――今後の展望はいかがでしょうか?

先ほど編成方針で、「最高品質か、唯一無二か」という話をしましたが、コロナ禍になって外資の動画配信サービスが普及したこともあって、視聴者の求めるコンテンツのクオリティが圧倒的に引き上がったと思います。そして、テレビやインターネットを含めて、これだけコンテンツがあふれてくると、作品を見て体験できる感動や充足が約束されているものじゃないと、人が見に来てくれない。つまり、たくさんの人がすでに「面白い」と言ってレコメンデーションが完璧にされているもの、これを僕らは「確実な驚き」と言っているんですけど、そういうものを視聴者に提供しなければいけないので、厳しい目線を掲げて、1ミリでもクオリティを上げていくという覚悟にも近いものがあります。

それから、スポーツライブですよね。放映権の潮流が確実にインターネットに来ているのと、スポーツ中継の尺感やフォーマットによっては、ABEMAという編成の自由度を活用すると相性が良いものがすごく多いので、そこはすごいチャンスだと思っています。

――その点でいうと、今後大きなものが全64試合を中継する『FIFAワールドカップ』(11月20日開幕)ですよね。

開局から6年が経ち、一定の規模まで視聴者を獲得することができて、これからまたひとサイズもふたサイズも大きくなってたくさんの人に番組を放っていこうとする中で、『ワールドカップ』というのは圧倒的に素晴らしい世界一のコンテンツなので、この挑戦のタイミングが上手く合って、手を挙げさせていただきました。

これまでの買付コンテンツの中で、過去最大の金額ですが、なかなか放送権や配信権の行く末が、視聴者的にも心配されていたコンテンツだと思うので、大きく言うと社会貢献的な意味合いもあります。たくさんの人に感動を生み出して、安定して届けるというのをやり切った先に、また大きな成長ができるんじゃないかと思っています。

――収支の面では、開局以来赤字が続いていますが、番組制作費やコンテンツ調達費が縮小される懸念はいかがでしょうか。

そんなことは絶対にないようにします、としか言えないんですけど(笑)、開局当初から言っていますが、視聴習慣をつけたり、世界に誇れるコンテンツを送るという状態を作り切るには、腰を据えて何度も覚悟を決め直して、少なくとも10年はかかると考えています。なので、みなさんの理解を得ながら、売上を増やして、投資を拡大させ、とにかく大きなサイズで仕上げていきたいと思います。インターネットメディアは、成長を止めて制作費や販管費を削ったり、コストカットしだすと、途端にそのサイズに収まってしまうので、ここは覚悟を決めて、みんなが夢中になるコンテンツをしっかりと取りそろえていく。その先まで突き抜けないと、世界が広がっていかないと思いますので。

――『志村&鶴瓶のあぶない交遊録』(テレビ朝日)や、最近では『BAZOOKA!!!』(BSスカパー!)など、終了したテレビ番組がABEMAで復活するというのが最近印象的なのですが、これは積極的にやっていこうという流れがあるのですか?

戦略として明確に入れているわけではないんですが、そういうコンテンツは何が良いかというと、みんなが過去にどんな感情を得られているかというのが確定しているものなんですよね。なので、例えば視聴者から見て全く関係ない理由で終わってしまったものとか、今の時代にアップデート可能なものであれば、ビジネス的にも視聴者的にもいい話だと思うので、そういう機会があれば考えていきたいと思いますね。

  • 『BAZOOKA!!!』(C)AbemaTV,Inc.

――地上波をはじめとする既存のテレビというのは、ライバルなのか、共存なのか、どのように立ち位置として見ていますか?

僕らとしては新しい未来のテレビを作ろうとしています。ですので、テレビと共存して、テレビがもともと持っていた良さを、スマートフォンやインターネット上に置き換えたり、若者向けに置き換えたりして、より今の時代に照らし合わせてもっと便利にできることとか、快適にできることとか、夢中にできることにどんどん挑戦していきたいと思っています。

それと、流行を作り出すとか、お祭り的な仕掛けで世の中の雰囲気を一変させるというのは、今までほとんどテレビがやってきたことで、それは本当にすごいなと思います。マスメディアの役割として言われることの1つに、流行や新たな才能を発掘して作り出していくというのがあると思うので、そこは尊敬していますし、僕らも何とかやりたいなと思います。

――今年に入り、TVerのリアルタイム配信が始まりましたが、その影響はいかがですか?

食い合っているという感覚は全然ないですね。TVerも伸びていると思いますが、インターネットで動画を視聴するということがどんどん広がっていくので、今、拡大期にあるインターネット動画視聴産業の全体として捉えています。

■視聴者だったときに感じたものを大事に

――ご自身が影響を受けた番組は何しょうか?

小学生の頃からずっとドラマを見ていて、『人間・失格』(TBS)は印象に残ってます。今で言うNetflixの『13の理由』みたいに自殺を扱った作品で、幼心に度肝を抜かれました。その後は、『ロングバケーション』(フジテレビ)とか『ビーチボーイズ』(同)とかにご多分に漏れずハマって、僕の中でその時々の憧れや象徴のようなものは、ほぼテレビドラマによって定義づけられたと言っていいくらいでしたね。

バラエティだと、『ぷらちなロンドンブーツ』(テレビ朝日)の「ガサ入れ」が大好きで、当時の新しい才能だったロンドンブーツさんが、圧倒的なムチャでメディアを自由に駆け巡って本気で遊んでいる姿が、こっちにも伝搬してきて、視聴者との“共犯”的な関係を作り出して、テレビの放つエネルギーとして素晴らしいなと思って、夢中で見ていました。あとは、『世界は言葉でできている』(フジテレビ)という番組も好きでしたね。偉人の名言に空欄があって、皆さんが大喜利していくんですけど、偉人の席を作ってあったり、リスペクトの心や真っ白な舞台のセットのセンスの良さとか、言葉を繊細に扱ってエンタテインメントに昇華する知的センスが素晴らしいなと思って。深夜家に帰って放送されてると「ラッキー!」っていつも見ていた記憶があります。

――そうしたドラマでトレンドを見せるとか、バラエティで視聴者との共犯関係を作るとか、センスのいい番組を作るといったことは、今の編成の考え方にも生きている部分がありますか?

そうですね。その頃とは視聴環境も世の中の状況も違うので、そのまま感情をトレースして持ってくるわけではないんですけど、そのとき感じていたものはまだ自分が視聴者だったものですから、大事にはしていますね。

――いろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に、気になっている“テレビ屋”を伺いたいのですが…

山田兼司さんです。『Dele』(テレビ朝日)というテレビドラマをプロデュースされていたときに存在を知りました。パソコンやスマホに残された不都合なデジタル記録を依頼により抹消する仕事屋を通して「デジタル遺品」に光を当てた作品で、当時こういう先進的なテーマを物語に取り入れて素晴らしいなと思っていました。現在はテレビ朝日から東宝に移籍されて、たくさんの映画をプロデュースされているのですが、クリエイティブ談義や釣りなど、公私共にお世話になっています。

  • 次回の“テレビ屋”は…
  • 東宝プロデューサー・山田兼司氏