宇宙の最初期に存在した銀河を探す際、天文学者は波長によって明るさが急変する「色の境界」を手掛かりにする。ところが、天の川銀河にある極低温の天体も、ときに同じような色を示す。赤方偏移約32という途方もなく遠い銀河の候補だった「Capotauro」は、どちらなのか。
Feng-Yuan Frey Liuらの研究チームがarXivで発表した論文「A clear detection of proper motion confirms that the claimed z ≃ 32 galaxy candidate, “Capotauro", is a Y-type brown dwarf」で3年半を隔てたJWSTの画像に「時間」という新たな判定材料を加えた。連載「最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線」の過去回はこちらを参照。
赤方偏移32に見えた「赤い点」
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が、宇宙初期の銀河などを調べるために実施した早期リリース科学観測プログラムの1つ、「CEERS(Cosmic Evolution Early Release Science Survey)」で発見されたCapotauroは非常に奇妙な色を持つ点状天体だ。短波長側は波長3.6μm付近まではほとんど見えない一方、4.1μmと4.4μmでは明瞭に検出された。
遠方銀河から届く光のうち、紫外線の短い波長成分は、銀河の周囲や銀河間空間にある中性水素に吸収・散乱される。とくに中性水素は、波長121.6nmより短い光を強く吸収し、91.2nmより短い光は水素原子を電離させるため、ほとんど通さない。
このため、銀河のスペクトルには紫外線側で明るさが急激に落ち込む境界が生じる。これが、高赤方偏移銀河の探索で「ライマンブレーク」と呼ばれる特徴である。
望遠鏡のカメラには、特定の波長範囲の光だけを通す複数の観測フィルターが装着されている。宇宙膨張によって遠方銀河の光は波長が引き伸ばされるため、ライマンブレークも観測時には赤外線側へ移る。
そこで、どの観測フィルターでは天体がほとんど検出されず、どのフィルターから明るく検出されるかを調べれば、境界がどこまで移動したか、すなわちおおよその赤方偏移を推定できる。
Capotauroでの、4μm付近を境にした急激な明るさの変化をライマンブレークと解釈すると、赤方偏移は約32と見積もられる。論文が採用した宇宙論で換算すれば、ビッグバンから約9000万年後に相当する。これが本当に赤方偏移約32の銀河だと確かめられれば、最初の恒星や銀河が形成され始めた時代を探る貴重な天体となる。
しかし、Capotauroは画像上で広がりを確認できない点光源だ。さらに、温度が数百KしかないY型褐色矮星では、水、メタン、アンモニアなどによる吸収で3~4μmの光が弱まり、4~5μmで急に明るくなる。これをライマンブレークと混同すれば、近くの褐色矮星が赤方偏移30前後の銀河に見えてしまうであろう。
3年半を隔てたJWST画像で位置を測る
遠方銀河と天の川銀河内の天体を見分ける強力な方法が、時間を隔てた位置測定である。銀河系外天体の見かけの位置は事実上変化しないが、比較的近い恒星や褐色矮星は天の川銀河内を運動しているため、背景天体に対して位置が少しずつ変わる。
研究チームは、2022年12月のCEERS画像と、2026年6月にMINERVAおよびSPAMプログラムが取得した新しいNIRCam画像を比較した。時間間隔は3.5035年である。ただし、Capotauroは極めて暗い。画像のノイズやフィルターごとの点像の違いを、天体の移動と取り違える可能性がある。
そこで研究チームは、各フィルターに応じた点像分布関数を用いて天体の中心位置を推定した。さらに周囲3分角以内の68個のコンパクト天体で画像間のずれを補正し、人工天体を実画像へ埋め込む1200回の試験によって、背景の構造が測定値へ与える影響を調べた。
6.2σの移動が示したY型褐色矮星
解析の結果、Capotauroは2つの観測時期の間に約132ミリ秒角、すなわち約0.13秒角移動していた。見かけの移動速度は年間約37.6ミリ秒角である。静止した天体よりも運動する天体として説明した方がよいという統計的有意性は6.2σに達した。
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JWST/NIRCamが捉えたCapotauro。 左からF410M、F444W、F430M、F460M、F480Mの各フィルターの観測結果。各列の上段はJWSTの観測画像、中段は点状天体のPSFに、画像内のほぼ一様な背景の明るさを加えて観測画像に最もよく合うよう調整したモデル、下段は両者の差である残差画像を示す。十字印は2022年12月のCEERS観測で報告された位置を表す。F410M・F444Wは2022年12月、F430M・F460M・F480Mは2026年6月の画像であり、後者では天体が十字印から約0.13秒角ずれている。これが、Capotauroが約3年半の間に固有運動したことを示す。画像は原論文Figure 1の一部を抜粋・再構成
この移動量は、赤方偏移32の銀河はもちろん、別の研究で提案されていた赤方偏移約15の対不安定型超新星という解釈とも両立しない。Capotauroは銀河系外天体ではなく、天の川銀河内の天体だと研究チームは結論づけている。
測定された各波長の明るさを、19個の低温褐色矮星のデータと比較すると、最もよく一致したのはY1型の褐色矮星だった。推定される実効温度は約350K、摂氏では約77度である。既知のテンプレートと同程度の明るさを持つと仮定した距離は730±110pcで、最も遠方で見つかったY型褐色矮星の1つとなる。
ただし、この距離は年周視差から直接測ったものではない。今回の各観測時期では、複数のフィルター画像がほぼ同じ年周視差の位相で撮影されており、位置測定には事実上二つの時期しか使えない。このため、データだけから年周視差と固有運動を分離して距離を決めることはできなかった。
研究チームは、明るさの比較から得た730pcという距離を用いて、年周視差による二時期の位置ずれを約2.8ミリ秒角と見積もった。これは観測された約132ミリ秒角のずれよりはるかに小さい。そのため位置変化の大部分は、天体自身の固有運動によると考えられる。もっとも、比較に使える経験的テンプレートはY1型までに限られている。Capotauroがさらに低温で、より近距離にある晩期型の褐色矮星である可能性は残る。
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Capotauroの固有運動。黒い点は2022年12月、赤い点は2026年6月の観測時期に対応する天体の位置を示す。矢印は推定された移動量を示す。位置の単位はミリ秒角(mas)。画像は原論文Figure 2の一部を抜粋
超遠方銀河探索に必要となる「時間軸」
今回の結果は、JWSTが発見した高赤方偏移銀河全体の信頼性を否定するものではない。注意が必要なのは、空間的な広がりが確認できず、長波長側の少数のフィルターだけで検出された、測光赤方偏移30前後の極端な候補である。
Y型褐色矮星の大気では、分子吸収によって3.8~4.0μm付近に急激な明るさの変化が生じる。これをライマンブレークと解釈すると、測光赤方偏移30~32の天体が人工的に選び出される可能性がある。
したがって今後の探索では、銀河のテンプレートに加え、十分に低温の褐色矮星のテンプレートも比較対象へ加える必要がある。4~5μmの波長範囲を、中間帯域フィルターで細かく調べる観測に加え、複数時期の画像から固有運動や明るさの変化を確認することも重要になる。
Capotauroは宇宙最初期の銀河ではなかった。しかし、華々しい候補を慎重な追観測で選別すること自体が、観測天文学の重要な前進である。今回の研究は、極端な高赤方偏移候補では、低温褐色矮星との混同を避けるため、測光データだけでなく複数時期の位置測定も重要であることを示した。同時に、遠方銀河を探すための深い赤外線観測が、天の川銀河内にある極低温の褐色矮星を副次的に見いだし得ることも示している。