国立天文台 ハワイ観測所は6月30日、米国のベラ・C・ルービン天文台が今後10年にわたり実施する世界最大級の撮像探査プロジェクト「LSST(Legacy Survey of Space and Time)」が開始されたこと、および同プロジェクトに日本から80名以上の研究者やエンジニアが参加し、すばる望遠鏡で培われた技術と経験が活かされていることを発表した。

  • LSSTカメラが捉えたおおかみ座方向の天域

    LSSTカメラが捉えたおおかみ座方向の天域。天の川銀河の恒星の間に広がる淡い星間ガスや星間塵からなる淡い雲状の構造とともに、はるか遠方に位置する無数の銀河も写し出されている。(c)NSF-DOE Vera C. Rubin Observatory/NOIRLab/SLAC/AURA(出所:すばる望遠鏡Webサイト)

日本の研究者・技術者も活躍する大規模プロジェクト

ルービン天文台は、米国国立科学財団および米国エネルギー省の支援により、チリのパチョン山頂にて運用されている次世代の宇宙観測拠点である。口径8.4mの光学赤外線望遠鏡と世界最大となる約32億画素のデジタルカメラを備え、満月約45個分に相当する広範囲の天域を一度に観測できる性能を誇る。

同天文台は現在、約40秒ごとに新たな画像を取得可能で、一晩なら約1000回の撮影、容量にして10TBのデータを収集することができる。この高いサーベイ能力により、初期運用のわずか1か月半の間に、33個の地球近傍天体や380個の太陽系外縁天体を含む1万1000個以上の小惑星を早くも発見している。

10年間に及ぶLSSTの主目的は、宇宙の動的な変化を継続的に記録することである。具体的には、銀河や恒星、太陽系内の天体の変化を詳細に捉えることで、ダークマターやダークエネルギーの正体解明、天の川銀河の構造や形成史の紐解き、突発天体観測によるマルチメッセンジャー天文学の推進など、宇宙に残された数々の謎の解明を目指す。

2025年に「ファーストルック(初観測)」を迎え、システムの検証と調整段階を経て、いよいよLSSTは本格的な実施段階へと移行された。10年間で同一天域を約800回観測し、天体の光度変化や移動を捉える。プロジェクト完了時には数十億個の天体と数兆件の観測記録からなるデータセットが構築され、段階的な公開を経て最終的には全データへのアクセスが可能になるという。これほど大規模な天文学データが一般公開されるのは世界初の試みとなる。

なお、データ量が膨大なため、人間の研究者がすべての画像を詳細にチェックするのは極めて困難である。そのため、天体の明るさや位置の変化を自動検出してアラートを発するシステムが構築された。数か月の試験運用期間だけでも数百万件のアラートが生成されており、本格運用が始まれば一晩に最大約700万件に達すると予測されている。この膨大なアラートは自動分類システム「アラートブローカー」によって整理され、研究者が画像を1枚ずつ確認する負担を大幅に軽減する仕組みだ。

  • LSSTが1週間で観測する空の範囲の一例

    LSSTが1週間で観測する空の範囲の一例。各円はLSSTカメラの視野、色の違いは6種類のフィルターに対応しており、宇宙を多角的な「色」情報と共に記録していく。(c)NSF-DOE Vera C. Rubin Observatory/NOIRLab/SLAC/AURA(出所:すばる望遠鏡Webサイト)

ルービン天文台は米国主導のプロジェクトだが、国立天文台、東京大学、千葉大学、名古屋大学などに属する日本の多くの研究者やエンジニアが多角的に貢献している。

同天文台の稼働前、世界最大の視野を誇っていたのがすばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam」(HSC)である。HSCは約8億7000万画素を有し、満月約9個分の天域を一度に撮影できる性能で、2013年にファーストライトを達成し、現在も運用されている。このHSCプロジェクトで培われた知見を活かし、日本の研究者がチリの現地に駐在してLSSTカメラの立ち上げや性能確認(コミッショニング)を支えた。さらに、HSCの観測データは、LSSTの運用開始に向けた検証用データセットとしても重要な役割を果たしたという。

また、膨大な観測データの確認に不可欠な可視化ソフトウェアの開発も日本のエンジニアが主導した。大量のデータを効率的に処理・管理するHSC由来の技術が投入されたほか、大規模計算を支えるコンピューティング環境の提供など、世界中の研究者がデータを利用できる基盤を日本が支えているとした。現在、国内の80名を超える研究者がLSSTのデータアクセス権を獲得し、最先端の解析に挑む体制が整えられている。

なお、ルービン天文台は決してすばる望遠鏡の上位互換ではなく、両者は互いに異なる強みを持つ。視野の広さではルービン天文台が圧倒するものの、両望遠鏡を組み合わせることで、次世代の天文学を切り拓く新たな観測戦略が実現するとして注目されている。

その一例が、超新星爆発や中性子星・ブラックホールの合体といった突発天体現象の追跡観測だ。ルービン天文台の広域サーベイが未知の現象を迅速に捉え、その速報を受けてすばる望遠鏡の超広視野多天体分光器「オーノヒウラPFS」が詳細な分光観測を行う。このルービン天文台による広域探査と、すばる望遠鏡による精密な分光観測を組み合わせた「相補的な観測戦略」に大きな期待が寄せられている。

カメラ運用担当者として、ルービン天文台に出向中の国立天文台 先端技術センターの内海洋輔准教授は、LSSTの本格スタートに際し、「これまでチーム一丸となりたくさんの難しい問題を乗り越えてきました。ついに運用にこぎつけることができてほっとしています。LSSTで新しい世界が見えてくるのが楽しみです」とコメントしている。