宇宙には、遠方の銀河が弧状に引き伸ばされたり、輪のように見えたりする現象がある。その独特の形状は、遠方銀河と地球との間にある物体(レンズ天体)の質量により光が曲げられる、重力レンズ効果の現れである。連載「最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線」の過去回はこちらを参照。

この現象は、遠方銀河を拡大して見せる天然の望遠鏡であると同時に、光をほとんど放たないダークマターを含む質量分布を調べる手段にもなる。レンズ天体に含まれるダークマターにも質量があり、レンズ効果に寄与するからだ。

しかし、観測できるのは重力によってゆがめられた結果としての画像だけ。そこから、背景銀河が本来どのような姿だったのか、さらに光を曲げた手前の銀河に質量がどう分布しているのかを同時に逆算するのは難しい。

  • 最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線 第11回

    重力レンズ効果の模式図。遠方の背景銀河から出た光は、手前にある大質量のレンズ銀河の重力によって進路を曲げられ、複数の経路を通って地球に届く。その結果、背景銀河は弧状やリング状にゆがんだ像として観測される

Guillaume Payeurらの論文「Strong Gravitational Lensing Posterior Sampling in Pixel-Space Using Diffusion Models and Recurrent Inference Machines」は、画像生成に使われる拡散モデルと、物理法則に基づいて推定を繰り返し修正する「再帰推論マシン」を組み合わせた新手法「DiRIM」を開発した。模擬観測画像を使った検証では、ゆがむ前の背景銀河とレンズ銀河の質量分布をピクセル単位で同時に再構成し、ダークマターの小さな塊を捉えられる可能性も示した。

宇宙が作る天然のレンズ

一般相対性理論によれば、質量は周囲の時空をゆがめる。光は常にそのゆがんだ時空の中を最短経路で進むが、遠くから(ほぼ平坦な空間を基準に)見ると、その進路は曲げられたように見える。

遠方の銀河と地球との間に大質量の銀河があると、背景銀河から出た光は手前の銀河の周囲を異なる経路で進み、複数の方向から地球へ届く。天体の配置しだいで背景銀河は弧状の像や、輪のような「アインシュタインリング」として見える。点状のクエーサーなどでは、同じ天体が複数の像に分かれて見えることもある。

像の位置や形は、レンズ銀河にある星だけでなく、その周囲を包むダークマターを含めた投影質量分布によって決まる。このため強重力レンズは、目に見えない質量を、その重力効果から測定する手段となる。

また、複数像の光は異なる経路を通るため、地球への到着時刻に差が生じる。この時間差とレンズの質量分布を組み合わせれば、宇宙の距離尺度や、現在の膨張率を表すハッブル定数の推定にも利用できる。

ゆがんだ画像から2つの未知量を逆算

重力レンズ画像の解析では、主に2つの未知量を求める必要がある。1つは背景銀河の本来の明るさ分布、もう1つはレンズ銀河の質量分布である。問題は、両者が互いに絡み合っていることだ。

観測された円弧が長いのは、背景銀河自体が細長いからかもしれないし、レンズ銀河の重力が強く引き伸ばしたからかもしれない。両方が少しずつ寄与した可能性もある。さらに、質量分布を変えると、背景銀河上のどの位置が観測画像の各ピクセルに対応するかも変化する。

単に明るさを足し引きする問題ではなく、画像の座標そのものが変形するため、これは「非線形逆問題」となる。逆問題とは、観測された結果から、その原因となった物理状態を推定する問題のことである。

従来の解析では、レンズ銀河の質量分布を滑らかな楕円形など、少数のパラメータで表すことが多かった。しかし実際の銀河には、銀河同士の相互作用で引き伸ばされた潮汐構造、複数の質量中心、小さなダークマター塊などが存在しうる。単純なモデルでは、こうした複雑な構造を十分に表現できない。

ランダムノイズから解を作るDiRIM

「Diffusion Recurrent Inference Machine(DiRIM)」は、「拡散モデル」と「再帰推論マシン」を組み合わせた手法だ。拡散モデルでは、元の画像に少しずつノイズを加えて壊したデータを用意し、AIにそのノイズを逆向きに取り除く方法を学習させる。

推論時にはランダムなノイズ画像から出発し、段階的にノイズを除くことで、学習データに見られるような画像を生成する。そして再帰推論マシンが、途中段階の背景銀河像と質量分布から重力レンズ画像を計算し、模擬観測画像との差を調べる。

その観測とのズレと、学習データから得た背景銀河像・質量分布の事前分布を組み合わせて、推定を繰り返し修正する。つまり、AIはランダムノイズから出発するものの、重力レンズの物理法則と観測画像の両方に合う解へ誘導される。最初から滑らかな楕円銀河などを仮定しないため、特定の形を前提とする従来モデルに結果が強く引き寄せられる危険も抑えられる。

1つの正解ではなく複数の可能性を生成

重力レンズ画像から得られる解は、必ずしも1つではない。DiRIMは、1つの最良画像だけを出すのではなく、初期ノイズを変えながら、観測画像と整合する背景銀河像と質量分布の組を多数生成する。

これにより、どの構造が確からしく、どの部分に大きな不確実性があるのかを調べられる。もっともらしい復元画像が一枚得られても、それが唯一の解とは限らない。複数の可能性を生成することで、AIによる推定結果をどこまで信用できるかも評価できる。

模擬画像を観測ノイズの水準まで再現

研究では、宇宙論的シミュレーションなどをもとに作成した64×64ピクセルの模擬重力レンズ画像を使用した。画像には観測ノイズに加え、望遠鏡による像のぼけを表す単純なガウス型のPSF(点像分布関数)も組み込まれている。

DiRIMは、背景銀河の明るさ分布と、レンズ銀河の投影質量分布を同時に推定した。その結果、多くの例で、推定結果から再計算したレンズ画像は、元の模擬観測画像を観測ノイズと同程度の誤差で再現した。

  • 最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線 第11回

    上段は、模擬データで用いた背景銀河の真の明るさ分布、レンズ銀河の真の質量分布、そこから作成した模擬観測画像を示す。下段は、DiRIMが生成した背景銀河像と質量分布の複数の候補、および各候補から再構成した重力レンズ画像と模擬観測画像との差である。異なる解候補であっても、観測画像をおおむねノイズ水準まで再現していることが分かる

また、従来型の単純な質量モデルでは十分に再現できなかったある複雑なケースで、DiRIMはより小さな残差を示した。再帰推論マシンによる反復を減らすと再構成精度が悪化したことから、生成AIが学習した画像の「もっともらしさ」だけでなく、物理モデルを使って観測との差を繰り返し修正することが重要だと分かった。

見えないダークマターの塊を探る

Payeurらは、主となるダークマターハローの内部に、小さな「サブハロー」を含む模擬画像も解析した。サブハローとは、大きなダークマターの集まりの中に残る、より小さなダークマターの塊である。

一般に、星をほとんど伴わないサブハローは光では見つけにくいが、その重力はアインシュタインリングや円弧の一部に小さな位置ずれや局所的なゆがみを生じさせる。DiRIMは模擬データ上で、サブハローの存在だけでなく、その位置や質量、密度の集中度を推定できる可能性を示した。これは実在するサブハローを新たに発見した結果ではないが、将来、ダークマターの小規模構造を観測から調べる方法につながりうる。

実際の観測への適用はこれから

Payeurらは、学習データとは異なる質量分布や、数字の「7」のような特殊な形の背景天体を使った分布外テストも行った。

その結果、全体の形態はおおむね復元でき、一定の汎化能力が示された。一方で、観測画像との差には構造的な残差が残り、学習データから大きく外れた対象では精度が低下する可能性も示唆された。

また、今回扱った画像は64×64ピクセルに限られており、実際の高解像度画像へ拡張すると計算量が大きくなる。研究チームは今後、画像そのものではなく、情報を圧縮した低次元の「潜在空間」で拡散過程を計算する方法を検討するとしている。

今後はユークリッド宇宙望遠鏡やルービン天文台によって、10万個を超える強重力レンズ候補が発見されると予想されている。ゆがんだ銀河像から、背景銀河の本来の姿と、レンズ銀河の見えない質量分布を同時に読み解くAIは、膨大な観測データを解析するための有力な手段となる可能性がある。