの服着てた分人、抹殺してるよ(笑)」

アヤ「そんなトンチキな人が、そんな簡単に死ぬかな? まだいるんじゃないの、というか今そうなんじゃないの?」

まみ「やめてー! たまに復活しそうになるから。『これ着こなせるんじゃないか』って。ヤバそうな服見たときに(笑)」