2015年、重力波が初めて直接検出され、重力波天文学が幕を開けた。そのインパクトが強いからか、ブラックホールというと伴星から流れ込むガスが強いX線を放つ、あるいは合体によって重力波を発生させるブラックホール連星を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、こうしたX線放射や見えている伴星の周期運動を通じて発見できるブラックホールは、天の川銀河全体に存在すると予測される集団のごく一部と考えられている。連載「最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線」の過去回はこちらを参照。
伴星を持たず周囲のガスもほとんど取り込んでいない孤立ブラックホールは、他の恒星の前を横切る時の重力マイクロレンズ現象によって検出できる可能性がある。これは背景星の前を通過する際、ブラックホールの重力によって背景星の光が曲げられ、一時的に明るく見える現象である。
だが、この現象が起こるにはブラックホールと背景星が偶然ほぼ一直線に並ぶ必要があり、その機会は限られる。そのため孤立ブラックホールは、比較的近くに存在していてもその発見が難しいのが実情である。では、天の川銀河にはブラックホールが全部でいくつあり、どのように分布しているのだろうか。
Tom Wagg氏らがarXivで発表した論文「Charting the Galactic Underworld I: Comprehensive simulations of the kinematics, rates, and demographics of Milky Way black holes」では、恒星と連星の進化から、ブラックホール形成後の銀河内での運動までを組み合わせた大規模シミュレーションを実施した。
その結果、標準的な仮定を採用した基準モデルでは、天の川銀河の歴史を通じて約1億7000万個の恒星質量ブラックホールが形成されたと推定された。そして、このうち約3%は誕生時に得た速度などによって、すでに天の川銀河から脱出したと予測されている。
天の川銀河にある1000億個以上の恒星と比べれば、ブラックホールは個数としては少数派と言える。それでも、実際に存在が確認されているブラックホールの数とは桁違いであり、銀河内ブラックホールの大部分がいまだ見つかっていないことを本研究は示している。
恒星の進化と銀河内の運動を同時計算
恒星質量ブラックホールは、太陽よりはるかに重い大質量星が一生を終え、その中心部が重力崩壊することで生まれる。大質量星の多くは単独ではなく、連星系や多重星系の一員として生まれる。
ただし、ブラックホールになった後も連星関係が保たれるとは限らない。大質量星が超新星爆発などによって短時間に大量の物質を失うと、連星系の総質量が急減し、それまでの軌道を保てなくなって、2つの天体が離れてしまうことがある。
さらに、ブラックホールが形成される際の物質放出などが完全な球対称でなければ、形成されたブラックホールは反動で一方向へ加速される。この誕生時に与えられる速度を「キック」と呼ぶ。銃弾を発射した銃が後方へ押される反動に似た現象であり、キックが強ければ連星は壊れ、ブラックホールは銀河面から離れた軌道へ移ることもある。
Waggらの研究チームはまず「連星集団合成」と呼ばれる手法を用い、連星を構成する恒星間での質量移動やそれらの合体、超新星爆発、ブラックホール形成などを計算した。さらに、そこから生じたブラックホールや連星が天の川銀河の重力場内をどのように運動するかを、軌道計算によって追跡した。
ブラックホールの質量の決まり方、キックの強さ、連星の初期条件、銀河の重力場などを変えた32種類のモデルを作り、合計約5300万個のブラックホールについて、形成過程とその後の運動を数値的に追跡した。その結果を天の川銀河全体へ換算し、現在の個数、質量、速度、位置、連星状態を予測した。
約91%は孤立、ただし総数には大きな不確かさが
基準モデルでは、天の川銀河の歴史を通じて形成されたブラックホールは上述のとおり約1億7000万個となったが、このうち現在も連星に属するものは一部にとどまり、約91%は伴星を持たない孤立ブラックホールになると予測された。
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天の川銀河におけるブラックホールと可視恒星の分布の比較。左はシミュレーションで得られたブラックホールの二次元密度分布、右は同じ数の恒星を、研究で仮定した星形成史に従って配置した分布を示す。ブラックホールは形成時に「キック」と呼ばれる反動を受けるため、可視恒星よりも銀河面の上下方向へ広く分布している(論文より。ラベルの和約は著者)
ブラックホールの大半が孤立しているという見方自体は、従来の研究でも示されている。今回の研究の意義は、孤立する割合だけでなく、その後ブラックホールが銀河内をどのように移動し、現在どこにいるかまで一貫して計算した点にある。
ところでこの1億7000万個という数字には注意が必要で、ブラックホール形成の条件や大質量星の進化モデルにより、推定総数には約一桁の幅が生じる。その数のブラックホールが天の川銀河にあると判明した、と受け取らないでほしい。
重要なことは、どの物理的仮定を選ぶかによってブラックホールの個数、質量、速度、連星率がどの程度変わるかを比較できるようになった、ということである。
ブラックホールは恒星より厚く分布
シミュレーションによると、ブラックホールは通常の恒星よりも銀河面から遠くまで分布する。天の川銀河の恒星の多くは、円盤状の比較的薄い領域に集中している。これに対し、ブラックホールは形成時のキックによって上下方向にも押し出されるため、その分布が円盤の厚み方向に広がるのだ。
基準モデルで得られたブラックホールの代表的なスケールハイトは約790パーセクだった。スケールハイトとは、銀河面から離れるにつれて天体の密度がどれほど減少するかを表す尺度である。ブラックホールの分布は、可視光で見える通常の恒星の約2.5倍の厚みを持つと予測された。
また、比較的重いブラックホールほど銀河面の近くに残りやすい傾向も得られた。重いブラックホールでは、超新星爆発でいったん外向きに放出された物質の一部が恒星の重力を振り切れず、中心へ落ち戻る「フォールバック」が多くなり、誕生時のキックが弱まると考えられるためだ。
一方、軽いブラックホールは強いキックを受けやすく、銀河面から離れた軌道へ移りやすい。したがって、ブラックホールの質量と銀河面からの距離を観測できれば、ブラックホール形成時の爆発や物質の落ち戻り方を検証できる可能性がある。
ガイアの未公開データとローマン観測がカギを握る
光をほとんど出さないブラックホールを探すには、その重力作用を利用する必要がある。欧州宇宙機関の位置天文衛星ガイアは2026年現在すでに観測を終了しているが、取得済みデータの解析とその公開は今後も続く。恒星が、見えない重い天体の周囲を回っていれば、地球から見た恒星の位置は周期的に揺れ動く。この動きから、恒星を伴うブラックホールを発見できる可能性がある。
一方、NASAが打ち上げを予定しているナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡は、孤立ブラックホールが背景星の前を通過した際に起こる重力マイクロレンズ現象を観測する。増光と同時に背景星の見かけの位置ずれを測れば、レンズとなったブラックホールの質量や運動を推定できる。
今回のシミュレーションは、ガイア衛星の未公開データやローマン宇宙望遠鏡によって見つかるブラックホールが、銀河全体のどのような部分集団に属するのかを判断する基準になる。これまでのブラックホール研究は、発見できた少数の個々の天体を詳しく調べることが中心だった。今後の研究は、天の川銀河全体のブラックホール総数やその分布を統計的に検証する段階へ進もうとしている。
