9月30日、全日空系の低コスト航空会社(LCC)であるバニラエアの概要が発表された。気になるのは、エアアジア・ジャパンであった時と何が変わるかである。今回、具体的な違いに触れながら、“かつてないLCC”を目指すバニラエアの方向性を考察したい。

「機体と制服のデザインはブランドキーワードである「Simple(シンプル)」「Excellent(エクセレント)」「New Basic(ニュー・ベーシック)」に基づいて、シンプルで洗練された印象ながらも、お客様に親しみを持っていただけるようなデザインを追求」(同社)

既に報道されているように、ANAとマレーシアのエアアジアとの合弁会社として、2012年8月より運航を開始したエアアジア・ジャパンがその提携を解消。バニラエアは11月から再スタートを図る、ANAホールディングス100%出資のLCCである。

バニラエアは成田空港を拠点に、12月20日から那覇線と台北線を、2014年1月29日から札幌線を、同3月1日からソウル線を就航する。便数は1日1往復~3往復でスタートし、2014年3月15日には1日2~4往復程度まで拡大し、運賃は札幌が片道5500円~、那覇が同7,500円~、ソウルが同8,000円~、台北が同1万円~で、11月1日から販売を開始する。

LCC的には安くない運賃?

ただ、発表された路線を見ると、どの行き先も既に他のLCCが就航している上に、札幌や那覇へは片道5,000円を切る運賃も普通に出回っている今、それほど目新しさはない。競合他社のジェットスター・ジャパンでは、2人で乗ればひとりは無料、成田~札幌990円セールなどとインパクトの強い運賃を毎週のように出している。

バニラエアは高い方から順に「コミコミバニラ」、「シンプルバニラ」、「わくわくバニラ」の3種類の運賃を設定。前述した成田~札幌の片道5,500円などは「シンプルバニラ」運賃であり、「わくわくバニラ」としてジェットスター・ジャパンのような激安運賃が今後販売されるのだろう。ただし、あまりに安い運賃は予約期間や利用期間、あるいは席数が限られるのを既に利用者は知っており、それほどの驚きはないのではないか。

「機体と制服のデザインが調和し、一体となって存在感が出るよう、機体は「イエロー」を、制服は「ブルー」を基調とした」(同社) 写真提供:バニラエア

エアアジア・ジャパンの敗因は?

そうではなく、エアアジア・ジャパンとバニラエアの大きな違いは使い勝手にある。前述した成田~札幌の片道5,500円、それに成田~那覇の片道7,500円も「シンプルバニラ」運賃なのだが、この価格レベルで受託手荷物が20kgまで無料。予約変更も2,000円で可能だ。エアアジア・ジャパンの場合、受託手荷物は20kgなら999円(事前予約)、予約変更の手数料は3,990円だった。

エアアジア・ジャパンが解散を決めた理由は搭乗率の低迷だ。通常、搭乗率70%以上を確保しなければ利益が出ないといわれるが、提携解消が発表された2013年6月までには50数%の月もあった。

エアアジア・ジャパンは本社であるエアアジアの販売手法をほぼ踏襲したが、それは日本の常識からすれば大きなずれがあった。航空券の販売はウェブサイトでのクレジットカード決済のみ、空港に行ってから受託手荷物の重量オーバーになった場合の手数料は、1kgあたり1,500円と高額であった。さらに、国内線のチェックインは出発45分前が締め切りで、遅れた旅客は搭乗出来ないというのもマイナスに響いた。

バニラエアではそれを大きく変え、空港での手荷物重量オーバーは1kgあたり数百円、国内線のチェックインは出発30分前まで受け付ける。エアアジア・ジャパンのウェブサイトはエアアジアのシステムを流用しており、使い勝手の面で問題が指摘されたため独自に開発し、「機能はこれから進化させて取りやすいものにしていく。エイチ・アイ・エスなどの旅行会社でも購入できるようにする」(同社・石井知祥代表取締役社長)。コンビニエンスストアでの現金決済も導入する。

ANAの100%出資で問題解消!?

路線はリゾート、ターゲットとする乗客はレジャー層。記者会見中、「熱い想い」という言葉を何度も口にした石井社長。「グアム・サイパンなどのミクロネシア、ハワイへの就航も視野に入れている」という

エアアジア・ジャパンには親会社の体質の違いも少なからず影響した。ANAは従来型の航空会社でJALの経営破たん後、国際長距離路線を中心に強化。2014年3月に拡大する羽田空港の国際線発着枠を巡る攻防では11枠を確保し、JALの5枠に大きな差をつけた。空港の発着枠は権益の世界であるが、まるでかつてのJALを彷彿(ほうふつ)とさせるような“政治力”である。

一方のエアアジアも、前述したようなこれまで各地で成功してきた戦略を変えることはなかった。ゆえに、両者の間に少なからず衝突があったことは明白で、「エアアジアの会長トニー・フェルナンデス氏がエアアジア・ジャパン及びANAの関係者に直接連絡、指示をしてくることもあった」(関係者)という。

バニラエアはまだ航空券の販売さえ始めておらず、現在検討している段階のサービスも多い。例えば、LCCでは乗客が追加料金で支払う機内販売や免税品販売(国際線)は収入全体の20%に達する会社もあるほど重要な収益源であり、収益が少なければまたも撤退ということになる。

現状、その内容は「鋭意調整中であり、スタッフが知恵を絞って皆さんに喜んでいただき、価値を認めてお支払いいただくような機内食、機内サービス、機内販売品を検討中」(石井社長)だ。社名に冠するバニラアイスの販売は行うというが、その機内販売品を含め、個性のある新しい日本のLCC誕生を期待して待ちたい。

筆者プロフィール : 緒方信一郎

航空・旅行ジャーナリスト、編集者。学生時代に格安航空券1枚を持って友人とヨーロッパを旅行。2年後、記者・編集者の道を歩み始める。「エイビーロード」「エイビーロード・ウエスト」「自由旅行」(以上、リクルート)で編集者として活動し、後に航空会社機内誌の編集長も務める。 20年以上にわたり、航空・旅行をテーマに活動を続け、雑誌や新聞、テレビ、ラジオ、インターネットなど様々なメディアでコメント・解説も行う。著書に『もっと賢く・お得に・快適に空の旅を楽しむ100の方法』『業界のプロが本音で教える 絶対トクする!海外旅行の新常識』など。