公団住宅が夢だった時代

次にプレゼンテーションを行った江口義久さんは、公団住宅に育ち、一人暮らしを始めてからも数々の公団住宅に住んで渡っているという、"住団(すみだん)"タイプの団地愛好家だ。昭和40年代、江口さんの実家が公団住宅へ引っ越した当時の様子を今に伝えるさまざまな資料を披露してくれた。

都市部での住宅難がピークを迎えていた昭和40年代、公団住宅には入居希望者が殺到し、抽選倍率は100倍以上になっていた。「夢の公団住宅」と呼ばれたあこがれの団地に住むべく、続く落選にもめげずに応募ハガキを送り続け、やっと当選した喜びは大変なものだったようで、江口さんの実家には、当選を伝えるハガキや、契約時の書類などが今でも大切に保管されていた。

公団住宅入居の抽選に当選したことを伝えるハガキ。現在まで大切に取ってあるということから、当時の喜びがいかに大きなものだったかがわかる

募集案内を見ると、入居時の負担を減らすため、入居当初の家賃は安くし段階的に引き上げていく「傾斜家賃制度」がとられていたことや、落選回数に応じて当選確率が上がるようなシステムが導入されていたことがわかる。現在も、多数回落選者を優遇する方式は公営住宅などでとられているが、当時の資料を見ると「落選回数30回以上の方に限る」といった応募区分があり、30回連続の落選も珍しくなかったことを物語っている。

見事当選して公団住宅へ入居すると、公団が業務を委託している業者や、近隣の商店・銀行などから大量のパンフレットが届く。入居直後に入り用となるさまざまな商品を斡旋するものだが、どのパンフレットの表紙にも大きく「ご入居おめでとうございます」の文字が躍り、公団住宅という大きなステータスを得た入居者の自意識を否応なしに高めてくれる。

最寄り銀行の支店長からも「当団地は静かな環境に恵まれた便利な団地で みなさまには さぞ快適なご生活をなされることと存じます」と祝福の挨拶状が届き、口座開設を勧められる。諸々の品物を斡旋する「団地サービス」は、現在の日本総合住生活(JS)だ

各商品のキャッチコピーも実に奮っており、それは例えばこうだ。「お部屋を楽しい豪華なムードで、明日への活躍をお約束するカーテン、カーペット」「あなたの洗面所をBeautifulにする《鏡付化粧棚》」

「明日への活躍をお約束」

「あなたの洗面所をBeautifulに」

斡旋される商品には、トイレのフタ、ガス台、洗面所の鏡など、本来であれば作り付けであるべき必需品も含まれる。これは、当時の大量の住宅の建設に追われていた公団が、住宅1戸あたりのコストを少しでも下げるため、その費用の一部を実質的に入居者が負担する形にしていたという側面もあるようだ。

江口さんは現在、神奈川県藤沢市の辻堂団地に住んでいる。当初は賃貸で住んでいたが、同じ団地内の海側にある分譲地区で売りに出された部屋があり、初めて内覧したその日に購入を即決したという。辻堂団地は入居開始から40年以上が経過している団地だが、江口さんの購入した物件は3DKを2LDKにリフォームした部屋で、内部の見た目や使い勝手は現代的なマンションと遜色ない。年数の経った建物でも「リニューアルやリフォームをすれば十分快適な生活が送れる。まだまだ団地は現役」(江口さん)。

郊外住宅のチラシに描かれるイメージフォトのような風景だが、イメージではなく本物の辻堂団地周辺だ

リフォーム物件なら、玄関をくぐれば中はもう現代のマンションと変わらない

団地ブームが「国民の財産」を議論するきっかけにも

行政改革の一環として独立行政法人の民営化が進められている中、都市再生機構の今後についても検討が続いている。公団住宅自体も、老朽化の進んだものから取り壊し、用地を民間に売却するといった動きがある。確かに、行政によって手がけられた事業につきものの不経済・不合理な点があるのであれば、それは改めるべきだろう。しかしそういった問題以前に、公団住宅はそこに住む人々の生活の場であり、入居者の立場からの議論が欠けているのではないかという声もある。

長年公団住宅に住む江口さんは「広大な土地にゆったりと建物が建てられている、こんな賃貸住宅は公団住宅しかない」と話しており、安易に資産を売却すれば、圧迫感のあるマンションが建ち並ぶようなことになりかねないとして、現在進められている公団住宅の見直しのやり方にはやや否定的だ。公団ウォーカーの照井さんも、最近の集合住宅では、売る側・買う側ともに付帯設備などの見てわかりやすい部分ばかりに注目しており、大局的・長期的な視点に立った街づくりの意識が不十分ではないかと指摘する。

プロジェクトDでは、単に団地を「見て愛でる」だけではなく、団地の持つ良さをあらためて考えたり、老朽化した建物でも、特に価値の高いものについては保存・有効活用の道を探ったりといった活動も行っていきたいとしている。住民の高齢化や人々のライフスタイルの変化を受け、団地のあり方が転機を迎えた今、国民の財産とも言える公団住宅をどうしていくべきか、昨今の団地ブームがその議論のきっかけになるかもしれない。高齢単身世帯が増加傾向にあるといった社会背景もあり、いま団地に住んでいない人にとっても、必ずしも無関係な話とは言えない。

これも団地のジオラマ? ではなく、商店街に軒を連ねる名店がイベントのために用意したお弁当

素朴な献立だが本当に美味。花見川団地ができた40年前から変わらない味をテーマにしており、実際に当時から営業しているお店が協力している

少なくとも、「団地」をテーマにしたイベントがこれだけの盛り上がりを見せたという事実は、団地が、まだまだ知られていない魅力を潤沢に秘めた存在であるということを示しているといえよう。