恵比寿にお目見えした複合アートスペース、NADiff A/P/A/R/T。設計を手がけたのは菊地清氏

アートファンが集まるスポットとして親しまれてきた表参道のアートショップ「NADiff(ナディッフ)」が昨年閉店した。ある日行ってみたらビルそのものが解体されていて驚いた方も少なくないだろう。同店からは、それほど間を置かずに再会できるとの告知があったものの、その後、半年あまりが経過していたが、いよいよ、7月7日、新天地の恵比寿に『NADiff a/p/a/r/t(ナディッフ・アパート)』としてオープンした。

NADiff a/p/a/r/tは新たに建設された複合ビル「NADiff A/P/A/R/T(ナディッフ・アパート)※」の地下1階と1階に入居。2階には「Art Jam Contemporary(アートジャムコンテンポラリー)」と「G/P gallery(ジーピーギャラリー)」、3階に「magical, ARTROOM(マジカル・アートルーム)」と3つのギャラリーが、4階には喫茶&スナック「MAGIC ROOM?(マジックルーム)」が入居しており、まさにアートのアパートメントだ。

表参道は半地下だったが、NADiff a/p/a/r/tは明るい店内が印象的だ

※NADiffの店舗は小文字で「a/p/a/r/t」、ビル全体は大文字で「A/P/A/R/T」と表記する

最先端のアートに触れることができる品揃え

施設の中核をなすNADiff a/p/a/r/tは、美術和洋書やアートグッズを扱うアートショップ「NADiff a/p/a/r/t」が1階に、地下1階にはアートショップと連動した展覧会を展開する展示スペース「NADiff Gallery(ナディッフ・ギャラリー」がある。

書棚ひとつを隔てただけだがじっくり本選びができる

1階のアートショップは入り口すぐの左手にアートグッズがあり、右手は現代美術や写真を中心とした最新の美術和書を展開する、明るく躍動的な売場となっている。これとうってかわって書棚で仕切られた奥の美術洋書の棚は、図書館のように静かなスペースとなっており、じっくり本選びができそうだ。売り場面積は30坪ほどと、これまでの表参道の店舗と比較してみても決して広いとは言えないが、展覧会図録や一般の書店では流通しない書籍、インディーズブック、アーティストブック、さらにアーティストのコラボグッズなど、最先端のアートに触れることができる品揃えを見れば、まさに、"ナディッフここに健在!"と言って差し支えないだろう。

またこれまでのように、注目する作家にフォーカスするミニコーナーも店内で展開される。今月は画家の松井冬子「MATSUI FUYUKO 2」を中心とした「松井冬子フェア」、2002年以降「家」をテーマに制作してきたアーティスト・伊勢克也の作品とドローイングをまとめたアートブック「家家」を取り上げた「家家フェア」を開催している。

アートグッズも充実している。ナディッフ・サポーターズ・カード会員になると真っ赤なオリジナルノートがもらえる

アーティスト・伊勢克也の「家家」フェアが開催されている

「日本のアートは10年おくれている」

地下1階のNADiff Galleryはアートショップとも連動しつつ、同時代的な要素を持った多彩な作家・作品を、年間10本の企画展を開催して紹介していく。その第1弾には、新進気鋭、過激なパフォーマンスで話題を集めているアート集団「Chim↑Pom(チン↑ポム)」による『日本のアートは10年おくれている』が開催されている。会期は7月27日まで。

日本のアートは10年おくれている/Chim↑Pom

(写真左)日本のアートは10年おくれている 世界のアートは……

「タトゥこっくりさん」や「スーパーラット」と言った単なる悪ふざけなのかと思わせる作品やパフォーマンスで、東京のアートを引っ掻き回しているChim↑Pomだが、今回の内容にも相当、ギョーテンさせられる。

半地下のギャラリースペースという特性を活かしてか、建設途中の雰囲気そのままに、ギャラリースペースに入る前からすでに工事現場の足場の下は水浸し。さらに奥の壁には絵の具をぶちまけたようなエネルギッシュなイメージで埋め尽くされ、濁って深さすらわからない水面はさまざまな物体の一部がのぞく。さらに足場に組まれたビデオの映像を見た参加者は、思わずのけぞって足場を踏み外しそうになっていた。

屈まなければ入ることができない上に不安定な足場で、理解不能な作品を目にするとき、いやがおうにも彼らの表現するアートに立ち向かわなければならない。まさにアートの戦場のようだ、と思いつつも、『日本のアートは10年おくれている』に続く言葉を目にすると、やっぱり悪ふざけなのかもしれないと思ってしまう。見るものを思いっきり翻弄してくれる。なお、次回は「昭和40年会の東京案内」を予定している。

アミューズがアートを手がける「Art Jam Contemporary」

2階のArt Jam Contemporaryは、サザンオールスターズ、福山雅治といった音楽アーティストのマネジメントや映画・テレビ・舞台など総合的に芸術、芸能に関わる総合エンターテイメント企業のアミューズが運営する若手アーティストを中心としたコマーシャルなコンテンポラリー・アートギャラリー。

同社は2002年よりアートコンペティション「アートジャム」を開催し、多くの若手作家を輩出しており、まさに満を持しての専門ギャラリーのオープンとなった。アミューズがアートを手がけることについて、同ギャラリーのディレクター、牧信太郎氏は「新たな才能を発掘、育成することはもちろん、アーティストとして食べていける道筋をつけていきたい」としており、アート・マネジメントの構築に取り組み姿勢を見せた。

第一回の企画展は『Girl`s Zone01』として抜水真耶とYUKARINAの作品を展示

同じく2階のG/P galleryは、編集者・クリエイティブディレクターで京都造形大学教授の後藤繁雄氏のディレクションによる、写真作品を中心に展開するコンテンポラリーフォトとグラフィックアートのギャラリー。日本人の実力派写真家にフォーカスし、若手写真家の発掘、育成を第一の使命としており、本格的な骨太のフォトギャラリーの登場と言えるだろう。作品出版社のartbeat publishersと連動しつつ、海外の写真家作品も積極的に扱い、11月のParis PHOTOへの出展など、積極的に世界に日本の写真を発信していく拠点として機能していくということだ。

オープニングは上田義彦の新作展『骨と石器:BONES and STONEWARES』

3階は六本木・芋洗坂から移転してきたmagical, ARTROOM。これまでどおり岡田聡氏が代表を務めるが、新たに白石正美氏がプロフェッショナルアドバイザーに加わり、キューインターナショナルを母体に運営される。日本とアジアの若手作家を発掘し、日本のアート環境を育て、動きを誘発・支援することをめざす。

第1弾の展示として、同ギャラリーアーティスト11人(赤羽史亮、秋山幸、今村洋平、岩永忠すけ、大庭大介、大田黒衣美、栗山斉、ヒョンギョン、星野武彦、正木美也子、ヤマタカアイ)を紹介する『NEW BEGINNING The show must go on!』(会期は8月3日まで)を開催している。

今後もギャラリーでの展示にとどまらず、雑誌などの出版やイベント、国内外のアートフェアへの出展など、複合的な活動をすすめていくという。エントランスに飾られた「Hotel magical」のサインもその現れなのか? マネージャーの伊藤悠さんが「いずれホテルもやってみたいので」と語ったのは結構、本気なのかもしれない。

遊び心いっぱいの喫茶&スナック「MAGIC ROOM?」

エレベータのドアにまで描かれ、アートで埋め尽くされたMAGIC ROOM?の店内

4階の喫茶&スナック、MAGIC ROOM?も枠にはまらない同ギャラリーの活動の一環と言えるのかもしれない。同店は清澄白河にあったギャラリーが移転してきて、喫茶&スナックとして展開するものだが、もちろん、ただの飲食施設ではない。昼間はパンケーキを使ったランチも出すが、夜はバーとなり、あきらかにクラブの雰囲気に。内装やロゴ、プロダクトデザインはエンライトメントの鈴木シゲルが手がけた。さらに天井画は大野智史が描き、テラスには生意気(ナまいき)のアートワークによるグリーンが飾られた。

"喫茶&スナック"と奇をてらってみせるのは、プロデュースするmagical, ARTROOMスタッフのシャレ。ロックとエコとエ?をコンセプトに、さまざまな分野の人たちのトランスカルチャルな場となる。これを受けて、実際に店舗を運営するジェリーフィッシュドット(トーキョーワンダーサイトShibuyaの「kurage 和カフェyusoshi」などを手掛ける)も、鉄板焼きをメインにしながらも、メニューに山盛りのキャビアを加えるなど、遊び心いっぱいだ。

栗山斉の作品。ヒューズが切れる瞬間に放たれる光を写真用印画紙に直接露光したもの

大田黒衣美の作品。ギャラリーの外のテラスに設置され、風になびく様は鳥が羽ばたいているようだ

NADiff A/P/A/R/Tが位置するのは、恵比寿とはいっても、ハックネットなどのアートブックやアートショップが多い代官山側ではなく恵比寿駅東口で、IT系の企業なども多いオフィス街の一角。それもこのために設置したという電柱看板の矢印をたどって行かなければ、土地勘のある人でもたどり着くのは至難の業かもしれないという路地のまた奥。さらに建物の手前は古びたアパートの第7美晴荘があり、一瞬、道を間違ったかと思う場所にある。同じ恵比寿にある東京都写真美術館からも遠く、広尾や麻布の側と言えば聞こえはいいが、そこに至るには若干距離がある場所で、まさにアートの空白地帯だ。

携帯のナビより役に立つ電柱看板

同施設を運営する株式会社ニューアートディフージョンは、これまで表参道のナディッフを運営するとともに、全国にある美術館などの文化施設に付帯するミュージアムショップの開設に尽力してきた。また、代表取締役社長の芦野公昭氏をはじめ多くのスタッフが、以前、池袋西武のセゾン美術館にあった美術洋書店、アールヴィヴァンの出身だ。20年以上にわたって、アート不在の地にアートの種子を蒔き、見事に開花させてきた実績があるのがナディッフと言える。

NADiff A/P/A/R/Tもアート的にはフラットな場所での船出ではあるが、ここが新たな現代美術の情報発信地として大いに発展していくことを期待したい。