―日本の食文化を担ってきた昆布の魅力を発信していきたい。

そう話す荒井孝幸さんは、国内産昆布生産量の9割を担う北海道で、長年昆布の検査機関に勤務し、昆布の目利きとして知識と経験を蓄積してきました。また、プライベートでも昆布の魅力を発信するブログの開設や、昆布大使として昆布の普及活動に努めるなど、公私ともに昆布漬けの日々を送っています。そんな昆布愛に溢れる荒井さんを訪ねて、一路、北海道・釧路へ。

  • 海の中で揺らめく昆布

    海の中で揺らめく昆布 (写真提供:荒井孝幸)

元昆布検査員の新たな挑戦。昆布の魅力を発信中

碧い海に白波が音を立てて繰り返し打ち寄せる北海道・釧路。

「波が高く上がると、長昆布の磯場がうっすらと見えるでしょ。長昆布はコンブ属の中で世界一の長さを誇るんですが、比較的水深の浅い場所に繁茂するんですよ」。荒井孝幸さんは波で揉まれて抜け落ちた長昆布を手に取り、そう話します。

荒井さんは北海道産昆布の検査機関である一般社団法人北海道水産物検査協会に勤務し、約30年間にわたって道内各地の生産地で昆布に関連する業務に携わってきました。

  • 近くの海岸に打ち寄せられた昆布を見る荒井さん

    近くの海岸に打ち寄せられた昆布を見て回っては今季の成長具合を確かめるという

  • 釧路の長昆布

    釧路で生育する長昆布。6~15mと長く、佃煮や昆布巻で食べると絶品!

「私が生まれ育った浜中町も天然昆布が採れるところ。祖父や親戚も漁師だったので、子どもの頃から昆布に慣れ親しんできました。夏になれば昆布干しを手伝ったりしてね。暑い中の作業だから、これが結構大変なんですよ」と、苦笑します。

  • 昆布干し

    昆布干しの風景。漁獲した昆布は、天日乾燥の場合はこうして浜に並べて乾燥させてから出荷される (写真提供:荒井孝幸)

検査協会では検査員として、昆布の格付けや昆布漁師への指導を担当。根室や日高、宗谷地域を担当し、7月中旬~9月頃の昆布漁の最盛期ともなれば、1日に100軒近くを検査することもあったそうです。
また、プライベートでも昆布の魅力を発信するブログ『こんぶログ』を開設し、平成25年からは日本昆布協会の昆布大使としても活動してきた、いわば“昆布のスペシャリスト”です。

  • 検査員時代の荒井さんと昆布漁師さん

    検査員時代の荒井さん。昆布漁師と話を交わし、その年の昆布の状態を確認 (写真提供:荒井孝幸)

「それでも働き始めて17年ぐらいはさして昆布に興味がなかったんです。私にとって昆布はあくまで商品でしかなかったから。でも、毎日昆布に触れ、各産地の現場や昆布漁師の方々と接する中で、次第に私にとって昆布が商品から愛おしい食品へと変わっていきました」。

そうなると、自分が思い描く形で昆布と深く関わりたいという気持ちがふつふつと湧いてきたことから昨年末に一大決心し、30年近く務めた協会を退社。

「今は昆布の魅力発信を行いつつ、改めて昆布について学び直しているところです」

  • 荒井さん

    昆布の魅力を自分なりの形で発信したいと話す荒井さん

  • 昆布森 看板

    釧路には昆布森という地名も。「棹前昆布」の特産地でもある

個性豊かな味わいがある北海道の昆布

昆布は低い水温で育つため、北海道沿岸部は格好の生育地。それゆえ北海道の昆布生産量は日本全体の約95%を占めます。また通常、昆布は2年で採取され、岩礁に自然に着生して育つ『天然昆布』のほか、管理栽培する『養殖昆布』もあり、養殖昆布の中でも1年で収穫する促成があるなど、種類は多岐に渡ります。

  • 昆布コレクション

    荒井さんの昆布コレクションから

「昆布と一言でいっても、産地や種類によって味わいも違うし、それに適した用途があることをご存知ですか?」と荒井さん。北海道の昆布産地は沿岸部の各所にあり、地域ごとに採れる種類が違うのだそう。その中でも主な昆布は、真昆布 (函館エリア周辺)、みついし昆布(日高エリア周辺)、長昆布(釧路・根室エリア周辺)。

「利尻昆布や羅臼昆布は有名ですが、実は北海道の昆布生産量をみると、利尻昆布は約8%、羅臼昆布は約3%しか生産されていない、希少な昆布なんですよ」

  • 利尻昆布の干場

    利尻島の鬼脇の利尻昆布の干場。香りが高く、透明な澄んだダシがとれることから人気が高い (写真提供:荒井孝幸)

また、それぞれの味わいを聞くと、利尻・礼文・稚内沿岸に生育する『利尻昆布』は、澄んだ香りのいい味わいから料亭などでも愛用される一品。日高沿岸の『日高昆布』はほどよい厚みと柔らかさから、佃煮や昆布巻など料理に向いているそうです。

「羅臼沿岸で採れる羅臼昆布はダシの風味が濃厚で旨みも強いです。繊維も柔らかいから食べてもおいしいんですよ」

  • 5種類の昆布1

    上から、日高昆布、真昆布、羅臼昆布、長昆布、利尻昆布

また、函館~室蘭の広域に分布する真昆布は、清澄なダシがとれ、塩昆布や佃煮にもおすすめ。

「釧路・根室地方沿岸は、長昆布や厚葉昆布、猫足昆布、オニ昆布など、道内一の種類の多さを誇ります。猫足昆布は根が猫の足のような形をしていて粘り気があるので、とろろ昆布の原料になります。それ以外にも北海道にはたくさんの昆布が生息し、厳しい荒波にもまれて育つ昆布はそれぞれ特有の旨みがあるんですよ」

  • 5種類の昆布2

    上から、長昆布(葉元部分)、がごめ昆布、とろろ昆布、みついし昆布、ちぢみ昆布

「昆布って本当に奥深いんですよ」と荒井さんは改めて話します。種類や産地で味や用途が異なるだけでなく、同じ産地・同じ種類であっても漁師ごとの製造方法(採取~乾燥~切断~選別~結束など)によっても風味やダシの出具合が格段に変わってくるとか。

「昆布の旬は夏場ですが、種類によっては長い期間採れるので、採取の時期でもかなり違うし、同じ昆布でも部位ごとでも味は違いますしね。一般市場だと種類や産地以外の情報はなかなか伝わってないですが、そういった細かな情報がもっと広まれば、昆布の魅力を再発見してくれる消費者が増えるんじゃないかと思っているんです」

  • 昆布干し

    昆布干しの様子。天日と潮風の力を借りて乾燥させる。採取から出荷までは1カ月以上を要するなど、手間も暇もかけられる (写真提供:荒井孝幸)

  • 羅臼昆について話す荒井さん

    「濃厚なダシがとれる羅臼昆布は周囲のヒレ(赤葉)部分をカットして販売されていますね」と荒井さん。この赤葉も柔らかくて美味なのだとか

昆布の風味を比べて楽しむ“利き昆布”に挑戦!

そんな味わい豊かな昆布を楽しめる体験が、利き酒ならぬ“利き昆布”。ダシの風味や香り、昆布そのものの食感を利き比べるというもので、荒井さんが昆布大使として開催するワークショップでも実施しているとか。

「比べてみると、それぞれの昆布の違いがよくわかるんです。『羅臼はパンチがあっておいしいね』『上品な風味の利尻が好み』など、様々な声が聞けて楽しいんですよ。それに対して私はよく『生まれ育った地域や慣れ親しんだ味をおいしいと感じるんですよ』なんて話すんですが、まんざらウソじゃないと思うんです。昔からずっと日本人は昆布を食べてきたし、日本人の遺伝子にその情報が入っていると考えると楽しいじゃないですか」

  • 昆布出汁の利き比べ

    カットした昆布を2gほど60ccお湯に浸けて10分ほど置き、出たダシの風味や香りなどを利き比べる

後継者不足など産地が抱える課題とは?

日本一の昆布産地の北海道も、昨今は漁業者の高齢化や担い手不足が深刻化していると荒井さんは言います。

「昆布に携わる漁業者は20年前が約11000戸、10年前は約8000戸、そして現在は約6000戸と、10年ごとに2000戸ずつ減少している状況です。そして平均年齢は58歳です。昆布は製品化するためには乾燥や選別作業など時間も手間もコストもかかる作業があるにも関わらず、利益率が低いことなどが理由です。しかも採取から出荷まで1カ月以上は経たないとお金にならないという問題もあります。また、規格ありきで選別される現状から生産者ごとの個性を出しづらく、それがモチベーションの低下になっていることも。そんな状況もあって担い手もあまり増えず、担い手が少なくなれば生産量も減るのは当然のことです」

  • 昆布漁

    昆布漁はL字になったカギ棹を昆布の根っこに引っ掛けて手で引き上げる。長い棹を持ち上げるだけでもかなりの重労働だ (写真提供:荒井孝幸)

また、昆布漁を盛り上げるために生産地の環境を整えたとしても、まずは消費量を伸ばさない限り、今後の発展は望めないのではとも話します。

「昆布の消費が増えなければ生産量を増やすことも後継者を育成することにも繋がりません。日本の食文化を担ってきた昆布を、昆布の消費が急降下している今だからこそ日々の暮らしに取り入れてほしい。それは切実な思いです」

  • 昆布が育つ美しい海

    美しい海の中で育まれる昆布 (写真提供:荒井孝幸)

生産者と消費者をつなぐ架け橋に

北海道の様々な産地と関わり、生産者の苦労や現状を見てきた荒井さん。近い将来は生産者や昆布業界、そして消費者の一助となるような仕事を考えていきたいと話します。

「例えば、こんな昆布がほしいと話す人に、それを手がける生産者や昆布を紹介したり、用途に応じた製品を提案したりと、生産者と消費者とをマッチングする仕事などができれば。規格ありき、見た目重視ではなく、本当にいい昆布を手がけている生産者の人たちはいっぱいいますから。もっと社会のニーズに応えられる新たな仕組みを考えていきたいと思うんですよ。昆布生産者と消費者をつなぐ架け橋になること。それが目下の課題であり、それが実現できれば最高に幸せです!」。

昆布は日本の食文化の要だから守らないといけないし、受け継いでいかなければいけないと荒井さんは話します。新風を吹かそうと挑戦する荒井さんの活躍に期待が寄せられます。

  • 今後の活動について話す荒井さん

    「今年は漁師さんのもとで昆布干しを手伝わせていただきながら、もう一度、いちから勉強するつもり。楽しみですよ」と話す荒井さん

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昆布スペシャリストが教える昆布のある暮らし

おいしい昆布の見分け方とは?

昆布のおいしさを知ったなら、ぜひとも毎日の食卓に取り入れたいところ。
そこで、荒井さんにおいしい昆布を見分ける方法を伺うと、「品種によって多少の差はありますが、葉は厚すぎないもので、真っ黒というより茶色や濃緑色で艶があるものがいいですね。昆布は旬があり、7月中旬~9月頃の最盛期に採れたものはそういった色をしているんですよ」。
  • おいしい昆布の見分け方

    少し茶色がかったものがおいしい。左の昆布の表面についた白い粉は「マンニット」と呼ばれる昆布の旨み成分

すぐに使えて便利!昆布の保存方法

昆布を手軽に使う方法としては、湿らせて保存しておくのがいいそうです。 「保管する場合は乾燥を維持した状態が鉄則ですが、乾燥したものはすぐには使えません。そこで、一度霧吹きで水をかけるか、水にくぐらせて湿らせてラップに包み、柔らかくなったものを気密性の高い袋に入れて常温暗室に保存しておきます」。 この時、昆布やラップ、袋に水滴があるとカビが発生するので、水滴がつかないよう注意すること。こうしておくと、昆布の香りが立っておいしくなり、使いたいと思った時にすぐに使えて便利なのだとか。だいたい1カ月ぐらいはもつそうです。
  • ラップに包んだ湿らせた昆布

    昆布を湿らせた後、ラップに包み、その後清潔な袋に入れ替えて保存

ダシを取った昆布の簡単カット法

ダシを取った昆布はぬるぬるして扱いにくいもの。そこで、次のようにカットすると、切れやすいので試してみましょう。 ①昆布の大きさを揃え数枚重ねる。
②くるくると丸めて、つまようじを刺し、輪ゴムで止める。
③端から切れば昆布が固定され切りやすい。
  • ダシを取った昆布の簡単カット法

北海道らしい!? 昆布の味わい方とは

荒井さんが「本格的な昆布漁が始める前の6月頃、成長途中の昆布を間引きします。これを“棹前昆布”と呼び、これで作る結び昆布はこの時期の味ですね」。 また、普段の料理では、魚の煮付けに昆布を加えて旨みをアップしたり、昆布〆にも使うのだそう。 「また、羅臼昆布は“ヒレ”と呼ばれる周りの薄い部分があり、刈り取ったヒレで白飯を包むと、昆布のほどよい塩味と風味が白飯に移って滋味深い味わいです。ヒレだけでも販売されているので、ぜひ試してみては」

子どもと一緒に作りたい!焙煎昆布の作り方

ポリポリとした食感と昆布の滋味が楽しめる焙煎昆布。おやつやお酒のおつまみにピッタリ! ①昆布を湿らせて柔らかくし、縦方向に幅3mm程度で細長く切る。
②細長く切った昆布を重ねて1.5cm程度に切る。
③フライパンで熱し、断面が膨らんでプチプチといった音が出だしたら出来上がり (色目も若干黄色っぽくなる)。

ごはんが進む!ニラの昆布醤油漬けの作り方

昆布の旨みが溶け出した昆布醤油漬けはごはんのお供におすすめ!できれば、ニラは茎部分を中心に、昆布はダシ用の薄めのものを使うと、さらにおいしくできます。 ①昆布とニラを用意した保存ビンの長さに揃えてカットする。
②昆布を水に浸けてさっと取り出し、柔らかくなった昆布を広げてニラを包み、輪ゴムで固定する。
③保存ビンに入れて輪ゴムを外し、醤油を適量注ぎ、しっかりフタをして保冷保存する。1週間ほど経てば食べ頃に。
  • ニラの昆布醤油漬けの作り方

アジのなめろう風 塩こんぶ仕立て

「アジのなめろう風 塩こんぶ仕立て」のレシピをご紹介いたします。

「アジのなめろう風 塩こんぶ仕立て」のレシピはこちら!

  • アジのなめろう風 塩こんぶ仕立て

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