3月30日、将棋のプロ棋士とコンピュータ将棋ソフトが対峙する「第2回将棋電王戦」の第二局が行われた。
勝負は、日本将棋連盟に所属する現役プロ棋士5人と、第22回世界コンピュータ将棋選手権で上位に入った5つのソフトが、5対5の団体戦形式で戦う。持ち時間は各4時間。対局は3月23日~4月20日まで毎週土曜日に一局ずつ行われ、結果3勝した方が勝者となる(現在プロ棋士が1勝)。電王戦の主催は、ニコニコ動画でおなじみのドワンゴとプロ棋士の総本山である公益社団法人日本将棋連盟。対局の模様はニコニコ生放送で全対局が生中継されるほか、モバイル用棋譜中継ソフトの「日本将棋連盟モバイル」でも配信される。
3月23日の第一局は、阿部光瑠四段が事前の研究を生かした作戦でコンピュータに完全勝利。プロの力をまざまざと見せつけた。もし今回の第二局もコンピュータが完敗するようなら「なんだコンピュータ将棋って弱いじゃん」と思われかねない。コンピュータ側にとっては崖っぷちの戦いなのである。
プロ棋士側も決して楽な状況というわけではない。第一局では、対戦相手のコンピュータ将棋「習甦」のサンプルソフトの提供を受けていた。本番と同じソフトではないにしても、事前に傾向を探れるのはやはり大きい。今回の対戦相手は「勝負に徹したい」という意向でサンプルを提供していない。そこで負けるようだと今度は「ソフトを提供してもらわないと勝てないのか」とも思われかねない。
では、その崖っぷちの戦いに臨む第二局の対局者を紹介しよう。
プロ棋士次鋒、佐藤慎一四段
第二局でプロ棋士の次鋒を務めるのは、佐藤慎一四段。
今回プロ棋士代表を務める5人の棋士は、故・米長邦雄永世棋聖(日本将棋連盟前会長)が中心となって選んだのだが、その中でも佐藤四段は米長永世棋聖が特に指名して選んだ棋士。それにはちょっとした経緯がある。
米長永世棋聖は「第1回将棋電王戦」でコンピュータと戦って敗れている。その際、人間同士の戦いでは確実に不利になるような、対コンピュータ戦に特化した特殊な作戦を用いたのだが、それを見た佐藤四段は「プロなら対コンピュータ専用の作戦など使わずに勝つべきだ」と言った。なんとも正直……いや、勇気のある発言だ。それを聞いた米長永世棋聖が佐藤四段を呼び出し、こう聞いている。
米長会長:「君なら別の作戦で勝てるのかね」
佐藤四段:「……勝てます!」
米長会長:「じゃあ君が出場しなさい」
かくして、その場の勢いもあり代表に決定した佐藤四段。だが、米長永世棋聖が亡くなった今となっては、直々に指名された形の佐藤四段こそがかたきを討つ使命を託された一番手と言えるのかもしれない。そのことを自覚しているかのように、この日の佐藤四段は和服で登場する。棋士が和服を着るのは、通常はタイトル戦の大一番に臨む時が多い。つまり佐藤四段は、この日の対局をタイトル戦に匹敵する大一番と考えて、最大限に気合を入れて臨んできたのである。
コンピュータ将棋次鋒、Ponanza(開発者:山本一成氏)
コンピュータ将棋次鋒は、2012年コンピュータ将棋選手権4位の「ponanza」(ポナンザ)。開発者は山本一成氏である。
山本氏は、大学将棋の大きな大会で準優勝などの経歴もあるアマチュア強豪で、コンピュータ将棋開発者の中ではトップクラスの棋力(将棋の強さ)だという。そんな山本氏が作成したponanzaは、他のソフトと異なる独創的な特徴を備えている。それはコンピュータ将棋が本来苦手とする「序盤」の能力に重きを置いているということ。
将棋の序盤について少し説明すると、序盤戦というのは、将来の戦いに備えて攻撃や守りの陣形を組み上げる(これを駒組みという)段階のことである。序盤戦でいかに無駄なく効率的な陣形を組めるかどうかで、実際に戦いが始まってからの優劣が決まるといっても過言ではなく、プロ棋士は何百年もかけて効率のいい駒組みを追求してきている。
そのプロの序盤知識を体系的にまとめたものが「定跡」と呼ばれるものだ。定跡を覚えてその通りにさせば、誰でもプロのような序盤を指すことができる優れものである。そして、これまでのコンピュータ将棋ソフトは、この定跡を何百何千とデータに収録して苦手な序盤戦を乗り切ってきたのである。
ところがponanzaは、序盤戦をデータに頼らずに自力で考える方向性を目指しているという。「いまのコンピュータ将棋は、ある特定の部分だけが異常に強くなっていてバランスが悪い。もっと総合的に強くしていかないと、これ以上の進化は難しくなってくる」という趣旨の発言を山本氏は残している。総合的に強くするための方策のひとつとして、序盤を強化したのだろう。
ponanzaの独創的な特徴がプロ棋士との対戦でどのように働くのかは未知数だが、この日の戦いでは、これまでの人間とコンピュータの戦いでは見られなかった何かが見えて来るのかもしれない。……続きを読む