――『星を追う子ども』ではさまざまなシーンが描かれていますが、特に注目してほしいポイントなどはありますか?

新海監督「もちろん全部観てほしいのですが、まずは地上部分がひとつの観どころになると思います。アスナという女の子の日常にだんだんと非日常が入ってきて、地下の別世界に旅立つことになるわけですが、最初の日常部分を描く地上世界は非常に丁寧に描写しています。日本の田舎なんですけど、いわゆる田舎という描写になってしまわないように、それこそ往年の名作的な丁寧さで描いたつもりですし、ただ名作劇場みたいに日常が続くのではなく、そこに異世界が入ってくることも含めて、見応えのある場面になっているのではないかと思います。あとはモリサキとアスナの関係ですね。今回の作品は、ただ単純に展開に身を任せていれば、それなりに楽しかったねって思えるものになっていると思うんですよ。エンタテインメントとして。ただ、みんなで力をあわせて何かを乗り切ろうという話ではない」

――みんなバラバラですよね

新海監督「そう、みんなバラバラの方向を見ていて、微妙な距離をとりつつ、近づいたり、離れたりしている。そういった感覚をポジティブにアニメーションの画面の中で見せたいと思ったんですよ。必ずしも一致団結して何かを倒すという話じゃなくてもいい。そういう価値観だけが大切なわけじゃない。冒険のアニメーションなんだけど、一人で孤独を抱えて何かを考え続けるということを、最終的にポジティブに見せられるものにしたい。僕自身もそういう風に言ってくれる作品が観たかったし、お客さんにもそういうものが届けられれば、自分たちがやっている意味があるのかなって思いながら作りました」

――試写を見せていただいて印象的だったのは、夷族の描写がものすごく怖いところでした

新海監督「ちょっと怖いですよね。トラウマになるぐらい(笑)。あれはいわゆる人間とは別の生き物で、単体、固体の人格があるという描き方ではなく、設定的には白血球みたいな、異物を排するみたいな感じなんですよね。そういう意味では、人格を持った悪者は出てこない作品なんですよ。モリサキも全然悪者ではないですし。そこは、良いところかもしれないし、僕の力が至っていないところでもあるのかなと。魅力的な悪役が出てくる話というのも最初は考えなかったわけではないんですよ。そういうものができれば、それは典型的なエンタテインメントとして面白いだろうと思うんですけど、どうしてもそういうものが描けなかったというのもありますね、僕自身が。夷族みたいなものは出せるけど(笑)」

――さて、今回の作品は地下世界がおもな舞台になるわけですが、その作品のタイトルを『星を追う子ども』にした理由を教えていただけますか?

新海監督「最初はそんなタイトルではなく、『さよならの旅』というコードネームだったのですが、それは端的に言い過ぎているなってずっと思っていたんですよ。たしかにさよならを繰り返していく旅だけど、それだけで終わってしまう。『星を追う子ども』は、本当に最後のギリギリまで考えて、ようやく出てきたタイトルなんです。"星"というのは決して届かないものですが、今回の作品は、みんなが何か届かないものを追っている話だと思います。アスナにとっては姿を消したシュンが"星"かもしれないし、モリサキにとっては亡くなった奥さんが"星"かもしれない。それぞれが手の届かないものを追っているのですが、それを手に入れる話にはやっぱりどうしてもならなかった。星を掴む話にはなれなかったんですね。でも、もともと星を掴んだぜっていう話をやりたかったのではなく、必死に追い続けていて、でもどうしても掴めないものがあって、その上でどうやって生きていくのか……そういう話をずっとやりたいと思っていたから『星を追う』。そして、モリサキも含めて『子ども』っていう言葉が出てきて、これが内実を表しているのではないかと思って、最終的には『星を追う子ども』というタイトルになりました」

――それでは最後に、公開を楽しみにしているファンの方へのメッセージをお願いします

新海監督「2年かけて、それなりに苦労して、まあ休みなしに作ってきたんですけど(笑)、映画を作り終わって清々した気持ちでいるかというと、全然そういうことはなく、やっぱり皆さんに観てもらわないと仕事が終わらない感じなんですね。観てもらって、初めてそこで仕事が一段落したという気持ちになれるので、ぜひ観てほしいという気持ちがとにかく強いです。全力で作った作品なので、それをどうやって受け止めてもらえるのかなっていう気持ちでいます。いろいろな見方ができる作品になっていて、ひとつの価値観を強烈に提示して、こう生きるべきだって言っている作品ではありません。それは、僕自身がそういう言い方を誰かに対してできないからでもあるのですが、でもそう言えない分、いくつかの選択肢や、いくつかの価値観を同時に並列して、良し悪し論ぜずに述べている作品になっていると思います。そういったあいまいなものをエンタテインメントとして、何とか楽しめる形で構成していったつもりなので、ちょっと複雑なことをやってはいますが、単純に観てもらって楽しんでもらえる作品にもなっているはず。そのあたりも実際に観て、確かめていただければと思います」

――ちなみに、次作の構想などはありますか?

新海監督「構想はありませんが、先ほどお話したとおり、これが初監督だって思えるぐらい、学べることが多かった日々だったので、もう1本ぐらい映画を作れるかなっていう気持ちになっていて、もう一回、2時間の長編のアニメーション映画を作ってみたいなと思っています。内容はまだないんですけどね(笑)」

――そのあたりも楽しみにしつつ、本日はありがとうございました

■新海誠監督プロフィール
1973 年長野県生まれ。5 年間のゲーム開発会社勤務を経て、映像作家として活躍中。2000 年「彼女と彼女の猫」を発表し、心の琴線に触れる作品性が高く評価された。2002 年フルデジタル作品『ほしのこえ』を発表。同作品で新世紀東京国際アニメフェア21「公募部門優秀賞」はじめ多数の賞を受賞。2004 年初の長編作品『雲のむこう、約束の場所』を全国公開。2007 年、連作短編アニメーション『秒速5センチメートル』でアジアパシフィック映画祭「最優秀アニメ賞」、イタリアのフューチャーフィルム映画祭「ランチア・プラチナグランプリ」などを受賞。

劇場アニメ『星を追う子ども』は2011年5月7日(土)、シネマサンシャイン池袋、新宿バルト9ほかにてロードショー。配給はメディアファクトリー/コミックス・ウェーブ・フィルム。

■『星を追う子ども』おもなスタッフ
原作・脚本・監督 / 新海誠◆作画監督・キャラクターデザイン / 西村貴世◆美術監督 / 丹治匠◆音楽 / 天門◆制作 / コミックス・ウェーブ・フィルム◆配給 / メディアファクトリー/コミックス・ウェーブ・フィルム

■『星を追う子ども』おもなキャスト
アスナ (渡瀬明日菜) / 金元寿子◆シュン/シン / 入野自由◆モリサキ (森崎竜司) / 井上和彦◆リサ / 島本須美◆マナ / 日高里菜◆ミミ / 竹内順子◆アスナの母 / 折笠富美子
(C)Makoto Shinkai/CMMMY