──主人公ジョージの家には、パソコンも携帯電話も家電製品すらありませんね?
ジョージはとっても素朴で純粋な子どもで、知識欲も旺盛です。なのに、何か知りたくても家にはパソコンもありません。何かを知りたければ、昔風のやり方で情報を集めるしかありません。たとえば実際に人に聞いたり、経験したり、冒険に出かけることによってです。今の子どもたちは、インターネットでどんどん情報にアクセスできます。でも、父の所に来て質問する子どもたちを見ていると、子どもたちはそんな上辺の情報ではなく、もし自分が宇宙へ行ったらどうなるの、もし自分がブラックホールへ落ちたらどんな所なの……、そんな風に情報を求めています。つまり、情報の中に自分がいて、はじめて現実に生きた情報になると感じるのです。だから、パソコンで情報を集めることができないジョージのような子どもが、色々なものにチャレンジして質問しながら、徐々に知識を得ていくプロセスを大事にしました。
──思えば、私はジョージのような子ども時代を送りました。
ええ、私もそうです。父もそうですよ。子どものころは、パソコンも携帯もありませんでした。今の世界とはまったく違っていました。
──そういう意味では、むしろ大人向けの本と言えるかもしれませんね?
大人の方にも読んでいただきたい本だと、私も思います。私も違った時代へのノスタルジーを感じながら、この本を書いていました。我が家はジョージの両親ほどうるさくありませんでしたが、コンピューターもコンピューターゲームもありませんでした。初めてコンピューターゲームをしたのは、兄が15歳で私が12歳の時です。それも、一週間にたった一度だけ。つまりジョージは、私たちが幼くて、世界も生活ももっとシンプルだった時代を思い起こさせる存在なんです。
──出来あがった本を見た息子さんは何と?
大好きだと言って、とても楽しんで読んでくれました。今はまだ実感はないかもしれませんが、大人になった時、これがいかに特別な本か、きっと息子は分かってくれると思います。自分の母と祖父が一緒に、自分のために書いてくれたんですから。
──ルーシーさんご自身は、どんなお子さんでしたか?
それは簡単、私は本に登場するアニーです。実は、私自身を書いたんですよ(笑)。ちなみに父はエリックです。アニーとエリックは、私と父なんです。エリックは、アニーを愛しているし、とても誇りに思っているし、おもしろい子だなあとも思っています。でも、エリックは時にはアニーにヘトヘトになってしまい、どうしてこんな娘が生れてしまったんだろう、ちょっと勘弁してくれよと思う時があるんですね(笑)。これはそのまま私と父の関係です。
──子どもの頃はホーキング博士とどんな毎日を?
父は会議などで海外へ行くときは、必ず家族を一緒に連れていきました。だから私も、日本、ミュンヘン、香港、モスクワ、アメリカ……、父についてあちこち出かけました。家にいるときは、日曜日の午後などによく一緒に色々なゲームをしました。単語を並べるスクラブルやチェス、モノポリー……、よく父とやりました。そんな時、よく車でアイスクリームを売りに来るんです。その車から流れる音楽が聞こえると、父は「急げ! 」といってアイスクリームを買いに行かせるんです。よくアイスクリームに付き合わされましたね。
──そんなホーキング博士は、ルーシーさんにとってどんな存在ですか?
途方もない人ですね。とても生き生きしているし、偉大な知性の持ち主で、しかも自分を憐れむことが決してありません。ユーモアのセンスもあるし、何事も内に込めず色々表現して、一緒にいてとても楽しい人です。ちょっとお茶目な悪さもしてみせたり……。
──そんなお父さんが2007年は無重力飛行体験をされましたよね! 心配ではありませんでしたか?
心配だとしても、一度やると言い出したら、父をやめさせることはできません。やりたいことはやる人ですから、やめさせようとしても無駄なことです(笑)。無重力飛行は、父のような体の状態の人が、無重力の中で具体的にどのような反応をするか見るためだったのですが、父にはとても合っていたようです。何の問題もありませんでした。私も一緒に飛んだのですが、子どもに戻ったみたいな素晴らしい体験でした。楽しいお誕生日パーティーに行って、楽しくて楽しくて笑いがとまらないという感じでした。こうした経験をまとめて、2009年出版予定の『宇宙への秘密の鍵』第2巻では、この広い宇宙のどこかに生命体がいないか探し求める宇宙旅行に出かける予定です。
──『宇宙への秘密の鍵』第2巻執筆のほかに、これからの計画は?
宇宙飛行がしたいですね。ほんとうにしたい! 他には、もちろん本は書きますが、父や息子たちと一緒に過ごす時間を、もっとたくさん取りたいと思っています。
今回の来日では、連日インタビューやサイン会のスケジュールが分刻みで予定され、ゆっくり観光する時間はない。このインタビューの前日、やっと時間を作って東京タワーまで出かけたそうだが、楽しみにしていた富士山は見えなかったと残念がる。秋葉原には行きましたかと尋ねると、あまりご存知ないらしい。電気街として有名だが、色々なサブカルチャーが面白く、今海外からの観光客に一番人気の街だと説明すると、大きな瞳が好奇心いっぱいに輝いた。即座に「日曜日の朝行ってみましょう! 」。ルーシーさんの作家としての一面を垣間見た思いがした。
プロフィール
ルーシー・ホーキング(Lucy Hawking)
ジャーナリスト、作家。ロンドン市民大学で国際ジャーナリズム、オックスフォード大学で近代言語学を専攻。「デイリー・メイル」、「テレグラフ」、「タイムズ」、「イブニング・スタンダード」などの各紙に連載を持つほか、米国「ニューヨーク・マガジン」にも寄稿。ラジオ番組のコメンテーターとしても活躍する。これまでに2冊の著作があり、父親であるスティーブン・ホーキング博士との共著『宇宙への秘密の鍵』は3作目で、初の児童書。