──12時間生放送を企画した背景は?

横澤 実は最初から12時間生放送をやるつもりはなかったんです。最初に産経新聞さんが「Web面」を立ち上げるにあたって「なにかできないか」という話から入っていきました。その時点でニコニコ動画では毎日生放送を配信していたので、流れで「生放送コンテンツがテレビ欄に載っていたらおもしろいよね」という発想になって、とりあえず7月30日の産経新聞テレビ欄の広告枠を押さえました。それが放送3週間前の話です(苦笑)。

──ニコニコ動画らしい気がします

横澤 「12時間生放送をやろう」というよりは、「24時間の広告を買っちゃったから、どう埋めようか」という発想でした。そして枠を埋めていく会議の中で、(プロデューサーの)原と話しながら、「いま出せる最大はなんだろう」と。ニコニコ生放送を開始したのは2007年12月25日です。キャスティング面でも企画内容でも「2年間の集大成を見せよう」って。ユーザーとコミュニケーションするノウハウも蓄積していますし。そうして内容を決めていくとだいたい12時間になったんです。

──企画内容はどのように作り上げたのでしょうか

横澤 ちょうど民放も24時間テレビ(NTV)や26時間テレビ(FNS)の時期だったので、そのオマージュを縦線にしながら全体を構成していきました。たとえば、お決まりの「誰かが24時間走る」とかを入れながら、どうすれば(24時間番組の)雰囲気が出るかなと。それと、せっかく産経新聞の首都圏版(のテレビ欄)に載るので、新規ユーザーの獲得が見込める。既存ユーザーを満足させる必要はありますが、新しく入ってきた人に対し、「ニコニコ動画とはなにか」「コメントに対してどう遊んだらいいのか」などを理解してもらうハウツー的な番組も盛り込みました。そこには、テレビやラジオではできない"ネットならではの良さ"をいかした番組作りを心がけました。ネットの自主規制の範囲でやっていける面白さを追求すると。我々が持てる最高のカードをすべて切ったといっても過言ではないですね。キャスティングも含めて。

──ダウンタウンの浜田雅功さんが出演して話題を呼びましたが、大物タレントを呼ぶという考えがあったのでしょうか

 それはありませんでした。テレビ業界で生きている人たちって、PCや携帯の世界にはなかなか足を踏み入れづらいんです。タレントもマネジメントする事務所も、ネットをメディアとしては認識しているけれども、踏み込みづらい。とくにPCにはいろいろと無料でできる文化があります。そうするとマネジメント側としてはタレントのスケジュールを切りづらい。ただ、いずれはテレビとネットは融合するところが出てくる。だから、(ネットの世界に)足を踏み入れやすい状況を我々が作るべきなんじゃないかなと。その一番最初に浜田さんのような人に出演してもらうと、次の世代の人が出やすくなるとは思いました。

──ニコニコ生放送に対してタレントや所属事務所はどういう印象を持っているのでしょうか

 ニコニコ動画はYouTubeとちがって画面上に文字が流れるので、自分の顔がつぶれてしまいます。それをイヤがる事務所もタレントさんもいらっしゃいます。「コメントが荒れたらどうしよう」「誹謗中傷を書き込まれたらどうしよう」と不安な材料も多いと思います。でも、帯番組(※)をやっていて思ったのですが、実際に出演して生放送を経験すると、ユーザーからすぐに反応があることを出演者はすごく面白がってくれます。NGワードにも一番気を遣っていて、いままで生放送が荒れたことはありません。浜田さんも最初はまったく理解していなかったと思います。テレビ業界の人なので、普通は番組の企画も暗黙の流れもきっちりと計算式として入っている。でも、ニコニコ動画というネットの世界のことはまったく知らないんです。だから、「わからないから出ない」のではなく、「一緒にやって面白がってもらえればいいな」と。いまは(多くのゲストに出演してもらい)一つひとつ種を蒔いていく時期なのかもしれません。

※ニコニコ生放送の帯番組「とりあえず生中(仮)」。月~金・21時から放送中。

──出演にあたって浜田さんとはどういったやりとりを?

 (テレビ業界であれば)2時間構成の番組だと、細かい内容を持って行くのですが、まったく何も持って行かずに「とりあえず当日来てください」と。「ネタは用意します、CMはありません、2時間ぶっ通しです、出演者は名前のある人で固めます、ラクに来てください」という話をすると、怒ってはいないのですが、笑いながら「それは仕事なのか趣味なのか」と言うわけです。そういう仕事の仕方をしてきたことはないぞ、と。テレビ業界ではありえないことです。でも、ネットの世界では、テレビみたいに決め決めでやってしまうと、ユーザーに受け入れてもらえない。ダラ~っとやれということではなく、双方向の放送なので、双方が楽しめることをキチキチ決めずにできる点がニコニコ生放送の面白味なんです。浜田さんは、番組開始前のホリエモン(堀江貴文)とひろゆき(西村博之)のトーク番組を見て「ありえへんやろ」と笑っていました。ただ、"ありえへん"という番組を楽しんでやっている我々と、その状況を楽しんで出ている二人、ユーザーとのやりとりというところに驚きもあったようです。結果、ギリギリトークをやってくれましたけど(笑)。

──梅宮辰夫さんが途中退席していましたね

 ええ(苦笑)。テレビだと放送倫理の問題で放送禁止用語があります。もちろんネットでもありますが、私の説明では「ないです」と言ったんです。当然、浜田さんは言って良いことと悪いことの区別はしっかりしてますが、それでもちょっと踏み外してやってくれました。時間が押しても本人はやりたそうでした。

──浜田さんはニコニコ生放送についてどういった感想だったのでしょうか

 この前(放送3週間後)、本人に会ったら、いきなりニコニコ生放送の話をされたんですよ。ということは、楽しんでやってくれたんでしょう。これなら次のタイミングもあるなと思いました。彼なりに情報収集したみたいで、ネットでも悪いことは書かれていないということで気持ちも良くなっているんじゃないかなと。浜田さんから「ニコニコ出たけど」って周囲の人たちに伝えてもらい、テレビの世界の人たちがこっち(ネット)に出やすい環境を作れるといいですね。タレントさん(のネットへの理解)がクリアになるということは、事務所もクリアになるということ。事務所のほうが腰が重い部分はありますが、ネットを理解してもらえれば……。

──浜田さんの司会ぶりには、「やはりプロはちがう」という声もありました

 それが正解かどうかはわかりません。あまりテレビ寄りの人が出しゃばると、ネット業界の人は不愉快になる部分もあるかもしれない。だから、もうちょっと崩し気味というか、かっちりとプロ然とせずにやるほうがいいのかなと思う面もあります。「テレビではないんだから」と言い聞かせて、お酒を飲みながらやってもらったり。もっとユル~イ感じで、フジテレビさんの26時間テレビの時の(明石家)さんまさん、(島田)紳助さん、中居(正広)さんの3人で話をしている時のような、ああいう感じのもっと浜田さん寄りのものができればいいかなと。もちろん、ネットユーザーが面白いと思ってくれるかどうかは別ですが。ただ、テレビの世界の人も(ネットを)すごい意識している。そういうお互いに刺激し合える番組をニコニコ動画でもっともっと出来ればいいなと思っています。

横澤 歴史的一歩だと思っています。浜田さんが出たというのは、いろいろな人がニコニコ生放送に出る布石を作ったこと、テレビと同レベルのキャスティング能力があることを示すきっかけになりました。

横澤 ちなみに、浜田さんのトーク番組の後は真逆の番組を入れようと思いました。大物芸能人側をニコニコアーティストにしようと。一般的な認知度のある浜田さんの番組とニコニコ動画で同等の認知度のある人を並べることで、ギャップが出るかなと。全員集めると"1,000万再生"くらいのニコニコアーティストを呼んで、同じようなトーク番組(ニコニコ音楽祭2009)をやったわけです。手応えはよかったですね。ホッとするんです。浜田さんが出ていると緊張感があって、視聴者のほうにも緊張感があったと思います(笑)。それが2時間後には「これがネットの本来の……」でホッとして終われました。