明治43年(1910)、大阪初の洋食店として難波・千日前に登場した「自由軒」

ラーメン同様、日本の国民食の代表として全国各地に様々なご当地メニューが存在するカレー。ただ、博多のとんこつラーメンや札幌の味噌ラーメンなどに比べると、ご当地カレーにはそれほど全国的に有名なものが思い当たらない。

そんな中で大阪は、一般的によく知られているようなご当地ラーメンがない代わりに、カレーに関しては個性的なメニューや元祖と言えるメニューが存在するのである。

オダサクも愛した名物「混ぜカレー」

まず大阪の名物カレーの筆頭として挙げたいのが、「自由軒」の「名物カレー」(650円)。自由軒は明治43年(1910)、難波に開業した大阪で最初の洋食屋で、その創業者・吉田四一氏によって考案されたカレーだ。

ご飯の保温技術がなかった時代の対策から生まれた「名物カレー」(650円)

保温機能付きの炊飯器などがなかった当時、「いつでもアツアツのカレーライスを提供するにはどうすればいいか」と考えた吉田氏は、冷めたご飯に熱いカレーをただ掛けるのはなく、混ぜた状態でお客に出すことを思いつく。

そしてその上に、当時はまだ高級食材だった生卵を落とすことでコクと栄養も加わり、この“混ぜカレー”は一躍「庶民にも手が届くぜいたくな洋食メニュー」として人気を得る。

自由軒には、店内で執筆する織田作之助氏の写真が残されている

作家の織田作之助氏もこのカレーを非常に気に入り、自由軒の常連客となった。小説『夫婦善哉(めおとぜんざい)』の中で主人公がこのカレーを食べるシーンが登場したことで更に知名度が上がり、人気メニューとなる。自由軒の店内には、「トラは死んで皮をのこす。織田作死んでカレーライスをのこす」と書かれた作之助氏の写真が今も飾られている。

当時と違い、カレーが全国に浸透してからは、ご飯とカレーを最初から混ぜてしまう食べ方を「品がない」「子供っぽい」と敬遠する人も多く、この“混ぜカレー”に対しては賛否分かれるところでもある。地元大阪でこのカレーが親しまれ続けているのは、「どうせ腹の中に入れば一緒」「結果的にうまけりゃいいだろう」といった、大阪人ならではの合理的な気質に合致したということもあるのかもしれない。

ちなみにこの“混ぜカレー”は、常連客の間で「最初はそのまま、次に卵を混ぜ、最後はウスターソースをかけて」と、3種の味わいが楽しめる食べ方が好まれている。また、同店にはカレーとご飯を混ぜていない状態で出されるカレーもあり、こちらは「別カレー」(650円)という名称になっている。

関西若手芸人が集う「セイロンライス」

“混ぜカレー”タイプのメニューが人気のお店がもう一軒、大阪市内にある。心斎橋・アメリカ村の外れにある「ニューライト」という昭和34年(1959)創業の大衆食堂だ。そして“混ぜカレー”型の人気メニューとは、「セイロンライス」(450円)である。

とろみのほとんどないサラサラのカレーとご飯が混ぜられたもので、一見するとカレーリゾットといった雰囲気。また、こちらにも上に生卵がのっている。

同店には、セイロンライスとは別に普通にカレーもあり、セイロンライスの方はカレーに牛スジを煮込んだデミグラスソース、鶏ガラ・豚骨などでダシをとったスープが加えられている。味は、なり辛めのカレーが好きな人も満足しそうなスパイシー加減で、生卵を混ぜることによって少しまろやかになる。

「セイロンライス」という名前だが、スリランカ料理との関連性は全くない

店内外には若手芸人のサインやミュージシャンのステッカーなどがいっぱい(撮影:ニューライト)

以上、2店のカレーに生卵がトッピングされているのを見て、「え? 何が珍しいの?」と感じる大阪生まれの読者もいるのではないだろうか。実は大阪ではカレーに生卵をかけるというのはそれほど珍しいことではなく、家庭でカレーを食べるときも生卵は欠かせないという人も結構存在する。

●information
ニューライト
大阪市中央区西心斎橋2-16-13 宝泉ビル1F

ちょっとぜいたくな「元祖とんかつカレー」

最後に大阪の名物カレーとして外せないのが、「カツヤ」の「元祖とんかつカレー」(980円~)。このお店はもともと洋食屋で、今もメニューにはビフテキやエビフライなど数多くの品が並んでいる。しかし、元祖とんかつカレーがテレビ番組や雑誌で頻繁に取り上げられ、すっかり“カツカレーのお店”として定着しているお店だ。

厳密に言うと、カツカレーの発祥は東京・銀座の洋食屋「グリルスイス」とされているのだが、こちら「カツヤ」は、“とんかつに合うカレーソース”を作り出したという意味で元祖を名乗っている。

そのカレーソースは野菜を濃縮したエキスを3年間発酵・熟成させたもので、リンゴを始め果物もたっぷり入っており、自然な甘みがあってコク深い味わい。「カレーは激辛が好み」という人にはマイルド過ぎるかもしれないが、確かにトンカツとよく合うカレーソースである。

こだわりの洋食メニューを提供し続ける昭和34年(1959)創業の「カツヤ」

「元祖とんかつカレー」はA(980円)~ヒレカツを使ったC(1,600円)まである

●information
元祖とんかつカレー カツヤ
大阪市浪速区元町2-6-25

この「カツヤ」のほか、大阪に拠点を置くカレーチェーン「福島上等カレー」などもそうなのだが、カレーの味つけが少し甘めでまろやかな味わいとなっている人気店が少なくないのも、大阪の特徴と言えるだろう。

大阪市では今回紹介した3店があるミナミエリア以外に、本町や天満界隈にもカレー専門店がひしめきあっており、更に日本初のレトルトカレーを開発したのが大阪の企業「大塚食品」であるなど、大阪は古くからカレーが盛んなエリアなのである。