菅井竜也五段が入場

話題づくしの開幕局

対局当日の朝、会場に着くと受付に菅井五段の姿があった。顔見知りの気安さで声をかける。雑談をするうち、菅井五段が今朝ホテルから会場にタクシーで移動した話になった。

「運転手さんが『何のイベントですか』って聞いてくるから、『コンピュータと将棋を指すんです』って答えて。そうしたら『コンピュータには全然勝てん』って言われました」(菅井五段)

際どい話題にぎょっとするも、菅井五段の顔は穏やかである。タクシーの運転手も、この若い乗客がプロ棋士で、これから大一番に臨むとは思ってもみなかっただろう。

一万席を擁するスタジアム中央に、対局やぐらがぽつり。こんな絵は見たことがない

対局場の様子。横からニコニコ生放送の中継カメラが入る

今年の将棋電王戦の開催規模は大きい。全5局を東京・将棋会館で開催した前回に比べ、今回は日本全国で対局が組まれている。それも対局場が普通の場所ではない。将棋のタイトル戦ではホテルや旅館の和室を用意することが多いが、本局の会場は1万人を収容できるスタジアムだ。広大なコートの中央にぽつんとやぐらが組まれ、それを無人の観客席が見下ろす構図は初めて目にする。ちょっと異様な光景だ。

コンピュータ側の着手を行うのはロボットアームの「電王手くん」。もちろん将棋界初の試みだ

いよいよ電王戦くんが駒を並べる。歩以外の駒を先に並べる「大橋流」で、きっちりとマス目に駒を置いていった

さらに、これまでコンピュータ側の指し手は人間が代理で再現していたが、今回はロボットアームの「電王手くん」が導入された。駒を正確に操作することはもちろん、長時間の動作に耐えうる安定性や、集中を妨げないための静音性、危険が及ばないための安全性など、クリアすべき課題は多かったと聞く。それを一カ月という短期間で間に合わせたのだから、技術者の熱意には感嘆せざるを得ない。

「習甦」開発者の竹内章氏。前回と同じく、祖父の和服を着て対局に臨む

駒を並べる菅井五段

設営に5時間ほどを要したという対局場は、見た目にわかりやすく「人間vsコンピュータ」をアピールするインパクトのあるものとなった。菅井五段は盤の前に座って「回りの方の支えがあって対局が実現している」ことを実感したという。開発者の竹内氏は「歴史的イベントを演出するのにふさわしい創意工夫と、対局者への配慮がされていたと思います」と語る一方で、「初めての試みということもあり、対局に集中できなかったこともあったのではないかと気がかりでした」と、自分以上に菅井五段のことが気にかかっていたことを明かした。

長机に関係者が座る。左から読み上げの竹部さゆり女流三段、日本将棋連盟理事の片上大輔六段、立会人の飯野健二七段、株式会社ドワンゴの川上量生会長、記録係の貞升南女流初段

対局開始が告げられると、「電王手くん」がぺこりとお辞儀。菅井五段の顔から思わず笑みがこぼれる

当日の報道陣の数は50人以上。大きな注目を集めた戦いは、ロボットアームの律義なお辞儀に菅井五段が思わず笑みを浮かべるという、現場の張り詰めた緊張感を置き去りにするような微笑ましい一コマで始まった。

いくつものカメラが菅井五段を追う。広い対局場にシャッター音と足音が響いた

駒は初代光匠書(一字)の彫埋駒。吸盤を使うロボットアームには、凹凸のない彫埋駒が最適との結論だった。NHK杯戦でおなじみの駒でもある

横からのショット。意外とコンパクトなつくりになっている

対局開始