宇宙がどのように膨張してきたかを調べるため、天文学者は銀河の分布に刻まれた巨大な「ものさし」を使っている。ところが、その目盛りは重力による銀河の移動など、長い年月の宇宙の進化によってぼやけてしまう。
観測時間を増やしてデータを集めるだけでなく、すでに得られたデータから目盛りをより確かに読み取ることはできないだろうか。連載「最新研究から読み解く 天文学・宇宙物理学の最前線」の過去回はこちらを参照。
AIで「ぼやけた宇宙のものさし」を読み解く
Liam Parker氏らの研究チームは、arXivで論文「Field-Level Baryon Acoustic Oscillation Reconstruction of the DESI DR1 Luminous Red Galaxies with Linear Field Transformer(LiFT)」を発表した。
研究チームは、三次元データを扱うAIの一種「3D Vision Transformer」をもとに、独自の解析手法「LiFT(Linear Field Transformer)」を開発した。
LiFTは、観測された銀河の分布、従来法による再構成結果、観測範囲や視線方向に関する情報を入力し、初期宇宙の密度ゆらぎを現在まで線形に成長させた場合に相当する「線形密度場」を推定する。これは、銀河の個々の位置や要約された統計量だけでなく、三次元的な密度分布そのものを復元対象とする「密度場レベルの再構成」である。
ニューラルネットワークを用いるこの種の密度場レベルのBAO再構成は、これまで主に理想化されたシミュレーションで検証されてきた。研究チームは今回、LiFTを実際のDESI観測データに適用し、宇宙の距離測定に用いる指標の統計誤差が従来法より小さくなることを示した。
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LiFTによる再構成の流れ。観測された銀河の密度分布、従来法による再構成結果、観測範囲や視線方向に関する情報を入力し、AIが初期宇宙に近い線形密度場を推定する。図は二次元断面だが、実際の解析は三次元で行われる(論文より)
銀河の分布に残る、太古の音波の痕跡
初期の宇宙では、光子とバリオンが強く結び付いた高温・高密度の流体が形成されていた。重力は物質を集めようとする一方、圧縮された流体では光子の圧力がそれを押し戻す。
空気中の音が、空気そのものが音源から聞き手まで移動するのではなく、分子の密度や圧力の濃淡を次々に伝える波であるのと同様に、この重力と圧力の競合によって、初期宇宙の流体にも密度の濃淡が波として伝わった。
そのため、この密度波は「音波」と呼ばれる。この波が残した特徴的な長さの尺度は、現在の銀河の分布にも受け継がれている。これが「バリオン音響振動(BAO)」と呼ばれる痕跡だ。
何百万もの銀河の配置を統計的に解析した際、現在の宇宙で約5億光年に相当する特定の間隔を持つ銀河のペアが、わずかに多く見つかる傾向がある。この特徴的な尺度を基準に、空で見える角度や赤方偏移(z)のデータを組み合わせることで、宇宙の距離や膨張の歴史を探ることができる。
しかし、重力によって物質が集まり、銀河が移動していくにつれて、このBAOの目盛りはぼやけてしまう。従来も銀河の移動を推定して分布を補正する「再構成」が行われてきたが、複雑な非線形重力進化の影響を十分に取り除くことは難しかった。
約214万個の銀河データを「3D Vision Transformer」で解析
研究チームが開発したのはLiFTと呼ぶAI解析手法だ。対象としたのは、ダークエネルギー分光装置(DESI)の第一次データ公開(DR1)に含まれる、明るく赤い銀河(LRG)約214万個である。
DESIは米国のキットピーク国立天文台にある口径4mのメイオール望遠鏡に取り付けられた装置で、多数の銀河の光を波長ごとに分け、赤方偏移を測定する。研究では、赤方偏移 z = 0.4~1.1の銀河を3つの範囲(LRG1, LRG2, LRG3)に分けて解析した。
LiFTの中核は、三次元の銀河分布を小領域に分け、各領域内のパッチ間の関係を自己注意機構で扱うVision Transformerである。標準再構成が捉えた大規模構造を土台にしつつ、非線形な重力効果で生じた銀河分布のずれを、AIが局所的・立体的に補正する仕組みである。
AIの学習には、初期の密度ゆらぎを現在まで線形に成長させた密度場と、その後に形成された銀河分布を対応付けられる宇宙シミュレーション「HalfDome」を用いた。
DESI DR1の観測範囲、赤方偏移に応じた選択、ファイバー割り当ての不完全性などを模擬し、銀河分布から線形密度場を推定できるようにトレーニングされた。これまで主に理想化されたシミュレーションで検証されてきたニューラルネットワークによる密度場レベルの再構成を、実際の銀河サーベイに適用した点が本研究の新味である。
同じ観測データから、最大30%小さい統計誤差へ
DESIの実観測データへのLiFT適用で、統計誤差の縮小が確認された。距離測定に使うBAOの尺度を表す指標の統計誤差は、赤方偏移の低い領域から順に約13%、24%、30%小さくなった。
比較対象は、DESIが公表した従来法(標準再構成)による主要な解析結果である。また、視線方向とそれに垂直な方向の尺度の比を表す歪み指標でも、統計誤差は約5%、22%、30%縮小した。
これら二つの統計誤差の積の逆数に相当する「Figure of Merit(精度指標)」で評価すると、最も改善した領域(LRG3)では、同じ精度向上を従来の再構成法で得るには、約2倍の有効観測体積が求められるほどとなった。
これは解析上の換算であり、実際の観測範囲や銀河数が増えたわけではない。同じ観測データから、従来法より多くのBAO情報を引き出すことができたことを意味する。
なお、得られた指標の中心値は、従来法によるDR1の結果や、より大規模なDR2の結果と整合していた。学習に使っていない複数種類の模擬データでも、LiFTは従来法と同程度の偏りに抑えながら、統計誤差を縮小した。
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DESIの明るい赤色銀河データから求めたBAOの距離尺度パラメータ。橙色はLiFT、青色はDESI DR1の標準再構成による結果で、内側と外側の線はそれぞれ68%、95%の信頼領域を示す。橙色の領域が狭いことは、LiFTで統計的不確かさが小さくなったことを表す。星印は後続のDESI DR2解析による中心値である(論文より)
ただし、模擬データには両手法に共通する小さな偏りも残っていた。研究者らは観測領域の形状やデータの不完全性が原因である可能性を挙げる一方、模擬データの実現数が限られるため、偏りの原因について確定的な結論は出せないとしている。
ダークエネルギーの正体に迫る「データ解析の進化」
宇宙の膨張史を精密に測定することは、宇宙の加速膨張を引き起こしている未知のエネルギー「ダークエネルギー」の性質を絞り込むための鍵となる。
そのための一歩として今回の研究は、データ解析の手法そのものを進化させる重要性を示した。今後、DESI DR2やDR3、さらに別種の銀河を用いた観測へ広げた際にも同程度の精度向上を維持できるか、検証が進むことになる。
夜空から届く光に刻まれた情報を、どこまで正確に読み取れるか。宇宙論の進展には、観測装置の性能向上だけでなく、すでに得られたデータから情報を引き出す解析手法の進化も重要になっている。