大聖堂の鐘を聞きながら
勾配のきつい山道を抜けて、私たちはフライブルクへと戻ってきた。旧市街は路面電車(LRT)と自転車、歩行者だけに通行が制限されており、車両の乗り入れができないため、パーキングに車を停めて歩く。このパークアンドライド制度は、フライブルクの特徴的な環境行政の一環だ。かつて、大気汚染と酸性雨が原因とされるシュヴァルツヴァルトの大々的な木々の立ち枯れ事件を機に、住民と行政はこのような環境優先の施政へと大きく舵を切ることとなった。そしてフライブルクは、世界有数の環境首都と呼ばれるようになったのである。太陽光発電を中心とした自然エネルギーの利用も盛んで、私たち日本人が今まさに直面しているエネルギー・環境危機に対するたくさんのヒントがここにあると感じさせる。
「フライブルクは、ドイツの中でも日照時間が長くて太陽発電に向いているんだ。また、シュヴァルツバルトの豊富な雪解け水を利用した水力発電も行われてきたんだよ」
市街の道路には細い排水路が張り巡らされている。これはレンガの道路の水はけを補助する仕組みだが、流れる水は美しく澄んでいて、ラルフの言葉どおり、黒い森が湛える豊かな水量を物語っていた。
見どころは、なんといっても街の中心に位置する大聖堂だ。閉館時間が迫る夕刻にも関わらず、日曜ということもあってか、大勢の人々が礼拝に訪れていた。
ドイツゴシック建築の傑作のひとつと讃えられる、フライブルクの大聖堂。街並みを見下ろす巨大な鐘楼は、その重厚な造形と相まって力強い父親のイメージを抱かせる |
大聖堂の中は、決して撮影条件の良い場所ではない。が、EX-ZR100ならダイヤルをベストショットに合わせてやるだけで、階調の豊かな美しい写真を撮影できる |
灰色の空にフライブルク大聖堂の鐘が鳴り響く。ちなみに、EX-ZR100は動画撮影中のズーム操作も可能 |
聖堂内で思わず息を呑んだ。そこには、荘厳という言葉では語り尽くせない空間が無限に広がっていた。厳粛に響くパイプオルガンの音色。慈しみ深いマリア像のアルカイック・スマイル。繰り返す波のように揺れる、ろうそくの炎。外界から隔絶された、悠久の時間が流れる小宇宙がそこにあった。
カメラの操作音とシャッター音、フラッシュをオフにした。今日のカメラがEX-ZR100で本当に良かったと思う。この場所で一眼レフのシャッター音を無粋に響かせながら撮影し続ける神経は、大抵の人間は持ち合わせていないはずだ。
夢中でシャッターを切るうち、テーブルの上に一枚の紙と一冊のノートが置かれているのが目に入った。その紙には、次のように書かれていた。
外に出ると、再び雨雲が広がっていた。私たちは空に響く大聖堂の鐘を聞きながらレンガの道を歩いた。ドイツは---特にシュヴァルツヴァルトは、とてもいいところだね。景色は美しいし、人々も優しい。そして社会と歴史を守ろうとする理性を感じるよ。するとラルフは、
「そういってくれるのはすごく嬉しい。でも、日本人だってすごく優しくて親切じゃないか。私は神戸に旅行したことがあるけれど、多くの日本人に親切にしてもらった。だから、今回そのお礼ができたなら嬉しいよ。それに、そんなにすごいカメラを作る頭脳だってある。きっと、今回の災害も乗り越えられると信じている」
コートのポケットからEX-ZR100を取り出して、ホテルへ向かって歩き出す。背面液晶で写真を再生すると、ラルフとの会話もまた脳裏に甦った。ステレオ音声のフルHDムービーやパノラマ、HDRアートを含めて、すでに300枚以上を撮影していたにも関わらず、バッテリーにはまだ余裕がある。やっぱり、ホテルには少し遠回りをして帰ろうか。久しぶりの日本語でそうつぶやいて、私は薄暮のレンガ路を再び歩き始めた。