宇宙誕生直後に起きたとされる急膨張「インフレーション」。その検証につながる原始重力波の痕跡を、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の偏光から探す研究が続いている。しかし、観測される偏光には天の川銀河のダスト放射も重なり、宇宙開闢(かいびゃく)の情報を覆い隠してしまう。連載「最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線」の過去回はこちらを参照。
Helen Shao氏らがarXivで発表した論文「Single Frequency CMB Foreground Removal with Inter-scale Machine Learning」で銀河ダストの小さな構造と大きな構造の間にある相関を人工知能(AI)に学習させ、単一周波数の観測だけからでも大きな角度スケールのダスト偏光を推定する新手法を提案した。
さらに、この手法を従来の多周波解析と組み合わせると、シミュレーション上では残留するダスト成分を標準的な手法の約7分の1まで減らせたという。
宇宙開闢の痕跡を刻むBモード偏光
CMBは、宇宙誕生から約38万年後、電子と原子核が結合して光が自由に進めるようになった時代の放射である。その温度や偏光には、さらに古い初期宇宙の状態が反映されている。
インフレーション理論によれば、宇宙は誕生直後に指数関数的な急膨張を経験した。その際、時空の量子ゆらぎが宇宙規模に引き伸ばされ、原始重力波として残った可能性がある。原始重力波は、CMBに「Bモード」と呼ばれる特殊な直線偏光パターンを生じさせる。
CMBの偏光は、鏡映しても性質が変わらないEモードと、鏡映すると性質が反転するBモードに分解される。初期宇宙の通常の密度ゆらぎは主としてEモードを作るのに対し、原始重力波はEモードとBモードの両方を生成する。
このため、原始重力波探索ではBモードが重要な観測対象となる。原始重力波を捉えられれば、インフレーションのエネルギー尺度を絞り込み、重力場が初期宇宙で量子的に揺らいでいた可能性を探る手掛かりにもなる。
原始重力波を覆い隠す銀河ダスト
ただし、観測されたBモードがそのまま原始重力波の証拠になるわけではない。天の川銀河に存在するダスト粒子も、星の光で温められて熱放射を出す。非球形のダスト粒子が銀河磁場の方向に応じて一定の向きに揃うと、その熱放射は偏光し、CMBのBモードにも混入する。
この難しさを象徴するのが、2014年のBICEP2実験である。同実験は原始重力波由来とみられるBモードの検出を発表した。しかし、その後のPlanck衛星との共同解析では銀河ダストの寄与が有意に検出され、原始重力波の統計的に有意な証拠とはみなされなくなった。
観測されたBモードは、ダスト偏光と重力レンズ効果を考慮すれば説明可能だったのである。以来、ダスト偏光をいかに正確に分離するかが、原始Bモード探索の成否を左右する課題となっている。
従来は、CMBと銀河ダストでは周波数による強度変化が異なることを利用し、複数周波数の観測マップを重み付きで組み合わせる内部線形結合(ILC)などの方法が使われてきた。しかしILCは主に共分散、すなわち2点統計に基づくため、銀河ダストが持つフィラメント状の構造や非ガウス性、方向依存性を十分には利用できない。
小さな模様から大きなダストを予測
研究チームが着目したのは、銀河ダストでは小さな構造と大きな構造が物理的に関連している点だ。ダストのフィラメントは銀河磁場に沿って配列し、異なる角度スケールにまたがる相関を持つ。
一方、原始CMBの異なるスケールのモードは、標準的な仮定の下では統計的に独立している。そこで研究チームは、観測マップを角度スケールによって分け、小スケール側に当たる多重極数ℓ>200の情報から、原始Bモード探索の対象となる大スケール側、ℓ<200の銀河ダストを畳み込みニューラルネットワークの一種「UNet」に予測させた。
重要なことは、AIに目的の大スケールCMB信号そのものを学習させない点である。AIへの入力と教師データを、原始Bモードと統計的に独立な情報だけで構成することで、AIが本来残すべき宇宙論信号まで誤って削る危険を抑えた。研究チームはこれを「信号保存型」の機械学習と位置づけている。
従来法の約7分の1、実観測への適用は今後
銀河ダストのシミュレーション「DustFilaments」を使った検証では、単一周波数の小スケールBモードだけから大スケールのダストを予測した場合、除去後にも元のダストパワーの約70.4%が残った。温度情報とEモードも加えると、残留率は約37.6%まで低下した。
銀河ダストの温度・強度成分とE・B偏光成分には、磁場やダストの密度構造を反映した相関があるため、これらを組み合わせることで、小スケールBモードだけでは捉えきれないダスト構造も推定できる。ただし、複数周波数を利用する従来のILCには及ばなかった。
一方、ILCで得た多周波情報と、AIが学習したスケール間の相関を組み合わせると、性能は大きく向上した。標準的なILCで残る前景パワーは2.69×10−3だったのに対し、小スケールBモード、温度、Eモードまで利用した最大構成では3.62×10−4となり、約7分の1に低減した。周波数の違いだけでは捉えられない銀河ダストの「形」の情報が、前景除去に有効であることを示す結果だ。
-

(a)は前景放射を含まないCMB信号を表す。これに単一周波数での前景放射を加えると、(b)の汚染された観測マップが得られる。このマップには抽出対象である大スケールのCMB信号が含まれるため、そのままニューラルネットワークには入力しない。代わりに、大スケール成分と小スケール成分に分解し、(c)の小スケールマップを入力する。(d)ネットワークは、そこから大スケールの前景成分を予測。(e)予測した前景を観測された大スケールマップから差し引くことで、前景除去後の大スケールCMBマップを再構成する。入力に含まれる小スケール前景は、大スケールCMB信号と統計的に独立であるため、目的の宇宙論信号を最終マップに保持できる
ただし、今回の成果は一種類のダストモデルを使ったシミュレーション上の概念実証である。シンクロトロン放射や観測雑音、望遠鏡のビーム、重力レンズによるBモードなどは十分に組み込まれていない。
異なるダストモデルや実際の観測データに対して同じ性能を維持できるかも未確認だ。それでも、次世代CMB観測が高感度化するほど、わずかな前景の取り残しが原始重力波探索を左右する。目的の宇宙論信号を保ちながら、従来法が見逃してきた構造情報をAIで活用する今回の手法は、宇宙開闢の痕跡に迫るための新たな選択肢となりそうだ。