20時15分ごろの控室。終局近しの雰囲気

リードを守る強さ

先手苦しいか――。

控室の検討陣の顔が曇る。駒の損得はないが、後手の模様がよい。厚い防御陣形を築かれて先手からは手出しがしにくく、後手の厚みは攻めにも生きる形だ。図4の△4二飛がダメ押しの好手になった。離れていて目標になりそうだった飛車を活用して弱点を補強し、さらに反撃の軸にする。局後、多くの棋士が絶賛した一手だ。菅井五段もその一人である。

図4:56手目△4二飛まで

「指された瞬間いい手だと思いました。よく見ると差が開いたなと。習甦らしい手厚い指し回しでした」(菅井五段)

当日ニコニコ生放送で解説を務めた中村太地六段は次のように振り返る。

「人間だと焦って攻め急いだり、逆に守りすぎたりしてしまうことはよくあります。習甦はわずかなリードを保って、じっくりじっくり優位を広げていきました。これは将棋で一番難しい技術なんです」(中村六段)

佐藤紳哉六段も険しい表情

控室では検討陣の口数が徐々に減っていく。第2局を戦う佐藤紳哉六段も検討に加わっていたが、表情は固い。その後の習甦の指し回しには、まさに一分の隙もなかった。以下は当日のメモの一部。

17時 5分、菅井、休憩に入っているが盤の前。首をかしげる。険しい表情。
18時40分、菅井、苦しげ。頭をかく。
19時30分、電王手くんが駒を裏返して拍手喝采。外では月が出ている。菅井、じっと盤面を見つめる。控室「差が開いたか」の声。

20時8分、菅井、顔を背け、唇を噛みしめる。がくっと肩を落とす。
20時20分、菅井投了。

後日、菅井五段は次のように振り返る。

「△4二飛から終局までは読み筋はほぼ一緒でした。いやな手と思っていた手を指されましたね。終わってみると勝負どころなく敗れました」(菅井五段)

一方、前年の雪辱を果たした竹内氏は次のように話した。

「習甦の持ち味が出た内容に満足でしたが、菅井五段にとっては力を出しきれなかった将棋だと思い、前回第1局の無念さを思い出し、プロ棋士のそれは開発者とは比較にならないだろうと、複雑な気持ちでした」(竹内氏)

終局後、記者会見を終えて関係者が解散する。すると菅井五段と竹内氏が並んで有明コロシアムを後にする姿を目にした。何やらにこやかに話をしている。勝負を終えた対局者がする行動としては、珍しい。ほとんど見ないといってもいい。後日、菅井に話を聞くと、ホテルに帰ってからも40分ほど話をしたという。

「いい方で、話しやすい方ですね。(ホテルでは)あのとき習甦はこうする予定だったとか、そういう話が中心でしたけど。非常に参考になりました。大きな勝負のあとで普通はこういうことはないんですけど……。でも、だから面白かったですね。今回出場できて、とても充実しています」(菅井五段)

「(対局前の菅井五段について)目先にとらわれないで将来に向けて高い志をお持ちという印象でした。対局後、色々と話をさせていただきましたが、その表情に敗戦の色はなく、気持ちの切り替えの早さが高い勝率の安定した好成績につながっていると思うとともに、対局前の印象は確かなものになりました」(竹内氏)

おそらくは直接の対局者同士でないという微妙な「ずれ」が、こうした関係を許容させるのだろう。美しい光景だと思う。

もちろん、美談に終始して勝負の重さを忘れてはプロたり得ない。菅井五段は「結果は残念で、いいスタートを切れなかったという責任はあります」と自身の敗戦を受け止めている。しかし、敗北の重圧に縛られて未来に目を向けないのでは成長は望めない。その点、菅井五段のビジョンは明確だ。

「自分は『これくらいで行けるか』と思って指すことがあるんですが、それで上のクラスに勝った例がありません。振り飛車党はよく『感覚で指す』と言われますけど、強い人は読みが深くて精密なんです。久保先生(久保利明九段)も『感覚派』と言われますが、深く読んでいるうえで感覚も優れているんです。(当日は)自分の中では感覚を切り捨てて指したつもりだったんですが、人間なのでなかなか……。感覚は強みでもあり弱みでもあるんですね。将棋はイメージではなく、具体的に手を深く読むことが基本と改めて認識しました」(菅井五段)

乗り越えるべき壁を見つけた若者の言葉は、清々しさに満ちていた。

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