もうまもなく、今世紀最大といわれる壮大な天体ショーが繰り広げられる。2009年7月22日の皆既日食だ。日本の陸地では、北は鹿児島県の種子島・屋久島から南は奄美大島・喜界島までの間、あるいは小笠原諸島の南方島嶼において観測できるが、中でも人が住む土地で皆既日食時間が世界最長かつ今世紀最長になるとして話題を呼んでいるのが、トカラ列島の悪石島(あくせきじま)である。この島での皆既日食は6分25秒にも及ぶ(*1)。そこで皆既日食を前に、一大イベントを間近に控えた悪石島を訪れた。

【*1】有人島を除く陸地では、小笠原諸島の北硫黄島が最長となる(6分35秒)。

世紀の大イベントを前に、秘境の島は今……

鹿児島県十島村。種子島・屋久島と奄美大島の間に、飛び石状に連なるトカラ列島の島々から成る村だ。村名は十島だが、有人島は7つ、ほかに5つの無人島がある。そして人が住む島々と県庁所在地・鹿児島を「フェリーとしま」が結ぶ。航空機やヘリによる空の公共交通機関はない。フェリーとしまも通常は週に2往復のみ(鹿児島‐奄美大島の名瀬が1往復、鹿児島‐宝島が1往復)。まさに秘境である。

鹿児島を出航したのは前日の深夜、23時50分のこと。最初に寄港する口之島から、中之島、平島、諏訪之瀬島を経てさらに5時間弱、午前11時少し前に、フェリーとしまは悪石島へ入港した。鹿児島から数えるとおよそ11時間の船旅である。フェリーはこのあと、小宝島、宝島と寄港して夕刻には名瀬にたどり着く。

フェリーとしまは23時50分に鹿児島港からトカラ列島へ向けて出航するフェリーとしま。総トン数1,391t、旅客定員は200人である。皆既日食期間はダイヤの調整で対応するそうだ

悪石島。この名前を目にして一瞬たじろぎを覚えない人はあまりいないだろう。由来としては平家の落武者伝説に端を発するという話もある。その不気味な名を誇示するかのように、周囲12.6km、面積7.5平方kmの狭い島内に標高584mの御岳がそびえる姿は、外界からのアプローチを拒絶しているかのようでもある。平地は少なく、どこに行っても傾斜が急な坂にあふれている。

港には荷物の積み下ろし作業をする人々に加え、下船客を迎える島の人たちが待っていた。この島には宿が5軒。いずれも小さな民宿だ。港からは山の上の集落(上集落)につながる急勾配の坂道が上っている。5軒のうち1軒だけがその坂の途中にあり、残る4軒は上集落にある。今回お世話になったのは、上集落の「民宿中村荘」。御年86歳の中村スエさんが一人で切り盛りしている。宿には海底ケーブルのメンテナンスを行う潜水作業のプロフェッショナルが3人、先客として泊まっていた。彼らはもう2カ月、この宿に滞在しているという。観光資源を持たない離島では、宿泊客といえばこのように仕事、とくに公共事業に携わる人がほとんどだ。

港から見上げる。島に平地はほとんどない。山の上のほうに白い道路が見えるが、集落はそこを登っていったさらに先。港から歩くと25分くらいはかかるだろうか。しかもかなりの急勾配なので、徒歩ではつらい

フェリーとしまは人間だけでなく生活物資や食料も運んでくる(Amazonからの書籍もちゃんと届いていた)。フェリーが着くと、各家から車で荷物を受け取りにくる。港で働く人も合わせれば、人口70人の半分はここに集まっているのではないか

今回お世話になった民宿中村荘。島には合わせて5軒の民宿があるが、どこも同程度の小規模な宿だ。中村荘では皆既日食のツアー客を10人受け入れるそうだ。中村スエさんは86歳とはとても思えない元気ぶりで、笑顔もとってもチャーミング。豆腐をはじめ島伝統の手料理がすばらしい