噂のサブスクリプション型日刊紙「The Daily」登場

2月2日(米国時間)、米ニューヨーク市内で開催されたイベントで米News Corporationと米AppleによりiPad専用日刊紙「The Daily」が発表され、App Storeからのダウンロードが可能になった(米国IDが必要)。今回、The Daily発表と同時にiTunesを利用したサブスクリプションサービスの提供が開始され、コンテンツ購読アプリ内からiTunesの課金システムを通して記事の定期更新が可能になった。今回はこのサブスクリプション機能を中心に、両社の新サービスについてみていこう。

AppleのWebサイトのトップページはThe Dailyの告知広告に

The Dailyは業界初のiPad専用日刊紙だ。コンテンツを制作するのはNews Corp.が業界各所から集めた著名スタッフ100名以上で、同社CEOのRupert Murdoch氏によれば初期投資コストが3,000万ドル、週間の制作コストだけで50万ドルに達するという一大プロジェクトだ。紙面の購読にあたって、ユーザーは1週間あたり99セント、または年間39.99ドルの2種類のプランが用意されており、iPad日刊紙を読むのに「1日あたりわずか14セント」というのがキャッチフレーズだ。正直な話、単純計算で最低でも50万人以上の購読者を集めなければ制作コストがペイしないわけで、実質的な購読者はさらにその倍以上は集めなければビジネスとしてはきついだろう。

News Corp.傘下のWall Street Journalの購読部数が約200万部、オンライン版の購読者数はさらに少ないことからわかるように、100万人以上の購読者を集めるのはかなり至難の業だ。それにもかかわらず、(筆者からみて)意欲的な価格付けを行い、比較的贅沢な作りを行っているあたり、iPadとオンラインという特性を活かして広く購読者を集めることでビジネスが成立すると判断したのだと考えられる。実際の紙面の出来は読者の方々が自らダウンロードして試してみてほしい。なお、初回特典として今回はVerizon Wirelessがスポンサードとして紙面をバックアップしており、2週間に限り無料購読が可能となっている。

The Dailyのスプラッシュスクリーン

起動直後の状態。Verizon Wirelessのスポンサードにより、2週間の無料購読が可能となっている

今回の紙面はエジプトの内乱特集。画面右上にニューヨークの天気情報が掲載されているが、起動時に位置情報の取得を尋ねる警告メッセージが出現し、ここで位置情報を読み取れた場合は自動的に現在の居場所がセットされる

課金までの手続きをチェック

さて、今回の新サービスの肝の1つであるサブスクリプションをみていこう。これは従来のアプリ内課金、通称「In-App Purchase」をさらに発展させたもので、アプリ内での記事購読を可能にする。従来のアプリ課金の仕組みではコンテンツの1回買い切り方式が中心で、サブスクリプションにみられるような「購入後一定期間の継続したコンテンツの追加ダウンロード」「契約期間に応じた割引き」といった柔軟なオプションの設定が難しかったことがある。この配信と課金の仕組みを同時に備えたのが新サービス「In-App Subscription」となる。使い方は簡単で、今回のThe Dailyの場合、2種類ある料金プランのいずれかを選択し、Apple IDの入力で会計を済ませるだけだ。すると購入した契約期間に応じて有効期限が自動的に延び、必要であれば再度契約するだけでいい。非常にシンプルで使いやすいのが特徴だといえるだろう。

画面右下の矢印アイコンを選択すると設定画面へと移動する。一般設定はNotificationの有無とスタートアップ画面の設定、そして「星座」と郵便番号(ZIP)の登録を行う

こちらがアカウント情報の登録/管理画面。先ほどのスポンサードの関係により、2週間分の無料お試し期間が設定されていることがわかる

「Subscribe」ボタンを押すと、料金プランの選択画面が表示される。確認のダイアログが出現後、Apple IDの入力が求められる。これはiTunes Storeのアカウントとクレジットカードで支払いが行われることを示している

会計が終了すると、紐付けされたメールアドレスにすぐに領収書が送られてくる。iTunes Storeでの買い物は半日-1日程度のラグがあるため、このレスポンスのよさには驚く

読者、コンテンツ提供者のメリット/デメリットは?

今回の新サービスが、われわれ読者にとってどのようなメリット/デメリットがあり、逆にコンテンツ提供者側にメリット/デメリットをもたらすのだろうかを簡単に検証してみよう。

まず前述のように、われわれ読者にとっての最大のメリットは使いやすさだ。これまで、この手の新聞や雑誌コンテンツの購読は事業者やアプリごとにばらばらに存在しており、個別にID/パスワードの管理や支払いを行わなければならなかった。この方式なら覚えるIDとパスワードは一種類で済むし、契約期間も一目瞭然だ。これは管理面でいえばセキュリティ的にも有利であり、クレジットカード番号漏洩の危険性が少なくなるメリットがある。一方でデメリットを考えると、個人情報をどこまでコンテンツ事業者側に手渡すのかという部分が重要になる。

Appleは今回の新サービス開始にあたり、iTunesの利用規約を更新している。おそらく今日以降に同サービスを利用したユーザーであれば、iTunes上で利用規約更新の同意画面を見たことだろう。この「Terms and Conditions」の規約の中に新たに「In-App Subscribe」の項目が追加されており、ここでデータの取り扱いについての注意点が書かれている。全文はIn-Tech BBiClarifiedのサイトを確認していただくのがいいが、ここでは「無料お試し期間の設定は事業者しだい」「サブスクリプションの自動更新はコンテンツの価格改定で自動終了」といった内容が読み取れる。また「Manage App Subscriptions」という項目から購読の自動更新を終了することが可能で、ここでは料金プランの逐次設定も可能だという。現時点でこのメニューは確認できていないが、ユーザーにわかりやすい形での契約内容管理やキャンセルが可能だということだ。

ここでの注意点は、これがコンテンツ提供者側のニーズを満たしているのかという点だ。コンテンツ事業者側ではユーザーの個人情報を常に欲しているが、それはクレジットカード番号だけでなく、ユーザー属性(例えば住所や年齢、属性など)を入手して記事制作や広告営業に役立てるためだ。だが前述のように、Appleから事業者側に渡される情報は名前、電子メールアドレス、郵便番号のみで、これらに必要なデータがすべて用意されているかは微妙なところだ。しかもこれらデータの受け渡しは必須事項ではないため、多くの読者は「Don't Allow」を選択するだろう。「こうした仕組みは本来出版社や新聞社などのコンテンツ事業者が望んでいるものではない」とpaidContentでは指摘している。

paidContentではThe Dailyの記者会見における質疑応答にも触れており、最近問題になっていた「Appleが外部課金を禁止する」というニュースの補足を行っている。これはAppleがソニーの「Sony Reader」アプリの登録申請を却下したことにもリンクしているが、Appleとしての公式スタンスはあくまで「In-App Purchaseの仕組みを導入する場合に限り、アプリ外部での課金も許可する」といったものだ。つまり「独自のサブスクリプションや課金システムを導入してもいいが、必ずIn-App Purchaseをオプションとしてつけること」ということになる。少なくとも外部課金の強制排除ということではないようだ。コンテンツ事業者にとっては、In-App Purchase (今回のIn-App Subscription含む)の導入は「ユーザーがより課金コンテンツにお金を支払いやすくなり、ビジネスチャンスが広がる」というメリットを享受できる一方で、「Appleに3割の手数料をとられる」「必要な情報がすべて入手できるわけではない」というデメリットをもたらす。最終的にはIn-App Purchaseで広がるぶんのビジネスチャンスと独自課金での貴重な顧客との間でどうバランスをとるかという点だとみられるが、悩ましい問題だ。

Apple IDの入力後、個人情報(名前、メールアドレス、郵便番号)をコンテンツ制作者側に送信してもいいかの確認を求められる。ちなみにここで「Don't Allow」を選択しても、コンテンツ閲覧には影響ない。これが完了すると「Subscribe」ボタンが消滅する

"Subscribe"とは別に、コンテンツ事業者(この場合はNews Corp.)に直接ユーザー登録することも可能だ。名前、メールアドレス、パスワードを設定し、次回からこの情報でサインインすることができる。もちろんサインインしなくてもコンテンツの閲覧には問題ないが、今後はこうした情報に基づいたコンテンツ配信や特別アンケート実施などが行える仕掛けが用意されているのかもしれない