また、効率的なゴミの収集を実現するためにダストシュートが設けられた団地もあったが、湿度の高い日本では集積場所で生ゴミが腐敗し悪臭を発したため、結局使用禁止となったところがほとんど。そのほか、コンクリート製の高気密住宅も一般的ではなく、結露で壁にカビが生えるという現象も知られていなかった。なぜ壁の内側が湿るのか原因が分からず、「年数が経ってコンクリートが乾燥すれば解消される」といった誤った説明がされることもあったという。当時の入居者にとってはたまったものではないが、このように早期に蓄積された苦い経験が、その後日本の集合住宅の品質向上につながったという側面も大きい。
公団では、大量の住宅を効率よく建設するため、間取りから窓の大きさに至るまであらゆる設計要素を標準規格化し、それを各団地で共通採用することでコストを圧縮した。このことから、団地というと画一的で無機質なものの象徴としてとらえられることも多いが、それは本質から外れた一面的な見方、と照井さんは反論する。「『標準設計』の採用は、限られた予算の中で良いものを作るために行われたことで、何もお金をケチってそうしたわけではないんです。公団住宅ではその分、なけなしのお金を使って住棟の周りの緑を整備するなどしていた。今の民間デベロッパーに同じことができるでしょうか」(照井さん)
確かに、会場となった花見川団地を歩いてみても、棟と棟の間の空間にはかなりの余裕があり、自動車が通る部分以外には丁寧に緑化が施されているのがわかる。容積率いっぱいに建てることが半ば当然となっている都心の住宅地を見慣れた視点からすると、かなりぜいたくな土地の使い方をしているようにも感じられるほどだ。
全国各地で団地の開発が始まった当時は、郊外の原野に突如として大きな建物が列を成して建ち並んだことから、「団地が緑を壊している」と批判されることもあった。確かにそのような側面がないわけではないが、前述の通り、敷地内を積極的に緑化している団地も多い。団地の周囲にあった田畑が後年宅地として分譲された結果、かつて畑だった場所にすき間なく戸建ての住宅が建ち並び、反対に団地の中には豊かな緑が生い茂るといった、逆説的な状況が生まれている場所もあるという。
このような団地の思わぬ"効用"は、団地が建ってから何十年という歳月が経過した今になってようやくわかってきたことだが、今から50年以上前、「新しい日本人のふるさと」の実現を本気で考えていた人々がいたことの証左だと、照井さんは強調する。
|
|
|
団地ジオラマの製作を趣味にしているみしざわさんによる作品の展示も行われた。右の「51C型」と呼ばれる1951年の標準設計が最初の作品で、団地史に残る画期的な設計であること、図面等の資料が入手しやすいことが初作品に選んだ理由だという |
|