三谷の脚本が冴えわたったのは、裏を返せば「通常の刑事ドラマ以上に犯人役をフィーチャーできる倒叙ミステリーだったから」という見方もできる。

倒叙ミステリーは「刑事vs犯人の心理戦にスポットを当てる」という構成が基本。週替わりゲストには「田村さんの相手にふさわしい人」がキャスティングされるため、大物同士ならではの“演技合戦”が見どころとなる。逆に犯人当てを楽しむ通常の刑事ドラマは、「大物をキャスティングするとバレてしまう」という難しさがあり、『古畑任三郎』は堂々と「この人が犯人として田村さんと対峙(たいじ)します」とPRできることが強みとなっていた。

実際、木村拓哉、沢口靖子、唐沢寿明、鈴木保奈美、真田広之、福山雅治、江口洋介、山口智子、松嶋菜々子など旬の主演級俳優に加えて、菅原文太さん、津川雅彦さん、緒形拳さんなどの大御所、笑福亭鶴瓶や明石家さんまなどの芸人、中森明菜や玉置浩二などのアーティストが犯人役を熱演。また、これらのゲスト自体、田村さんと対峙し、三谷の脚本を演じることはステイタスであり、意気込み十分の演技を見せていた。

さらに、「超大物が本人役で出演して罪を犯す」という脚本が実現できたことも『古畑任三郎』ならではの強み。「古畑vs SMAP」が正月3が日に放送された1999年あたりから「このドラマは別格」というお祭りムードのようなものが漂い、2006年に「古畑vsイチロー」が放送されたことで「伝説のドラマ」になった感がある。

そもそも「刑事役を避けてきた」という田村さんを引きつけたのは三谷の脚本だった。それまでの「甘いマスクの二枚目」や「ホームコメディの父親」という田村さんのイメージを払拭。「鋭い推理力を持ちながら、現場に自転車で現れるなどゆるい佇まい」「穏やかで紳士的ながら、粘着質でしつこくつきまとう」などの変人キャラは徐々に愛されていった。

もちろん三谷だけでなく星護、河野圭太、鈴木雅之、佐藤祐市ら演出陣やプロデューサーの力によるところも大きい。劇伴なども含めて『古畑任三郎』というパッケージとしての確固たる強さがあり、だから繰り返し見ても飽きられることなく引きつけられるのだろう。

  • 堺正章のゲスト回「動く死体」の台本を持つ河野圭太監督

今回の一挙放送につながったのは、単に30周年というだけでなく、約3年前の2021年4月3日に田村正和さんが亡くなったことを受けて翌5月20日・21日に再放送された『古畑任三郎ファイナル』の評判が極めてよかったことがある。イチローが犯人役の「フェアな殺人者」と松嶋菜々子が犯人役の「ラスト・ダンス」が放送され、「時がたってもすばらしい作品」などの称賛と「他のエピソードも見たい」などの要望が数多く寄せられたという。

つまり30周年というタイミングと3年前の実績の両面で、自信を持って「一挙見」を仕掛けられる環境が整っていたのだ。

「心理戦を楽しむ」醍醐味を拡張

『古畑任三郎』の功績は、「倒叙ミステリーの面白さを視聴者に伝え、刑事ドラマというジャンルを広げた」こと。引いては、法律、ビジネス、人生ゲームなどジャンルを問わず、「派手な展開やアクションばかりではなく、『心理戦を楽しむ』というドラマの醍醐味を広げる」という点で以降の作品にポジティブな影響を与えた。

以降、主な倒叙ミステリーは、福山雅治主演の『ガリレオ』(フジ、2007・2013年ほか)、三上博史主演の『実験刑事トトリ』(NHK総合、2012・2013年)、檀れい主演の『福家警部補の挨拶』(フジ、2014年)、石塚英彦主演の『刑事110キロ 第2シリーズ』(テレビ朝日、2014年)、清原果耶主演の『invert 城塚翡翠 倒叙集』(日本テレビ、2022年)、木村拓哉主演の『風間公親-教場0-』(フジ、2023年)、そして現在放送されている篠原涼子とバカリズム主演の『イップス』(フジ)などがある。

ちなみに『実験刑事トトリ』主演の三上博史も、田村さんと同様にそれまで刑事役を避けていたが、倒叙ミステリーの主人公に惹かれて出演を決めたという。その背景には『刑事コロンボ』『古畑任三郎』らがつないできた主人公像や緻密な心理戦があり、「あのような役を演じてみたい」という役者の本能をくすぐられたように見える。

この間、刑事ドラマは量産され続けてきたが、全体で考えると倒叙ミステリーの割合は決して多いとは言えない。その理由は前述したように脚本の難しさであり、前述した作品の多くが小説原作であることからも分かるだろう。それをオリジナルで手がけ、シリーズ作としてヒットさせたところに『古畑任三郎』と三谷のすごさが表れている。

三谷幸喜を筆頭にスタッフサイドは『古畑任三郎』続編への意欲を公言していたが、田村さんが亡くなったことで幻に終わった。殺人や暴力を扱うことの多い刑事ドラマで、『古畑任三郎』のようなクスッと笑いながら見られる作品は貴重であり、その点でむしろ平成よりも令和の視聴者感情に合っているのかもしれない。

もう新作こそ見られないが、再放送でも十分楽しめる作品だけに、今回の放送と配信で若い世代にもその魅力が広がっていくのではないか。